空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第七十三話 2012年 惣流アスカ誕生日記念短編 神様のプレゼント
アタシは小さい頃から神様をずっと憎んで過ごして来た。
幼いアタシからママを奪って天国に連れて行ってしまったから。
神様は努力する人間を助けるってアタシの周りの大人達は口を揃えて言うけれど、きっとアタシ達の運命を弄んで楽しんでいるに決まっているわ。
現実にセカンドインパクトを引き起こして、人類は生存を懸けて使徒と呼ばれる化け物と戦わされている。
どうしてこんな辛い世界でアタシは生を受けたのだろう。
だから誕生日を祝ったりするなんて、考えもしなかったわ。
シンジ達がアタシの誕生日パーティを開こうと、ファーストやヒカリ達と話しているのを盗み聞きした時は本当に驚いた。
アタシがおぼろげに憶えていた小さい頃の誕生日の事が思い返される。
ママは研究の仕事で忙しくて、いつも寂しい思いをしていたけど、アタシの誕生日を一緒にお祝いしてくれると約束してくれた。
だからアタシは楽しみに誕生日を待っていたのに……あのエヴァの実験事故が起きてしまった。
命は助かったけど、それからママはおかしくなった。
病室でママは縫いぐるみに向かって「アスカちゃん」と呼びかけるようになってしまった。
パパの話だと、ママは事故の影響で記憶が混乱してアタシが赤ん坊だと思い込んでしまっているらしい。
本当のアタシはここに居るのに、アタシはママの病室に入る事も許されないなんて……。
誕生日、ママの用意してくれたプレゼントである猿の縫いぐるみはアタシの元に届いた。
でもアタシは全然嬉しくなかった。
だって、ママはアタシの事を見てくれなくなってしまったのから……。
もしかして、エヴァに関する事でママの記憶が戻るかもしれない、そんな大人達の甘言に乗せられて、アタシはエヴァのパイロットを目指した。
そしてアタシが弐号機の正式なパイロットして選ばれた事を報告しに行ったあの日。
アタシは病室で首を吊って死んでいたママを目撃する事になる。
もうママはアタシの声が届かない、追いかける事の出来ない、遠くへと行ってしまった。
こんな辛い誕生日の思い出だったから、アタシは今まで無意識のうちに忘却の彼方へと押しやっていたのだ。
けれど……シンジ達なら悲しい色のアタシの誕生日を楽しい思い出で塗り替えてくれるかもしれない。
まっ、少しだけ期待してあげてもいいわよ、少しだけね。
しかし神様はアタシ達に再び試練を与えた。
第三東京市上空に襲来した使徒との戦いでシンジは初号機ごと使徒に飲み込まれてしまったのだ。
それはシンジの独断専行、ミサトの指示に従わずに攻撃を仕掛けたからだった。
でもシンジの命令違反の原因はアタシにもある。
シンクロ率でシンジに負けてプライドを傷つけられたアタシは、シンクロテストを終えて帰宅した後、夕食の時にシンジを挑発した。
テストの成績が良くても実戦ではアタシが上、エースパイロットはアタシなのだと。
「最近ちょっと、シンクロ率が上がって来たからってさ、余裕かましてファーストとデートなんかしてるんじゃないわよ!」
「見てたの!? 別にあれは綾波とデートしてたわけじゃないよ」
アタシはこの前の日曜日、シンジとファーストが楽しそうにアクセサリーショップへ行ったのを目撃した。
その日の朝、アタシが遠回しに映画にでも行こうと誘ったのに、それを断ってファーストとデートだなんて!
