始めに (艦砲射撃は何故“当たらない”か)

初心者の方が、砲術、あるいは艦砲射撃について研究を始めるに当たり、そのその第一歩足たる「超入門編」としてまず理解しておいていただきたいことは、タイトルにもあるとおり艦砲射撃は何故 “当たらないのか” ということです。

実際問題として、今日のような近代的なレーダーや射撃指揮装置が無かった時代において、一般的に考える昼間水上砲戦での命中率はどれぐらいだったのでしょうか? 

旧海軍では、太平洋戦争前の戦技(最高度の実射訓練)における成績は15〜9%位の命中率でした。 一般的に言われているのは、戦時においては平時の1/3〜1/6程度と言われていますが、私は1/5〜1/10程度が発揮できれば良い方であると考えています。

とすると、実戦で期待できるのは命中率5〜1%位です。 100発、即ち2連装砲塔x5基の艦なら10斉射撃ってやっと1〜5発の命中弾と言うことになります。 これで良い方なのです。 世界にその実力を誇った旧海軍においてさえ、それくらい “当たらない” ものなのです。

これは逆に言うと、艦砲射撃とはそのような 当たらないものを如何にしたら当たるようにすることができるか ということであり、実際問題として極めて “難しい” ものなのだということを言いたいのです。

その理由の詳細については、この後の射撃理論の「初級編」及び「上級編」で追々勉強していただくこととして、ここでは以下の項目について簡単にご説明して、艦砲射撃というものが持つ基本的な特質を理解することから始めていただきたいと思います。


真空弾道と大気中の弾道
大気の影響
ライフル(旋条)
陸上砲と艦載砲
射弾の散布と散布界



真空弾道と大気中の弾道

まずは真空中と大気中の弾道の問題ですが、これは皆さんよくご存じのことですし、別に艦砲射撃に特有というものではありませんが、やはり最初に述べておく必要があるでしょう。

真空中の弾道は、中学校の物理でも習われたと思いますが、いわゆる運動する物体に地球の重力のみが影響を与える場合で、その弾道(軌跡)はまさに「放物曲線」であり、簡単な2次方程式で現すことができます。

これに対して、現実には弾丸は大気中を飛翔するわけですから、当然に空気抵抗を受けることになります。

ここに簡単な一例を示しますと、

仰角40度、初速(砲口離脱時の速度) 2400 feet (約730m)/秒で弾丸を発射したとき、真空中では弾丸の形状、重量(質量)に関係なく、192,000 yards (約176km)を飛ぶことになります。

ところがこれが大気中になりますと、弾丸の形状、重量(質量)によって空気抵抗が異なってきますから、ごく一般的なタイプの弾丸で、16インチ(40糎)砲弾では 42,000 yards (約38km)、5インチ(12.7糎)砲弾では 17,000 yards (約15km)、1.1インチ(28粍)の機関砲弾では 7,000 yards (約6.4km)、そして口径30(caliber .30)の小火器弾に至ってはたったの 3,500 yards (約3250m) しか飛びません。

この空気抵抗がどのようなものになるかというと、大変複雑で、簡単な数式では現し得るようなものではありません。

現実問題としても、射表編纂に必要な2次元質点弾道計算においてさえ、その微分方程式の数学的完全解は求めることが出来ませんので、略近解法によらざるを得ないのです。


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大気の影響

前項で説明したように、空気抵抗が弾道に大きな影響を与えるのですが、大気の影響というのはこの空気抵抗だけに止まりません。 そして、大気の状態は一定でないということがこの問題を更に複雑にします。

大気状態は、気圧温度湿度 といった可変要素を有しています。 そして、これらは場所、高度、時刻などによって変化・変動します。

空気抵抗は、温度、湿度及び気圧によって決定される大気密度に関係します。 また、温度、湿度といった要素は、発射薬(装薬)の燃焼状況に影響しますので、これは弾丸の初速にも関係してきます。

