Hatena::ブログ(Diary)

Apes! Not Monkeys! はてな別館

2007-06-23

[]笹川良一の見た松井石根、谷壽夫

本日の収穫、『笹川良一の見た! 巣鴨の表情 戦犯獄中秘話』(文化人書房)。


f:id:Apeman:20070624114034j:image:small


扉の写真。すごいセンスだ…。

f:id:Apeman:20070624114221j:image:small


写真のキャプションに笹川良一「氏」とあるが…


f:id:Apeman:20070624114423j:image:small


実は著者は笹川良一本人ではなく、櫻洋一郎となっている。

f:id:Apeman:20070624114606j:image:small


本書成立の背景をいろいろと想像させるのが「祝 笹川氏帰還」の広告。左は見開きではなく裏表のページを合成。


f:id:Apeman:20070624114908j:image:small f:id:Apeman:20070624115012j:image:small


笹川良一が語るところでは、松井石根は当初「笹川さん、僕は罪が決れば伊豆あたりで十年位魚釣りでもしますかなあー」と笑っていた、とのことである(150頁)。それに対して笹川は「さあー、それ位ですめば結構ですがねー」と答えておいたが、内心「この人は相当重いのぢゃないか」と予想していたとのこと(151頁)。というのも、「中国各地に於ける日本軍一部の行動が野蛮悪虐、鬼畜に等しかった事実は遺憾ながら率直に肯定せざるを得ない。特に南京入場に於ける大惨劇は長く史上に伝わる日本民族の最大なる不名誉である」という認識を持っていたからである(149頁)。

もっとも、公判が進むにつれて松井石根の態度には変化が見られ、「笹川君、僕は一日も早く裁判が終って一日も早く絞首刑になる事を希望するよ」と語っていたとのことである(152頁)。これは巣鴨拘置所の教誨師だった花山信勝が『平和の発見』(朝日新聞社、この本も本日入手した)で伝えている松井石根の発言とよく符合するので、松井がそのような発言をしていたことは事実と考えてよかろう。また、アメリカ人弁護人の「誠心誠意」の活動ぶりが高く評価されているのだが、「この気持ちは一寸日本人には理解し難い処」と率直に語っているのが注目される。光市事件の被告弁護団への敵意にあふれた今の日本社会にも、アメリカ人弁護人たちの職業倫理は理解されないのだろうか。


もう1点、のちに中国に引き渡されて死刑になることになる谷壽夫が一時期松井石根の隣室に収容されていたとの記述がある。「両人顔を合せる時、其の感慨はまことに無量なるものがあったろう」(150頁)と推測しているだけで、二人のあいだにどのような会話があったのかは残念ながら記録されていない。

TekamonasandaliTekamonasandali 2007/06/30 00:48 初版は高いので復刻版を買ってみた。
戦犯仲間の観察がなかなかおもしろかった。
大川周明の頭がおかしくなったあたりの話も具体的だった。なるほど。
東京裁判や米国に対する考え方は興味深い。敗戦してみたら、米国っていいやつじゃないかと将来の日本に光を感じた人が多かったというのが実態だろうね。我が家の家族も、当時をふりかえって、軍国調が払拭されてほっとした気持ちだったという、これが本当のところだろう。ちなみに、その家族は空襲で家や財産を失っている。
ということで、この本を紹介していただき、ありがとうございました。

ApemanApeman 2007/06/30 13:08 いろいろ読んだものを総合すると、連合国の中でも、捕虜や戦犯容疑者への待遇はやはりアメリカが突出してよかったようですね。それを可能にするだけの豊かさがあったというのも大きいでしょうが。「軍国調が払拭されてほっとした気持ち」というのは、戦後派(戦前の日本のあり方に批判的な人間でさえ!)には実感し難い気持ちでしょうね。

たまたま 2007/11/28 05:05 通りすがりで失礼します。

「軍国調が払拭されてほっとした気持ち」これ、当たり前のことだと思いますが。
戦時中とは非常事態であって、市民生活も制限があってすごしにくかったでしょう。
戦争が終われば、ほっとする。当然の事です。