もちろんシンジはアタシの彼氏ってわけじゃないし、今のところは単なる同僚で同居しているだけの存在だから、アタシにシンジを束縛する権利は無い。
でもアタシはシンジに裏切られた気分になって腹が立った。
だからアタシは激情に駆られてシンジを罵倒するような言葉を口走ってしまったんだろうと思う。
浮遊する得体のしれない使徒がネルフ上空へ襲来した時、シンジはオフェンスに立候補をした。
今までシンジは黙ってアタシの後ろをついてくるだけだったのに、アタシは驚いた。
そして戦果を挙げようと焦ったシンジはミサトの命令を無視して使徒に接近し、飲み込まれてしまったのだ。
アタシはシンジにも押さえつけられていたプライドがあった事に気が付いていなかった。
司令との歪んだ親子関係で植えつけられた劣等感の反動が、シンクロテストでアタシに勝った事を切っ掛けに噴き出たのかもしれない。
すぐに使徒に飲み込まれた初号機を救出するための作戦が立てられた。
零号機と弐号機のATフィールドで初号機を飲み込んだ使徒の虚数空間に干渉し、次元の穴を開ける。
そのタイミングで100発のN2爆雷を投下し、使徒を本体ごと破壊すると言う、救出作戦とは言えないものだった。
「国内に現存するN2爆雷を集めるまで、両パイロットは待機よ」
ミサトの言葉を聞いたファーストは、慌てた様子でミサト達に質問を浴びせる。
「使徒に飲み込まれた碇君は、大丈夫なのですか?」
「シンジ君がエネルギーを温存して生命維持モードにしていれば10時間は持ちこたえられるわ」
「もし、初号機にATフィールドを展開するエネルギーが残されていなかったら……」
「エヴァには1万2000枚の特殊装甲があるから、ATフィールドが無くても耐えられるはずよ」
アタシはそんなファーストの姿を見ると、自分の不安も増幅してしまう気がして、口を挟まずにはいられなかった。
「シンジは命令を無視したんだから、自業自得よ。ふん、いい気味だわ!」
「アスカ!」
ミサトが叫ぶと同時に、アタシの頬に痛みが走る。
ファーストが平手でアタシの頬を殴ったのだ。
「碇君の心配をしないなんて、あなたに誕生日を祝ってもらう資格なんかないわ」
怒った顔のファーストはアタシにそう言い放って部屋を出て行った。
アタシは叩かれた頬ではなく、胸に手を当てる。
ファーストの言葉はアタシの心に突き刺さったのだ。
「ほら、アスカも待機室に行ってやすみなさい」
アタシはよっぽど青い顔をしていたのだろう、ミサトはすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
パイロットの待機室でファーストと顔を合わせる事が出来ないと思ったアタシは、自動販売機が並んでいるリフレッシュコーナーで作戦開始まで待つ事にした。
「やっぱり、ここに居たのか」
「加持さん……」
加持さんの姿を見たアタシは、涙腺が緩くなってしまった。
そして加持さんの胸に飛び込んだアタシは、思い切り不安をぶちまけて大声で泣く。
アタシが泣き止むまで、加持さんはアタシを優しく抱いてくれた。
「大丈夫、シンジ君はきっと助けられる。その後、しっかりと謝ればレイちゃんも許してくれるさ」
アタシの頭をなでながら加持さんは優しくそう言った。
加持さんはすっかりお見通しか。
慰められて気分が落ち着いたアタシは、加持さんと別れた。
でもそのまま待機室へは行かずに、ここで待つ事にする。
やっぱりアタシは、まだファーストと顔を合わせる勇気が無い。
何よりも怖いのだ、感情を素直に表すようになったファーストと一緒に居るのが。
前のような人形のように無表情のファーストなら、側に居てもアタシの心が乱されることは無い。
でも今は……ファーストの抱える不安がアタシにも伝わって、伝染してしまいそうだ。
1時間……2時間……3時間……。
アタシが待っている間にも、タイムリミットは刻々と迫って来ている。
「ミサト、早くN2爆雷を集めてよ……!」
アタシは間に合うように祈るしかできない自分に歯がゆさを感じた。
シンジが自力で脱出しようとエネルギーを消費させていれば、期限はもっと短くなるのだ。
「シンジ、アタシ達が助けるまで大人しく待っているのよ」
アタシは天井を見つめてシンジに届けとばかりに呼び掛けた。
このままシンジに謝れずに別れる事になったら……アタシはシンジに投げ掛けてしまった言葉を後悔し続ける事になるだろう。
さらに数時間後、100発のN2が集まったのか、パイロット召集のアナウンスがネルフの施設内に流れた。
良かった、シンジの生存可能性のある10時間に間に合った!