更には、 という問題があります。 風によって弾丸は風下側に流され、基準弾道からその分だけずれることになります。 しかしこの風も、海面と上空では風向、風速が異なるのが通常です。

射程が長い場合や、対空射撃など高角が大きい場合には、この弾道に沿った風の変化の状況、即ち“弾道風”を把握することは無視できない問題となります。


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ライフル(旋条)

帆船時代の先込め式滑腔砲(Smooth Bore Gun)の球形砲弾は、射程を伸ばし、かつ威力を増大させるためには、砲の口径を大きくするしかありませんでしたが、やがてその努力にもある限界が生じ始めました。

そこで、砲の口径を大きくせずにこの問題をある程度解決するための方法として、弾丸の形状そのものを従来の球形から次第に細長く、流線型のものとすることによって、弾丸の空気抵抗を減らしかつ重量を大きくすることが考えられましたが、この形状の弾丸をそのまま滑腔砲で発射すると飛翔状態が不安定となります。

この形状の弾丸の飛翔状態を安定させるために考案されたのが、コマ(ジャイロ)の原理(Effect of Gyroscopic Stability)を応用して弾丸の長軸(弾軸)を中心として弾丸を旋転させることであり、砲の腔内にライフルを刻み、これによってその実現を図りました。 これが施条砲(Rifled Bore Gun)です。

今日「砲」と言えばほとんど全てがこの施条砲であり、滑腔砲を用いているのは実用砲としては極めて高い初速が要求される戦車砲ぐらいにしか見られなくなってしまいました。

しかしながら、この弾丸を旋転させるというのは弾丸の飛翔状態を安定させるための手段なのですが、これによって滑腔砲による非旋転の球形弾丸にはなかった別の問題が生じてしまいました。

即ち、弾丸を旋転させることにより、前述のようにコマ(ジャイロ)の原理によって弾丸は発射時(砲口離脱時)の姿勢を保持しようとしますが、このため弾道上を飛翔中に、次第に弾軸が弾道切線から上向きにずれてくることになります。

弾軸と弾道切線がずれるために、旋条によって与えられた弾丸の旋転力と空気抗力の作用によって、弾丸は射面から左又は右に偏することになります。 これを「定偏(Drift)効果」と言いますが、これは次の3つの効果の総合作用となります。

プレセッション(Precession)効果
ポアソン(Poisson)効果
マグナス(Magnus)効果

これらの総合的な定偏効果として現れるのは、プレセッション効果が最も大きく、他の2つはこれに比べて小さいので、結果的に弾丸は右旋転の場合は右に、左旋転の場合は左にずれることになります。


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陸上砲と艦載砲

陸上砲、これには戦車や自走砲なども含みますが、による射撃と、艦載砲による射撃の最も大きな違いは何でしょう?

そう、当たり前のことですが艦載砲は船に搭載されて“海の上に浮いている”ことです。 それでは海の上に浮いていることによって陸上砲の射撃と異なってくることは何でしょう?

まず一つは、常に“動揺”があると言うことです。 この動揺には、縦動揺(ピッチング)横動揺(ローリング)はもちろんですが、艦の上下動、及び横方向の振れ回りというものも含まれ、これらが合わさることによって実際には大変複雑な動きになります。

弾道というものは、水平面及び垂直面を基準として計算されます。 そしてこの計算された弾道で射撃をするためには、砲はそれに応じた方位及び高角を採らなければなりません。

しかし、実際に砲を動かすには、艦の甲板面(砲の据え付け面)を基準にした砲旋回角と砲仰角でしか操作できません。 そしてこの甲板面は動揺によって水平面に対してある方向にある角度を生じ、しかもそれは常に変化し続けます。

計算された正確な方位及び高角になるように、海の上に浮いている艦上の砲をこの変動する砲旋回角と砲仰角を合わせなければなりませんから、この問題は大変に厄介なものなのです。

