ここから本文エリア 吾妻山は生きている2012年11月23日
●仙台管区気象台調査に記者が同行 吾妻山の火山性地震が10月半ばから、また増えている。噴火の兆候があるわけではないが、地下深くでマグマが動いていることを示唆する地震活動だ。山はいま、どうなっているのか。雪が降る前の先月下旬に実施された仙台管区気象台の現地調査に同行させてもらい、間近で見た。 ◇地震 「ここからは警報器を持っている私の後ろに、ぴったりついてきてください。どこに火山ガスがたまっているかわかりませんから」。吾妻連峰で最も高い一切経山(いっさいきょうざん、1948メートル)を登り始めたところで、火山監視・情報センター所長の小林徹さん(54)は言った。 吾妻山の大穴火口(おおあなかこう)と呼ばれる中腹が夜に青白く光りだしたのは、昨年3月の震災の2日後だった。2年前に1夜だけ確認されたことがあったが、連日のように続いた。福島市の市街地からも見えた。 発光は昨年11月15日を最後に確認されていないが、大穴火口の山肌から、大きな蒸気がいまも2カ所で立ち上る。登山者の立ち入りは禁じられている。 光ったのは、地中からの蒸気とともに硫黄を含んだ火山ガスが噴出し、それが燃焼したからだとみられている。火山の専門家が噴火を心配したのは、吾妻山で35年前にあった最も新しい噴火が起きた場所が、この大穴火口だったからだ。 もともと4年前から1カ所で噴気の勢いが活発になっていたが、今年3月、その50メートルほど下でも新たに噴きだした。いまは、そっちの方が勢いが強い。 火山性地震は噴気が活発になったのと時を合わせるかのように回数が一気に増えた。今年2月に収まり、その後は月1回ほど程度だったが、先月半ばから1日4、5回の頻度になった。 ◇ガス 山を登っていくと小さな噴気が山腹のあちこちで湯気のように立ち上っていた。噴気が背の高さほどの、その一つに近づいた。「風上にいれば大丈夫です」と小林さんが言った瞬間、風向きが逆になった。 「ピピピピピー」。警報器がけたましく鳴る。同行するには防毒マスクが必需品と言われ、リュックに入れていた。取り出す間もなく白煙に包まれた。「動かないで。ガスが風で吹き飛ぶのを待って」。小林さんが声を上げた。硫黄臭のなかで息を止めていると、白煙は5秒ほどで消えた。 大穴火口に近づくと「ゴー」というジェット機のエンジン音そっくりのごう音が聞こえてきた。火口の2カ所の噴気の高さは50メートルほどあり、ここまで来る間に見たものと規模が違う。「吾妻山が生きている証拠です。火山があるから温泉も湧いて景勝地にもなり、人々は長い間、恵みを受けてきた。日本は火山国である以上、火山と共生していかなければいけないんです」と小林さんは言った。 ◇高熱 「これ以上は近づけません」と技術専門官の長南(ちょうなん)知喜さん(43)が、噴気から約200メートル離れた場所からサーモグラフィーで山肌の表面温度を調べ始めた。新型インフルエンザ騒ぎのときに空港に導入され、高熱の人を選別したカメラと似た装置だ。約400万円もする。画面をのぞかせてもらうと噴気の出ている周辺が赤く染まって見えた。 風向きによって、ときおり硫黄臭がきつくなる。気分が悪くなっていたところを風速毎秒8メートルの強風であおられ、体がよろけた。足を踏ん張ってこらえると、もろくなって白く変色した山肌に靴が10センチほどすっぽりと埋まった。気温は3度と寒いのに、厚い靴底の外側から熱さが伝わってきた。「気をつけてください。地中は高温です。手をついて、やけどしないように」と小林さんに注意された。 天ぷらの油の温度を測るのと同じ仕組みの、長い金属棒でできた温度計を技術主任の西田誠さん(36)が地中に差し込むと、深さ20センチのところで90度もあった。 ●危険性、認識すべき 昨年3月の地震後、発光も含め噴気が一時期活発になったのは、一種の噴火が起きたとみることもできる。蓄積していた火山のエネルギーがそれで解放されたと思っていたが、最近の火山性地震の増加が気がかりだ。吾妻山が有名な観光地であるため、危険性の指摘にこれまで自治体は後ろ向きな姿勢が感じられたが、噴火がいつ起きるかわからない場所にいることを地元住民や観光客は認識すべきだ。いざというときには被害想定図をもとに安全な場所にすぐ逃げる。それが一番の対策だ。 ●「前兆つかめ」24時間監視 東北に18ある活火山を管轄する仙台管区気象台が昨年3月の巨大地震後、最も警戒しているのが吾妻山だ。大穴火口の噴気が活発に続いているからだ。35年前に小噴火したとき以来の活発さで、昨年は噴煙の高さが最大で約700メートルにも達した。 気象台内にある火山監視・情報センターには、高感度カメラで噴気の様子がモニターに映され、職員が24時間態勢で監視している。 気象台が懸念する理由には、吾妻山の位置も関係している。県庁そばの東北の活火山は、ここと岩手山(岩手県)の2カ所だけ。いずれも約20キロと近いところに噴火口があり、しかも西側に位置する。大噴火が起きれば、偏西風で火山灰が市街地まで運ばれる可能性があり、県都機能は失われかねない。 吾妻山では約700年前の鎌倉時代にあった噴火を最後に、マグマが地下から上昇して起きる「マグマ噴火」はない=表参照。それ以降の噴火は比較的規模の小さい水蒸気爆発だ。 起きる確率は極めて低いが、4800〜6千年前にあった大噴火が再び起きると最悪の場合、どれだけの被害が生じるのか。国土交通省福島河川国道事務所と県砂防課を中心に火山や防災の専門家や地元自治体などからなる委員会が想定図をまとめた。 危険なのは積雪期だ。噴火によって雪が溶け、泥や石や水が混じった泥流が周辺の河川を一気に下る。河川からあふれ、JR福島駅周辺でも最大1〜3メートルの高さの泥流が1〜2時間後に到達する。火山灰による健康への影響も心配される。灰と言っても細かなガラス片であるためだ。マグマ噴火だと福島駅近くまで5センチ、水蒸気爆発の噴火でも1センチの降灰も予想される。 昨年3月の巨大地震と類似していると言われる869年の貞観地震のときは、2年後に山形と秋田にまたがる鳥海山が噴火している。このため、仙台管区気象台地震火山課の山田尚幸課長は「今回も、いつ異変が起きてもおかしくはないという態勢で監視している。噴火の前には地震や山の膨張といった地殻変動が予想される。吾妻山の周りには7カ所の地震計をはじめ、全地球測位システム(GPS)や傾斜計を国土地理院や東北大とともに設置しているので、なんらかの噴火の前兆はつかめると考えている」と話す。(岡本進)
マイタウン福島
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