nuclearsharing
(核シェアリングホスト国: ドイツ、オランダ、ベルギー、イタリア。)


前エントリで、核武装の可能性についての研究を幾つかご紹介しました。技術面、法律面からだけでなく、たとえ日米安保が破綻し、アメリカの核の傘が無くなった状況であっても核武装の妥当性には疑問符が付くものであるという見方が、専門家の多数派です。


運搬手段はどうする

では、前エントリのようなハードルをがっつり無視して、日本が核開発に成功したとします。そこから先は、運搬(投射)手段の開発または取得です。弾道ミサイルにのっけて飛ばすのか、航空機で運ぶのか、潜水艦からぶっ放すのか、ということを考えなければなりません。

【参考記事】 Opinion : 核武装論議で忘れられていること(2006/11/20) 『kojii.net』

日本が核武装した場合の運搬手段は、原潜+SLBMがベターだと思います。しかし、その原潜の取得をどうするかとなると、なかなか現実的ではありません。日本がすでに運用している通常動力潜水艦で十分だと主張されている方もいますが、それでは第二撃確保のための秘匿性・生残性に欠けてしまいます。

また、日本はすでに衛星打ち上げロケット開発に成功しているため、弾道ミサイル技術はすでに持っているんだ!という意見があります。H-2Aロケットを指していることが多いのですが、H-2Aは燃料、酸化剤ともに極低温で扱いづらく、液体燃料注入には時間が掛かることから軍事用には不向きです。軍事利用を考えるのならば、固体燃料のM-Vのほうが適切でしょう。ただし、サイロから発射するとしても日本の地勢では秘匿するのが難しく、やはり生残性確保の問題があります。

敵の戦略目標まで核兵器を運べなければ、抑止力として成立しません。たとえ核爆弾の開発にこぎつけたとしても、この障害を越えなければならないのです。


核シェアリング
「おお、そうだ!アメリカから核ミサイルを使わせてもらえばいいじゃないか。ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギーはやってるよ!」ということで、田母神俊雄元航空幕僚長イチオシなのが、「核シェアリング(Nuclear Sharing)」です。アメリカの核兵器の共有ですね(使用権限はアメリカにあります)。

対米依存脱却を図りたい人にとっては不満の残る選択肢ですが、NPTなどへの配慮から核シェアリングを支持するのは理解できなくもありません。田母神閣下はアメリカから距離を置いた「自主防衛」を唱えつつ核シェアリングを提唱されておられるので、整合性という意味では不明瞭なところもありますが、少なくとも核開発問題に関しては解決するかもしれません。

ところが残念なことに、核シェアリングで提供されるのは「戦術核」です。戦術核は、攻めてきた敵部隊を短距離核ミサイルや戦術核爆弾で撃退するものです。「核」という名は冠していますが、大都市や軍事基地を薙ぎ払うような破壊力はありません。ですから、核シェアリングの戦術核も、戦略的核抑止を成立させるには威力や射程が足りません。運搬はF-35でもできるようですが、敵戦略目標への攻撃には使えませんね。

【参照記事】

核武装を説く動機は、日本の国家としての発言力向上や中国や北朝鮮の脅威に対する抑止力、さらにアメリカの核の傘への不信や対米自立という観点です。いずれも必要なのは戦略核であり、核シェアリングのような戦術核オプションでは役に立ちません。


低下する戦術核の役割

かつて、通常兵器と戦略核の破壊力に大きな差があった時代、戦術核がその間を埋めるものとされていました。ところが、兵器の発達のおかげで、より長射程で、より精密な攻撃が可能になりました。中途半端に大きな破壊力のある戦術核は、次第に重要性を失ったのです※1。とりわけ、戦闘行動半径の大きい戦略爆撃機(例:B-2)が発射する長射程の空中発射巡航ミサイル(ALCM)が戦術核の位置づけを大きく変えました。いざとなれば、米本土や米領(グアムなど)から出撃し敵地を攻撃できるので、わざわざ射程の短い戦術核を同盟国に配備する必要がなくなったのです

【参照記事】 沖縄と核兵器:リアリズムと防衛を学ぶ

実際に、アメリカは在韓米軍に配備していたすべての戦術核を1991年に撤去しました。以前、日本にもアメリカの戦術核が配備されていましたが、これも今では残らず撤去されています。そしてなんと、核シェアリングを受けている国のうち、ドイツ、ベルギー、オランダが戦術核の撤去を求める要請を出すような始末です。戦術核の撤去は別に流行り廃りの問題ではなく、軍事技術の発達という不可逆的な理由から進められているものですから、この趨勢はなかなか変えられるものではないでしょう。

アメリカは戦術核自体を削減する方向です。核トマホークも配備が解かれ、米本土の戦略兵器施設に一部の戦略核兵器とともに保管されています。約100発が使える状態に保たれ、200発が爆発威力増強用ガスを抜いた非活性貯蔵状態にあります。

退役する戦術核によって生まれた通常戦力と戦略核のスキマを埋めるかのように、CPGS(通常兵器型即時全地球攻撃)兵器システムの開発も進められており、今後さらに戦術核は削減されることでしょう。技術の発達によって撤去した戦術核を日本へ再配備するという案は、実現可能性の低いシナリオなのです。


◇ ◇ ◇


そもそも、アメリカの核の傘が機能しないといいながら、アメリカが発射権限を持つ戦術核を日本に配備した途端に機能し始めると考えたり、日本が自主開発した核は抑止機能を発揮する、という考え方自体が不自然なものです。核武装論者は、核の使用権限を日本の意思決定者が握ることで国家の自主独立性を誇示できると考えているのかもしれませんが、抑止は中国や北朝鮮がどう思うかが重要です。彼らは日本の核とアメリカの核の傘のどちらを脅威と見るのでしょうね?

(3)に続く。


注※1 米ロ仏中パキスタンが配備している戦術核は約2,800発。そのうちロシアが約2,000発(1991年には15,000〜21,700発)保有し、アメリカが約760発(1991年には6,600発保有)。
 アメリカの持つ760発のうち500発がB61戦術核爆弾。そのうち200発が核シェアリングとして欧州配備。なお、B61-12はF-35に搭載可能。
 フランスは約50発のASMP-A空中発射巡航ミサイルに戦術核を搭載。
 パキスタンは戦術核運搬手段として、射程60kmの「Nasr」ミサイルを開発中。
 中国が戦術核を持っていることは確認されていない。DH-10(東海10)巡航ミサイルに搭載できるといわれるが、噂どまり。
Hans M. Kristensen and Robert S. Norris, Nonstrategic nuclear weapons, 2012, Bulletin of the Atomic Scientists を参照。




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