もう一つは、射撃艦もそして目標も、常にある速度で“互いに運動している”と言うことです。 運動していると言うことは、射撃艦側からすれば目標の方位と距離が時々刻々と変化すると言うことで、これは必要とされる弾道に対応する砲の方位と高角が連続して変化するのみならず、“見越し”というものが必要となってきます。

見越し”というのは、目標の位置(方位と距離)を測定した時から、射撃計算をし、砲を向けて発射し、そしてその砲弾が弾着するまでの間に、互いの運動によって変化する射撃艦から見た目標の位置(方位と距離)の予測のことです。

もちろん、射撃艦や目標が全く停止していることもあり得ないわけではありませんし、また動かない陸上の目標に対する「陸上射撃」と言うものもありますが、これらは艦砲射撃としては極めて特殊なケースであることはお判りいただけると思います。

この“互いの運動”と、前記の“動揺”という2つの“常に変化する”問題を合わせて考えれば、艦砲射撃の複雑さの一端がご理解頂けると思います。

下にこの問題の概念図を示します。 詳しい説明は、この後の「初級編」及び「上級編」を見て頂くとして、取り敢えずは感覚的に理解して頂ければ結構です。

皆さん方の中には、「最近は戦車だって走りながら射撃をするよ」と言われる方があるかも知れません。 しかし考えて下さい、その場合の射距離はたかだか数百メートル、せいぜいのところが千〜2千メートル程度で、しかも移動目標を射撃するなどは希ではないですか?

艦砲射撃においては、射距離千〜2千メートルというのは日清戦争当時のことで、しかも当時の“砲術”と言うものは帆船時代とほとんど変わらず、射撃指揮装置も無ければ、“射法”と呼べるようなものすら無かった時代のことです。


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射弾の散布と散布界

これも大変複雑な話しですが、艦砲射撃においては切っても切れない問題です。

砲熕武器は、たった1門で、しかも全くの同一条件で発射したとしても、その射弾は全く同一の1点に弾着することは現実問題としてはあり得ません。

その原因としては、装填時の導環と施条との勘合具合、砲内弾道の微細な差異、砲身の振動の差異、砲口離脱時の砲弾の状態・姿勢の微細な差異、等々が複雑に合わさって生起すると考えられています。

この射弾の誤差は、弾着点における散布となって現れ、これを数値的な範囲として示すものが散布界です。

この単砲の射弾誤差の問題は、現代においても理論的に計算することは不可能で、射場での実射データによる統計的解析に依る他はありません。

これに加えて艦砲射撃においては、この単砲における散布に加えて、複数門による散布の問題が生じてきます。

即ち、仮に単砲の射弾誤差が無かったとしても、複数門搭載された艦砲をある目標に対して同一条件で一斉に発射したとしても、その射弾は1点に弾着することはあり得ませんし、また複数回斉射してもそれぞれの斉射弾は全くの同一パターンで全くの同一点に弾着することもあり得ません。

これも色々な原因が複雑に混ざり合って生じるもので、単砲の誤差と同じく、現代においても理論的に計算することは不可能で、実射による統計的データを得る以外には方法はありません。

例えば、各砲の微細な初速の差、各砲の微細な発砲秒時の差による動揺の影響、動揺や船の状態による船体のたわみからくる砲の据え付け面の傾斜の微細な差、等々です。

陸上砲の射撃の場合は、基本的には1門、1門あるいは1両、1両が全く独立して発射されるものでが、艦砲射撃の場合は1艦の搭載砲(主砲なら主砲、副砲なら副砲)を1つのシステムとして運用します。

そして、数千メートルから3万あるいは4万メートルといった距離にある敵艦に、砲弾を命中(直撃)させなければなりませんから、この射弾の誤差、これによる射弾の散布というものは、大変大きな問題なのです。


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 最終更新 : 04/Jan/2006