こうなったらアタシがモタモタして足を引っ張る訳にはいかない、アタシはゲージへ全力疾走し、脇目も振らず弐号機へと乗り込む。
すでにファーストは先に零号機に乗り込んでいたようね。
モニターに映るエントリープラグのファーストの顔は、すっかり落ち着いて気合に満ちているようだった。
ファーストに何があったのかアタシには分からないけど、これならアタシが発破をかける必要もなさそうね。
不安でガタガタ震えているようだったら、怒らせてでも顔をあげさせたんだけど。
N2爆雷を積んだ爆撃機が厚木基地にスタンバイし、アタシとファーストはミサトの作戦開始の合図を待つ。
その時、初号機を飲み込んだまま動きを止めていた使徒に異変が起こった。
空中に浮かぶ使徒の影に亀裂が生じ、中から初号機が姿を現したのよ!
「な、何が起こったの!?」
血まみれの初号機を見たアタシは悪寒のようなものが背中に走ったように覚えた。
アタシ達はとんでもないものに乗って戦わされてる、そんな恐怖にアタシは支配されそうになる。
「シンジ君、シンジ君?」
発令所のミサトが初号機に呼び掛ける声で、アタシは意識を現実に引き戻した。
でもシンジからの返事は無い。
「大変です、シンクロ率が300%に達しています!」
マヤの報告する声が響き渡ると、発令所が騒がしくなった。
「まさか、またエヴァが暴走したと言うの!?」
「いえ、覚醒よ……」
ミサトにリツコがつぶやくように答える声がアタシの耳に届いた。
暴走だか覚醒だかよく分からないけど、どうやら初号機は驚異的なパワーで使徒の体内から脱出したみたい。
地面に着地した初号機はしばらく歩いた後、動きを停止させた。
沈黙した初号機のエントリープラグ内部の映像がディスプレイに映し出されると、アタシは息を飲んだ。
初号機のエントリープラグではプラグスーツがLCLの中に漂っているだけで、シンジの姿は見当たらなかった。
血相を変えたミサトがリツコの肩をつかむ。
「ねえ、シンジ君はどこへ行ったのよ!」
「エントリープラグの中に居るわ、ただ私達の目には見えないだけよ」
「えっ!?」
リツコの答えを聞いたミサトは驚きのあまり、言葉を失った。
アタシだって目の前で起こっている出来事が信じられない。
いったいシンジはどうなっちゃったのよ……。
リツコの推測によると、使徒の体内に閉じ込められた初号機の意識が覚醒し、パイロットであるシンジを”生体コア”として取り込んでしまったらしい。
そんな……エヴァはアタシ達の”人形”じゃ無かったの!?