大正デモクラシーから始まって、当時の日本は選挙も行われ(女性の選挙権はまだでしたが、時間の問題という見方もあり。また、西欧と比べても進んだレベルにあった)、民間新聞も数紙あり、大衆娯楽もあふれておりました。少し調べれば、というか、明らかでしょう。
国際連盟にも枢軸国として迎えられておりました。脱退した理由は何でしたっけ。
民族差別の撤廃をアメリカに理不尽に否定されたからでしたよね。

占領政策で国民を粛清するというのは共産国のやり方で、もう少し狡賢いアメリカは、
単純なやり方はしません。しかし数年にわたる情報統制、検閲、NHKを利用した洗脳報道、憲法の改竄(占領中にこれやるの違法らしいですね)を、日本国民の知らぬところで続けました。
国民の分断のために共産党も利用したところ、秩序が保てなくなるほどで、急遽逆に抑えつけたというミス付きですが。

「捕虜や戦犯容疑者への待遇はやはりアメリカが突出してよかった」これ、思わず「嘘を言うなっ」と怒鳴ってしまいました。彼らが戦場で何をやってきたかを知れば、とてもそんなこと言えないと思いますよ。

どうもいきなりの書き込みで、失礼しました。

monromonro 2007/11/28 06:26 >「軍国調が払拭されてほっとした気持ち」
tekamonasandaliさんの文脈を見ると「戦争が終わったから」ほっとしたんじゃなくて、米軍が来てから「軍国調が払拭されて」ほっとしたっていう話ですよね。だとすれば他国に占領されていながらなお、ほっとするという状況があったんですよ。だから戦後派には実感しがたいんじゃないでしょうか。

国際連盟を脱退した理由は、満州事変での成果を認められなかったからだと記憶してましたが違いましたか。
憲法の改定が進んでいるのを国民は知ってました。
あと、だれが戦場での米軍の行状を語ってるんですか?

906906 2007/11/28 08:14 失礼します。
この上のたま氏の書き込みは、2ちゃんの以下のスレでの論争が飛び火したのものです。
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/cinema/1190893713/
管理人様には無断リンクを詫びておきます。どうもすいませんでした。

ApemanApeman 2007/11/28 10:45 たま氏のコメントについては基本的にmonroさんが答えてくださったことで十分なんですが、いくつか補足しておきます。

>また、西欧と比べても進んだレベルにあった

一体どの国とどの点で比べてこう主張してるんでしょうか? 女性参政権についていえば、今日われわれが「西洋」としてイメージする国の多くが1920年代までに実現してますし、非西欧国家ではタイやトルコが日本より早いですね。

>国際連盟にも枢軸国として迎えられておりました。

それを言うなら「常任理事国として」でしょうが。で、それがどうかしたのでしょうか?

>占領政策で国民を粛清するというのは共産国のやり方で、

とすると中国大陸(特に華北)における日本は「共産国のやり方」を実践したということになりますかね。ナチも「国家社会主義」だから「共産国」みたいなもん、ということなのかな。

>「捕虜や戦犯容疑者への待遇はやはりアメリカが突出してよかった」これ、思わず「嘘を言うなっ」と怒鳴ってしまいました。

怒鳴ったってどうせ聞こえませんからいっこうにかまいませんが、実証的な根拠は示してくださいね。まず第一に、ここでは連合国内で比較してアメリカを評価してるんですが、その程度のことが読みとれませんでしたか? 第二に、日本と較べても私はアメリカの方が「捕虜や戦犯容疑者への待遇」はよかったと思ってますが、それを否定したいのなら具体的なデータに基づいて語ってください。

906さん

別にリンクにあたって許諾、連絡など求めるつもりはありませんので、詫びられるには及びません。

ApemanApeman 2007/11/28 10:48 それから「たま」氏が上のスレの911氏なのだとすると、ちゃんとコメントできたわけですから

>>>906にあったサイトに行ってみて、コメントができる体裁だったので、つい書き込もうとしたんですが、
結局、できないようです。どういうわけでしょうか。

という部分についてちゃんと訂正しておいてください。あたかもコメントを排除したかのように書かれると迷惑です。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト

コメントを書くには、なぞなぞ認証に回答する必要があります。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070623/p1