砲外弾道の結論


 (例) 5インチ/38口径砲の砲外弾道図


1.弾道諸元の性質

(1) 空中弾道の特性

真空弾道と比較した空中弾道の特性は、次のとおりです。

. 弾 速
 
  (ア)  弾速の水平分速は漸減する。
  (イ)  昇弧においては、時間の経過とともに弾速は漸減する。
  (ウ)  降弧において、弾速の減速率が0(零)となる点がある。
 この点はまた弾速最小点でもある。
  (エ)  弾道の同一高度の2点においては、昇弧の弾速 < 降弧の弾速 である。
. 落角は射角よりも大きい。
. 弾道の頂点は起点より落点に近い。
. 昇弧では弾道は漸次その湾曲度を増す。
. 降弧では弾道は漸次その湾曲度を増し、遂に最大湾曲度を呈する点に至るが、この点を越えると逆に湾曲度は減少し、終いに弾道は直線に近似する。
 


(2) 昇弧、降弧及び最大射程



ア.射角と射程、頂点高の関係

イ.射界限界線

射界限界線 とは、最大射程における落点及び最大射角(90度)の頂点を両端とする、全ての弾道に接する曲線を言います。

ウ.頂点軌跡

頂点軌跡 とは、射角に応じた各弾道の頂点を連ねた曲線を言います。

頂点軌跡の内側の任意の一点においては、射角が異なる弾道の昇弧と降弧の2つが通ります。 また、射界限界線と頂点軌跡の間の任意の一点においては、射角が異なる2つの弾道の降弧が通ります。


(3) 高角、砲軸角及び射角



ア.出行角(Gun Jump)

発砲の際の砲の振動により、発砲瞬時の弾道は、発射に備えた砲の仰角(射角)による弾道と差異を生じます。 これを 出行角(Gun Jump) と呼んでいます。

ただし、この出行角を理論的に解明することは現代においても極めて難しいことで、理論式や実験式などはありません。

旧海軍史料によると、常装薬では(−)、弱装薬では(+)方向に出る傾向があるとされていました。 また、1950年頃の米海軍では 3”/50cal 砲では11.4分、5”/54cal 砲では4.2分という実験データを使用していました。

勿論、この出行角は単発での発射の場合においてのみ言えることで、連射においては一定値を得ることが不可能です。 このため、速射砲を用いる最近では、出行角の修正を定量的には処理せず、弾着散布の標準偏差として処理する傾向にあります。

イ.砲軸角 (Superelevation)

今、仮に照準器と砲口の位置は極めて近いとすると、上図に示すように、空間上にある目標(T)に対する 目標線、即ち砲口(G)と目標を結ぶ線、は照準線(LOS、Line of Sight)と一致します。 そして、この線と水平線とのなす角度が 高角 です。

高角にある目標(T)に弾丸を命中させるためには、発射した弾丸が飛行中に受ける重力によって下偏する分、即ち弾丸降下量に応じた角度だけ砲口を上に向けなければなりません。  

この目標線に対する重力による弾道の湾曲による修正分(角度)を 砲軸角 と言います。 砲軸角は、当然のことながら目標(T)の位置が変わればそれに伴って変化します。

下図に示すように目標の距離を一定にすると、弾丸の飛行秒時は同じですので(厳密には同じではありませんが)弾丸降下量は等しいものの、高角が異なると砲軸角も変化します。

極めて概略的に言うならば、上図のように同一射距離においては砲軸角は高角の余弦(cosine)に比例します。

例えば、米海軍の Mk-14 照準器や GFCS Mk-56 射撃指揮装置などの簡略式の機構においては、これを使用して射撃計算をしています。

また、同じ高角でも距離が変化すると、それに対応する弾丸飛行秒時の変化によって弾丸降下量が異なってきまから、これによって砲軸角も変わってきます。

即ち、砲軸角は次のように、高角と距離で表される目標位置についての関数であると言えます。

以上のことから、 出行角は極めて小さいのでこれを無視して考えると 射角=砲仰角 ですから、これは次のように言うことが出来ます。

因みに、下に平射(高角=0°、即ち砲仰角=砲軸角)の場合について、5インチ/54口径砲と8インチ/55口径砲の例を示します。 高射の場合については、次項の弾道修正のところで例を示します。