「それでは、碇君はエヴァに飲み込まれてしまったのですか?」
「ええ、生命のスープと化して、LCLに溶け込んでしまったのよ」
ファーストとリツコのやり取りを聞いたアタシは目の前が真っ暗になった。
エヴァのせいでシンジは死んだ、そう、ママの時と同じように……。
アタシは目の前が真っ暗になり、ゆっくりと後ろへ倒れて行くのを感じた……。
そしてアタシは夢を見た。
ミサトの家のリビングでアタシとシンジが向かい合って座っている。
シンジは顔を伏せてアタシと顔を合わせようとしない。
不思議に思ったアタシはシンジに声を掛ける。
「ねえ、どうしたのよ?」
アタシが声を掛けても、シンジは顔をあげなかった。
「聞こえているんでしょう、返事ぐらいしなさいよ」
そう言ってアタシがシンジの肩に手を掛けると、シンジはアタシの手を振り払う。
「アスカはいつも僕の事を見下してるよね」
「そ、そんな事無いわよ」
シンジの言葉を聞いたアタシは図星を突かれた気がしてドキリとした。
「僕だって努力しているのに、どうして認めてくれないんだ、父さんも、……アスカも!」
そう言ったシンジは勢い良く立ち上がり、玄関の方へ駆け出した。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
アタシも慌ててシンジの背中を追いかけた。
でもアタシの目の前でシンジを乗せたエレベーターの扉は閉じてしまう。
「チッ!」
舌打ちしたアタシは、階段を駆け下りて行った。
8階分も降りるのは骨が折れるけど、シンジを見失わないようにと必死に走った。
そして1階へとたどり着いたアタシの目の前に、シンジの背中があった。
「待って、待ってよ、シンジ!」
アタシが呼びかけても、シンジは振り返らずに街の方へと進む。
息を切らしながらアタシはシンジを追いかけたが、シンジの姿は駅前の混雑した人混みの中へと消えてしまった。
「そんな……っ! シンジっ、どこ!?」
アタシはシンジを捜そうとするけど、通りを行き交う人達の壁に阻まれて見つける事は出来なかった。
シンジはどこに行ってしまったのよ?
お願い、出て来てアタシの話を聞いて。
「シンジーっ!」
アタシは自分の大声で目を覚ました。
いつも見ている天井……ここはアタシの部屋だ。
するとアタシの大声がリビングまで聞こえたのか、足音がドタドタとやって来て、ミサトが顔を出す。
「アスカ、目を覚ましたのね」
「シンジは……?」
「まだエヴァの中よ」
ミサトの返事を聞いたアタシの体から力が抜けて、またアタシは倒れそうになった。
でもミサトはアタシの体を支えながら、
「アスカ、しっかりして! 今ネルフではシンジ君を救出するためのサルベージ計画が行われているの」
と叫んだ。
「えっ……?」
「だからアスカ、希望を捨てちゃダメよ」
そう言ってミサトはアタシを強く抱きしめてくれた。
不安でいっぱいだったアタシの心も、暖かさを感じるとともに落ち着いて来た。
ミサトはアタシのママじゃない。
だけど誰かに抱き締めてもらえるのは嬉しい事だとアタシは思った。
「実は言うと、あたしも不安でたまらないのよ。ネルフに居ても何もできる事は無いから、あたしも家に帰されたの」
「……そうだ、ファーストは?」
「あまりにも寂しそうだから、連れて来ちゃった」
ミサトはそう言ってごまかし笑いを浮かべて舌を出した。
そしてミサトの後をついて行くと、リビングのシンジの席にはファーストが座って待っていた。
「あっ……」
「待ちなさいよ、別にアンタを追い出そうなんて思ってないから」
目が合ったファーストが慌てて立ち上がって逃げようとするのを、アタシは呼び止めた。
「でも私は、あなたの事を叩いてしまったから……」
「あれは強がったアタシの方が悪かったのよ」
素直に謝ったのが気恥ずかしくなったアタシは、ファーストから視線を反らしてそう答えた。
アタシの言葉を聞いたファーストは安心した表情になって席へと戻った。
自分も椅子に座ろうとしたアタシはテーブルの上に包装された箱が置かれているのに気が付く。
「ミサト、これって……?」
「シンジ君が用意した、アスカへの誕生日プレゼントよ」
「碇君は女の子に何をあげたらいいかって、私に相談しに来たの」
「えっ!?」
ファーストの言葉を聞いたアタシは驚いた。
じゃあこの前、こっそりとシンジとファーストがアクセサリーショップに行ったのはデートじゃなくてアタシへのプレゼントを買いに行っていたからなの?
