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時論公論 『フランス新大統領と欧州危機』2012年05月07日 (月)
百瀬 好道 解説委員
フランス大統領選挙は、左派のオランド候補が右派の現職・サルコジ大統領を破り当選しました。オランド氏は、緊縮財政一辺倒の今のユーロ危機対策の見直しを公約に掲げています。ヨーロッパでは厳しい財政の引き締めに対する国民の不満が高まっていて、6日のギリシャ議会選挙でも連立与党が大敗しました。今夜の時論公論は、フランスの政権交代やギリシャの選挙結果が、ユーロ危機にどんな影響を与えるのか考えます。
まずフランス大統領選挙の結果をどうみるかです。
6日の決選投票は、ご覧のようにオランド氏がサルコジ氏に3ポイント余りの差をつけて勝利を収めました。左派の大統領は、ミッテラン元大統領以来、実に17年ぶりです。
オランド氏の勝因は、国民のサルコジ政治に対する失望と変化への期待の大きさだと思います。大きな政府のフランスを変えるという公約とは裏腹に、サルコジ政権の下で借金はむしろ膨らみ、失業率も10%にまで悪化しました。オランド氏は、金持ち優遇の政治だとサルコジ氏を批判し、公正や平等の実現という典型的な左派の理念を訴え、サルコジ政治にうんざりしていた国民の心を掴んだといえると思います。
ヨーロッパ全体でみた場合、緊縮財政よりも成長や雇用の創出を優先する姿勢をオランド氏が明確に打ち出した事が、ユーロ危機への対応策をめぐる議論に一石を投じました。
現実を無視した人気取りの選挙戦術だという醒めた見方が出る一方、ヨーロッパの景気が次第に悪くなる中で、財政を引き締めるだけで万事解決なのかという疑問も広がり、緊縮政策中心の危機対応を見直す機運が高まりました。
その典型がギリシャで、厳しい緊縮財政と引きかえにEUやIMFからの支援策をまとめた連立与党が、議会選挙で過半数割れとなり大敗しました。4年連続のマイナス成長や失業率21%という現状に、国民の不満が爆発した結果です。他の政党のほとんどが支援策の再交渉を求めているため、安定した政権が成立するか危ぶまれています。政治の混乱が長引くようですと、ギリシャのユーロ離脱論がまた蒸し返されるおそれがあります。
またオランダでも緊縮財政の進め方をめぐる対立で、先月政権が崩壊しました。スペインは、EUに約束していた今年の財政赤字の削減目標を引き下げました。スペイン政府は社会保障給付の引き下げや公共工事の中止など歳出削減に取り組んできましたが、これが却って景気を冷え込ませ税収も減ってしまったからです。バブルの崩壊で土地や住宅の値下がりが続き、銀行の不良債権が増えています。頼りにしていたヨーロッパ中央銀行からの融資資金が底をつきそうだという見方も出ています。
ではオランド氏が訴える、緊縮策一辺倒から成長や雇用創出に力点を置いた対策への転換ははたして実現可能なのか、オランド氏の経済政策を見ながら考えてみたいと思います。
まずフランス国内の政策です。
オランド氏は向こう5年間で2兆円近い財政資金を使って、教員を6万人増やすほか、警察官を毎年千人増やすとしています。またサルコジ大統領が60歳から62歳に引き上げた年金支給年齢を元に戻すとしています。さらに、こうした措置の財源として、1億円以上の所得がある人に対しては、最高税率を75%にまで引き上げるなど富裕層への課税を強める方針です。
フランスの去年の財政赤字はGDPの5,2%、政府の累積債務もGDPの86%と、いずれもEUの基準を上回っています。オランド氏は成長と雇用の促進に努める一方で歳出カットも進め、2017年までに、税収の範囲で支出を賄う均衡予算を実現するとしています。
こうしたオランド氏の国内経済政策について、まず2兆近い財源をどうやって捻出するのか、財政赤字や累積債務を着実に減らさなければならないこの時期に、余りにも楽観的で実現性を疑問視する見方も出ています。
次にユーロ危機対策です。オランド氏は具体的に3つの提案をしています。
第1にEU27か国のうち25か国が3月に調印した新しい財政協定を見直すこと。第2に、財政難に陥った国でもお金が調達できるように、国ごとではなくユーロ圏全体の信用でお金を調達するユーロ共同債を導入する。さらにヨーロッパ中央銀行がもっと積極的に各国の国債を買い支えるようにする事です。
このうち新しい財政協定は、ドイツのメルケル首相とフランスのサルコジ大統領が中心になってまとめ、各国が財政赤字を厳しく制限することを約束したものです。この新しい財政協定の合意は、難航の末にまとまったギリシャへの追加支援策とともに、ユーロ危機が一時沈静化に向かう要因になりました。
オランド氏の主張は、こうした安定化のための柱を揺るがしかねないこと、これまで二人三脚でユーロ危機への対応してきたフランスとドイツの関係を悪化させるのではないかという懸念の声があがっています。
オランド氏の勝利やギリシャの選挙結果を受けて、7日の欧米のマーケットは、株価やユーロが値をさげましたが、大幅なものではありませんでした。オランド氏が今後、公約の実現に向けてどのような手を打ってくるのか見極めたいという空気が強いようです。
では、ユーロ危機の対応策の転換はあるのでしょうか。
わたしは厳しい財政や政治の現状を考えると限定的にならざるをえないと思います。
財政協定の見直し問題で、ドイツのメルケル首相は、財政規律を弱める再交渉には応じられないと強調しています。オランド氏としては、成長や雇用を促進するために必要な措置を講ずるといった文書を協定に加えることで決着を図りたい方針といわれます。これならドイツ側も受け入れ可能ですし、ヨーロッパの安定に不可欠な独仏関係を損なわずに済むからです。しかし、ユーロ共同債の導入やヨーロッパ中央銀行の国債の買い取りについては、ドイツの反対姿勢は固く、一致点を見出すのは簡単ではないと思います。
次にギリシャ情勢です。EUやIMFとの取り決めで、ギリシャは来月末までに1兆円余りの歳出削減策をまとめなければならず、これに反した場合、金融支援が打ち切られる可能性があります。EUやIMFはギリシャの連立政権協議を当面は見守る方針です。しかし、支援策の見直しに応じられないとしていて、金融支援の打ち切りをちらつかせて、政権の早期成立を働きかけるものと見られます。
そうした一方で、ヨーロッパ全体で成長や雇用を生み出す試みを具体的に検討する動きも出てきました。各国とも大規模な財政出動をする余裕はありませんので、EUの組織や資金を有効に使って景気のテコ入れを図る方法です。
具体的には、ヨーロッパ投資銀行の出資金の規模を拡大して、景気の落ち込みが激しい国への融資に役立てる。あるいは、インフラの整備や環境ビジネスのプロジェクトを立ち上げて、民間の資金を活用しながら収益を教育や職業訓練の財源に充てようという構想で、EU首脳会議で検討される見通しです。
仮にこうした対策が実行に移されたとしても、ヨーロッパの景気がすぐに回復するかどうか疑問が残ります。かといって、民意を理由に安易に財政再建の手綱を緩めれば、信用不安の再燃は避けられないでしょう。ユーロ危機は3年目に入りましたが、決定的な対策を欠く中で、この先も試行錯誤が続くと見なければならないと思います。
(百瀬好道 解説委員)