赤い月


 19 異国の夜


 空港のタクシー乗り場で、背中に視線を感じ、思わず振り返った。
 羽田や成田に比べると、行き交う人の数は、かなり少ない。

 そんな空港の風景の中には、とくに怪しい人影はなかった。

(気のせい……)

 そう思った。
 しかし、その後、タクシーに乗り込んでも、その嫌な感覚は、消えなかった。

 タクシーの後部座席から振り返り、後続の車に注意を払う。
 しかし、今度も、とくに怪しい車は、ないようだ。

(緊張しているせいかしら……)

 哀にとっては、初めてのF国だった。
 この国は、英語も通じるところが多いので、言葉に関しては、何も不安はないのだが、なにしろ、渡航前にインターネットやガイドなどで調べたこと以外、あまり知識がない。

 ただ、近年、国を挙げて医療の整備、充実を図っているというところが、哀には、なぜか気になっていた。

 F国の首都の繁華街にあるホテルの前で車を降りた哀は、慎重に周りを見回した。しかし、やはり、怪しい人影は、見えなかった。

「来ると思っていたよ」

 松尾良一は、滞在先を知らせてきていた。
 哀が、そのF国首都のホテルを訪ねると、彼は、まだいた。いや、哀が来るのを待っていたようだった。

1週間で帰ってくるって、約束だったでしょ?」

 良一は、哀に、直接、部屋に来るようにいった。
 その言葉に従った哀は、良一の顔を見ると、彼の顔を睨んだ。

「俺は、データを渡すって言ったんだ……その約束は、守ったろ?」
「でも、あなたも、あのデータ、持ってるわね」
「もちろんさ」
 良一は、両手を広げて見せると、ソファに座った。

「あなた、それで何をしようとしてるの?」
 立ったままの哀は、良一を見下ろしている。

「もちろん、あの薬のデータを元に、新薬を開発することさ……世界中の国や企業が関心を持ってくれるだろうからね」
 しかし、それには、哀の協力がいる。
 あのデータを完全に理解できるのは、彼女だけだった。

「協力、してくれるだろ?」
「いやだと言ったら?」
「いやとは、言えないよ。君は、僕に協力するしかないのさ」
 見上げている良一は、じっと、哀と視線を合わせている。
 その顔は、熱帯のこの国にしばらくいるせいか、幾分、陽に焼けていた。

「久しぶりに会えて、嬉しいよ……これでも僕は、君を愛してるんだ」
 哀の前に立ち上がった良一は、そう言って、彼女の腰に手を回し、抱き寄せる。

 哀は、顔を背けるようにして身を反らすと、両手で良一の胸を押し、その腕から逃れた。

「僕は、君を待っていた……君を求めている……そして、君も……君の体も、僕を求めてるはずだよ」
 良一は、そう言って、再び、哀に近寄っていった。


*****


 そんなことはない。

 強く否定した哀は、それを証明するためか、体に触れてくる良一から、逃れようとした。

 しかし、力ずくでベッドに押し倒されると、前を開けて着ていたシャツを剥ぎ取られた。
 ノースリーブのTシャツにGパンの姿になった哀は、良一に手首を掴まれると、力ずくで腕を背中にまわされた。

 そこに、黒い手枷がはめられる。

 良一は、手枷で哀を後手にして、自由を奪うと、その体を仰向けにして、乱暴に、彼女が着ているTシャツを捲り上げ、さらにブラを捲り上げる。すると、形のいい乳房が現れた。

「うっ……」
 良一が唇で哀の乳房を吸い、その先に歯を立てると、彼女は、目を閉じて、呻いた。
 乳房を玩んだ良一の唇と手は、哀の肌を這い、下腹部へ移動していく。
 そして、良一は、哀のGパンのホックを外すと、下着と一緒に、足元へ下ろしていった。

 後手に拘束された時から、哀は、諦めたように、目を閉じ、唇を噛んだまま、良一のなすがままになっている。

「んっ……」
 重ねられた唇から、良一の舌が差し込まれ、哀の舌を絡め取ろうとする。

「はあっ……」
 哀の唇から離れた良一の唇と舌が、また、哀の乳房を捉えると、その手は、脚を探り、内腿を這い上がっていく。

 良一の唇、舌、指の蠢きが全身に及ぶに従い、哀の荒い息の下から、何度も喘ぎが洩れ、その素肌には、汗が滲んでいた。

 そして、良一の愛撫は、哀の体がより反応する場所を探り、そこに集中し始めると、彼女は、何度も上体を反らし、脚を伸ばして、身を震わせた。

「ああっ……はあ……んっ……」
 耐え切れず、哀が声を上げる。

 しかし、良一は、哀の秘所には、触れようとしなかった。
 下腹部や内腿に舌や指を這わせても、茂みには、一切、踏み込もうとしない。

 電気が流れたように、全身をしびれが駆け抜け、ぐっと唇を噛んで、その裸身を震わせている哀の姿を、良一は、時折顔を上げて楽しんで見ていた。

 執拗に続く良一の愛撫に、哀の中が十分に潤い、溢れ出してくる。
 それでも、良一は、哀の女性には、触れなかった。

「どうだい?僕がほしいだろ?」

 腿を探っていた指先に、哀の潤いが光ったのを見た良一は、そう言って、ニヤッと笑う。

 哀は、細く目を開け、良一の顔を見たが、肩で息をしながら、黙っている。

「欲しくないのかい?こんなに濡れてるのに……」
 哀の内腿に手をやり、溢れ、流れたもので指を濡らすと、良一は、その指で、彼女の首筋を撫でた。

 そして、哀の顔を見つめた。

「欲しければ、欲しいと、言いなよ」
「うっ……」
 良一の手が強く哀の乳房を掴む。

 その唇が下腹部に落とされ、舌で茂みの傍を蹂躙していく。

「はあっ……あっ」
 荒い息をしている哀は、限界に達していた。

「やっぱり、強情だな、君は」
 そう言った良一は、しばらく、哀の顔を見つめ、今度は、唇を彼女の肩に落とした。
 良一の唇と舌、指の動きが、再び、哀の全身へ及んでいく。

 やがて、哀の腿の辺りに顔を下げた良一は、彼女の脚を手で開かせると、茂みの回りや内腿辺りに、舌を這わせた。

「くっ……」
 良一の舌、指が蠢き、屈辱感を伴う快感が哀の全身を震えさせる。

「どうだい?欲しいんだろ?」
「んっ」
 良一の言葉に、哀は、唇を噛み締める。

「ああっ……」
 しかし、しばらくして、良一の執拗な愛撫に、哀は、耐え切れなくなって、声を上げ、上体を反らした。

 そろそろ、体が、心が限界になっていた。
 体が良一の行為に敏感に反応し、哀の心を激しく揺さぶっている。

「入れて欲しいんだろ?」
 そう言いながら、良一の指は、哀の内腿をなぞり、唇が下腹部を這っていく。

「ううっ……」
 大きく上体を反らせ、唇を噛み締めた哀は、それでも耐えていた。

「負けたよ、君には」
 呆れたように苦笑した良一は、哀の体を横向けにする。そして、膝を掴み、大きく左脚を上げさせると、彼女の右脚を両脚で跨ぐように体を乗せる。
 そして、昂った自分自身を哀の中へ突き入れた。

「はあっ……あっ……」
 貫かれた時、哀の口から、荒い息と共に、声が洩れた。
 突き上げ、律動を始める良一の動きに、哀の体が、激しく、前後に揺れている。

 きつく目を閉じ、顔を歪めている哀の体と心は、快感と苦痛との狭間を彷徨っていた。


(2009/6/17初)



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