アタシってば何でそんな簡単な事に気が付かずに、勝手に腹を立てていたなんて、アタシってばとんだ道化(ピエロ)ね。
シンジからのプレゼントはとっても嬉しかった。
でもアタシはシンジのプレゼントを受け取りたくは無かった。
あの誕生日と、重なってしまうのが怖かったから……。
「どうしたの、アスカ?」
プレゼントの箱に手を伸ばそうとしないアタシをミサトとファーストが不思議そうに見つめていた。
「えっと、それには理由があるんだけど聞いてくれる?」
アタシは誤解されないように、今まで誰にも話した事のない忌まわしい誕生日の記憶をミサトとファーストに話す事にした。
うなずいたミサトとファーストは真剣な眼差しでアタシの話に耳を傾けてくれている。
話しているうちに胸が締め付けられる思いがして、目に涙を浮かべてしまい言葉に詰まってしまう事もあったけど、アタシは何とか話し終えた。
「アスカの気持ちも解るけど、それならなおさらプレゼントを受け取るべきだと思うわ」
「どうして?」
「そう言うジンクスから消し去る事が大切なのよ、前と同じになるとは限らないじゃない」
「でも……」
ミサトに言われても、アタシはプレゼントの箱を開ける踏ん切りがつかなかった。
「私も箱を開けた方が良いと思う」
ファーストはアタシの目をしっかり見つめて言った。
こんなにしっかりとアタシに意見を言ってくるファーストは初めてだとアタシは感じた。
アタシはファーストに向かってうなずき、包装紙を丁寧に剥がして箱を開ける。
細長い箱の中には赤いリボンが入っていた。
「かわいいリボンじゃない、それを着ければシンジ君も喜んでくれるんじゃないかしら?」
「そうかしら」
ミサトに言われたアタシはリボンを着けようとして気が付いた。
このリボンを結ぶとインターフェイス・ヘッドセットを外さないとバランスが悪くなる。
ヘッドセットはアタシがチルドレンに選ばれた時からいつも身に着けている、アタシにとっては勲章のようなものだ。
アタシはヘッドセットを外して誰かの前に出る事は決してなかった。
でもアタシは意を決してヘッドセットを頭から外した。
「アスカ、あたしがリボンを結んであげようか?」
「うん、サンキューミサト」
ミサトにリボンを結んでもらって鏡を見ると、そこにはトレードマークであるヘッドセットを外したアタシの姿が映っていた。
こうして見ると、アタシもどこにでもいる平凡な中学生の女の子に見える。
シンジが今のアタシの姿を見たら、どんな反応を示すだろう?
アタシはシンジと会うのが楽しみになった。
だから戻って来るのよ、シンジ。
ミサトの家のリビングで待っているアタシ達の所に、ネルフから連絡が入った。
いよいよシンジのサルベージが開始されるらしいので、アタシ達にも立ち会ってほしいとリツコから呼ばれたのだ。
ネルフに到着したアタシ達は、初号機が収められた実験棟のケージを見下ろせる部屋へと案内された。
リツコはアタシ達の目の前で、モニターや計器を見ながら慌しく指示を下している。
アタシ達が声を掛けると邪魔になってしまいそうだ。
「ねえミサト、サルベージ計画って確かなの?」
「ええ、過去にリツコのお母さんの赤木ナオコ博士が実験した時のデータが残っているらしいわ」
「……葛城一尉、その時の結果はどうだったのですか?」
「サルベージはできなかったらしいわ」
「ちょっと、それってどういう事よ!」
ファーストの質問に対するミサトの答えに驚いたアタシは、思わずミサトにつかみかかってしまった。
「大丈夫、その時の失敗は被験者側に問題があったらしいから」
ミサトはその被験者は自らエヴァの中に留まる事を望み、サルベージを拒否したらしいと説明した。
「えっ、どうして?」
「それは分からないわ、でもシンジ君はあたし達の手で呼び戻すのよ」
アタシに力強い口調で告げたミサトは、銀のクロスのペンダントを胸の前で握り締めて、初号機を見つめた。
「碇君……」
ファーストも祈るように両手を組んで目を閉じた。
アタシは天井をにらみつけて、その向こうの空の世界に居ると思われる神様に向かって心の中で呼びかける。
(アンタ、今日はアタシの誕生日なんだから、今までアタシを苦しめて来た分、大きなプレゼントを寄越しなさいよ!)