(4) 弾道の不易性 (Rigidity of trajectory)

実際の射撃においては、空中弾道解法の際に仮定したような、目標と砲口とが同一の水平面上にあることはむしろ希です。

即ち、目標の高角が小さく、かつ砲軸角も小さい時には、照準線上の距離に等しい水平距離に対する砲軸角をもって、照準線上の目標を射撃しても良いことになります。 これを 弾道の不易性 と言います。

しかしながら、“みなす”とは言っても実際には誤差が生じるわけであり、射距離が大となるとこの誤差は無視できなくなるのは当然のことです。 下図に5インチ/38口径砲における例を示します。



2.定 偏 (Drift)

(1) 定偏の理論

定偏については、既に「射撃理論 超入門編」で述べたとおり、空気中を旋転運動しながら飛翔する弾丸は、その旋転力と空気抵抗によってもたらされる プレセッション効果ポアソン効果 及び マグナス効果 の3つの総合作用の結果として、射面から左右に偏することになります。

ア.プレセッション効果

ジャイロ(コマ)の原理によって弾丸は発射時の姿勢を保とうとするため、次第に弾軸が弾道切線に対して上向きにずれてくることにより、弾丸の空気抵抗の中心(抗心)は重心より前方(弾道切線に対して上側)に位置することになります。

このため、プレセッション効果により空気抵抗は旋転方向に90度回転した位置に作用する力となり、結果として弾軸は右旋転の場合は右に、左旋転の場合は左にずれるため、弾道はそれぞれ右又は左へ偏することになります。

このプレセッション効果は下の2つの効果よりも大きいため、定偏としての総合作用としてはこのプレセッション効果が最も大きく現れます



イ.ポアソン効果

同じく、次第に弾軸が弾道切線に対して上向きにずれてくることにより、空気抵抗が弾丸の前側面(下側)に働くので、弾丸の前側面と後側面とでは空気の圧力差が生じます。

このため、空気の摩擦抵抗は前側面で大きく、後側面で小さくなりますから、右(左)旋転の場合は右(左)に転がる力を得ることになり、弾道は右(左)へ偏することになります。

このポアソン効果のことを米海軍ではクッション効果(Cussion Effect)と呼んでいます。



ウ.マグナス効果

同じく、次第に弾軸が弾道切線に対して上向きにずれてくることにより、弾丸が右(左)旋転の場合は、弾丸の右(左)側面で空気密度が大となり、左(右)側面で小さくなります。

このため、密度の大きい方から小さい方へ力が働くため、弾道は右(左)旋転の場合は、左(右)へ偏することになります。



(2)定偏の実験式

定偏をもたらす3つの効果の影響を、理論的な数式で表すことは不可能に近いことです。 したがって、定偏は実射に基づいた実験式によって求めることになります。

これを要するに、極めて概略的に言うならば、距離が一定であれば、定偏は射角の余弦(Cosin)に比例すると言えます。

下図に一例として米海軍の5インチ/54口径砲及び8インチ/55口径砲の平射における定偏を示します。 高射の場合の定偏については、次項の弾道修正のところで例を示します。



3.弾道諸元の微差による砲外弾道の偏差

砲外弾道、即ち空中弾道に偏差をもたらす主な要素は次のとおりです。

   (1) 初速差
   (2) 空気密度
   (3) 気 温
   (4) 自艦運動
   (5) 風
   (6) 地球の自転
   (7) 地球表面の湾曲
   (8) 出行角
   (9) 砲口と弾着点との高さ

更に、初速については次の要素によって影響を受けます。

   (1) 弾丸(弾種) : 弾量、 弾形(係数)
   (2) 発射薬(装薬) : 薬種、 薬量、 薬温、 薬齢
   (3) 砲中摩耗度(砲齢)
   (4) 初弾低下効果(Cold Gun Effect)
   (5) 装填時の施条に対する導環の食い込み状況

これらの実際については、次項の『弾道修正』のところでご説明します。



(注) : 「砲外」「砲軸角」という用語の「砲」の字は、正しくは「月」偏に「唐」と書いて「とう」と読む文字ですが、常用漢字表にも常用フォントにもありませんので、全て「砲」で代用しています。



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最終更新 : 12/Sep/2007