その声が届いたかどうかはアタシには分からない。
そもそも、神様が本当に居るかどうか定かじゃないわ。
アタシ達が待っていると、リツコの号令でいよいよシンジのサルベージが始まる。
リツコの話によると、エントリープラグの中に満たされたLCLからシンジの肉体と精神を再構成するらしい。
サルベージ作業は順調に進んでいるように見えたが、突然異常を知らせる警報が鳴り響き、辺りはパニックになる。
「シンジ君の方からサルベージを拒否!?」
「そんな!」
リツコが驚いた声で叫ぶのを聞いたミサトはショックを受けて真っ青になった。
ファーストも血の気が引いた顔をしている。
それはきっとアタシも同じだろう。
「LCLの圧力上昇中!」
「エントリープラグが内部から排出されます!」
「まずいわ、LCLが流れ出したら、シンジ君は戻れなくなる!」
日向さんとマヤの報告を聞いたリツコは血相を変えた。
停止信号を送っても、エヴァの動きは止まらず、エントリープラグが顔を出してしまった。
そしてLCLが勢い良くエントリープラグから吹き出す!
「帰って来なさいよ、バカシンジっ!」
アタシはマイクに向かって大声で叫んでしまった。
絶望的な状況に、ミサトやマヤのすすり泣く声が聞こえる。
そしてアタシも、何かがプツリと切れるような音が聞こえたような気がして、目の前が暗くなって行った……。
しばらくして、アタシは再び自分の部屋で目を覚ました。
さっきネルフで起こった出来事は悪夢だったの?
それとも、今アタシは夢の中に居るのだろうか。
アタシは恐る恐るリビングへと向かった。
「アスカ、目が覚めたんだね!」
席から立ち上がって嬉しそうな顔で近づいて来るシンジを見て、アタシは狐に化かされたような気持ちになった。
だってシンジは消えてしまったはず、それがどうしてアタシの目の前に居るのよ!?
やっぱりアタシは夢を見ているんだわ。
「夢じゃないよ、アスカ」
「えっ?」
あ然としているアタシに、シンジが再び声を掛けた。
「嘘よ、どうして!?」
「僕が助かったのは、アスカのおかげなんだ」
シンジはそう言って、初号機の中で起こった出来事について話し始めた。
初号機が使徒に飲み込まれそうになった時、シンジは必死にもがいてかなりのエネルギーを使ってしまったらしい。
辺りが真っ暗になり、脱出を諦めたシンジは生命維持モードに切り替えたけど制限時間は縮んでしまった。
リツコ達の作戦は間に合わなかったのだ。
LCLが濁り、息苦しくなったシンジは生命の危機を感じ、「死にたくない!」と叫んだ。
するとシンジの求めに応じるように、シンジの目の前に真っ白で淡い光を放つ、幽霊のような人影が現れた。
「あの時僕は、あの世からお迎えが来たのかと思ったよ」
怯えたシンジは背中を向けて逃げようとしたが、その白い人影はシンジの背中を優しく抱いた。
その柔らかで温かい感触に、疲れていたシンジは眠ってしまった。
「エヴァの中で、僕は不思議な夢を見たんだ」
シンジはいつの間にか自分がオレンジ色の海の中を裸で泳いでいる事に気が付いた。
何故か水中でも息ができるから、シンジは夢だと思ったみたい。
シンジが水面に顔を出すと、前方に白い砂浜の海岸が広がっているのが分かった。
そしてその砂浜の上には、誰かが立ってシンジの方を見つめているようだった。
シンジがその人影を目指して泳いで行くと、その人影はファーストに似た大人の女性である事に気が付いた。
「綾波……?」
シンジのつぶやくような問い掛けに、その女性は首を横に振って答える。
「私は違うわ。しばらく会わない間に、すっかり大きくなったわね、シンジ」
「もしかして、母さん……?」
穏やかに微笑んで軽くうなずいたその女性に、シンジは抱き付いた。
夢の中でもその温かい感触は、まるで本当の事のようにシンジには感じられた。
シンジのママらしい女性は、シンジが泣き止むまでずっと抱いてくれていたのだと言う。
「母さん、僕は死んじゃったの?」
そのシンジの問いに、シンジのママはシンジは今、生と死の境界線に立っていると話した。
それ以上シンジが歩みを進めて、今シンジが膝まで浸かっているオレンジ色の海から完全に出てしまうと、シンジは生きて戻れなくなると言う。
だからこうしてシンジに会えただけでも奇跡なのだと。
「……別れの時が来たわ。さあシンジ、元の世界へ帰りなさい」
「嫌だ、僕はもう戻りたくない!」
それからシンジは、自分がどんなに寂しくて、辛くて、怖い思いをして来たかシンジのママに訴えた。
話を聞いたシンジのママは優しくシンジの頭を撫でて、
「私もシンジに無理に戻れとは言えないわ、これからは穏やかな世界で一緒に暮らしましょう」
と言った。
そして海の中から出ようとしたシンジに、シンジのママが問い掛ける。
「……本当に後悔しないのね?」
「うん」
シンジがママにそう答えた時、
「帰って来なさいよ、バカシンジ!」
アタシの大声が辺り一面に響き渡ったのだと言う。
そのアタシの声を聞いたシンジは、シンジのママに別れを告げて、海へと戻って行った……。
そして現実世界に戻り、LCLが流れ出てしまったエントリープラグの底で、シンジはリツコ達に発見されたらしい。
どうしてアタシの声がシンジに届いたのだろう、おかしな話ね。
「アスカが僕を呼ぶ声が聞こえたから、僕は帰って来られたんだ」
「でもシンジは、アタシの事が嫌いだったんじゃないの? アタシ、シンジに酷い事を言っちゃったし……ごめん」
アタシが謝ると、シンジは慌てて首を横に振る。
「僕はアスカが嫌いじゃないよ」
「えっ?」
「確かに、テストの成績が良かっただけで有頂天になっていたのは僕が悪かったって反省してるし、綾波との事も、誕生日になれば誤解が解けるって思ったんだ」
「じゃあ、なんでオフェンスをしたのよ?」
アタシが尋ねるとシンジは顔を赤くして、
「それは、アスカにカッコイイ所を見せたいなって思って……だけど返って迷惑かけちゃったよね」
と言って頭をかいた。
「だからって、命令を無視して攻撃を仕掛けるんじゃないわよ、バカシンジ!」
「ご、ごめん」
「でも、アタシの方もバカだったわ」
シンジが劣等感を抱いてアタシを憎んでいると言うのは、アタシの勝手な思い込みだった。
アタシはシンジをウジウジとした器の小さい男だとみくびっていたのだ。
そう、アタシはつまらない自分のプライドで他人を見る目を曇らせていたのよ。
それを悟ったアタシは胸がスッと軽くなるのを感じた。
「アスカ、プレゼント受け取ってくれたんだね、ありがとう」
「な、何言っているのよ、お礼を言うのはアタシの方よ!」
アタシはそう答えると、シンジの頬に軽くキスをして自分の部屋へと逃げ込んだ。
これが今のアタシにできるシンジへの精一杯の感謝の気持ち。
今頃シンジは驚いた顔をして頬に手を当ててぼう然としているだろう。
ベッドの側に置かれた時計を見ると、ちょうど日付が変わる所だった。
まったく長い誕生日になったわね。
アタシは生まれて初めての嬉しい誕生日を迎えられた事を初めて神様に感謝する。
シンジが不思議な夢の中で聞いたアタシの声。
それはきっと、神様がくれた奇跡のプレゼントだろうとアタシには思えたから……。
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