『カウンター!』 前編

 アパートへ帰ると、姉さんが酒を飲んでいた。また合鍵を使って部屋に忍び込んだらしい。
「ちょうどいいわヒロ。おつまみできる? なんか軽いヤツ」
「おかえりなさい」の一言さえもなく、姉さんは開口一番に仰られる。いい加減こういった事態に慣れ切ってしまっていた僕は、溜息を吐きながら冷蔵庫を開けた。
「茶漬けでいいだろ。んで、今日はどちら様とコンパだったの? いい男見つかった?」
「それよ。医者の卵をひとり頂けそうだったんだけど、なんか生っ白い不健康な顔してるから、早々にばっくれて来たのよね」
「……『早々に』って、もう十一時だぜ? それと、姉さんが『帰る』べき場所は隣町の独身寮であって僕の部屋ではない、でしょ」
 僕はどんぶり一杯の御飯に鮭茶漬けをばらまき、その上にキムチと「ごはんですよ」と生卵を乗せてから、大量の七味唐辛子で止めを刺す。見ただけで胸焼けしそうだ。
 僕がどんぶりを差し出すと、姉さんはらっぱ呑みしていたウォッカの瓶を置いて、
「すごいすごい、美味しそう」と、嬉しそうに笑った。
 二十世紀も終わろうというのに、まだボディコンなんていう過去の遺物を着ている僕の姉さんは、真っ赤なルージュの乗った唇を大きく開いて、ガツガツと茶漬けを貪った。どんぶりは瞬く間に空になる。姉さんは僕の知る限りでは最強の健啖家なのだ。
「寮の門限、とっくに過ぎちゃったから今日は泊まるわ……あたしはお風呂入るけど、覗いたりしたら許さないからね」
「今までに一度でも、そんなバカな真似した事あるかよ」
 飯粒のかけらもなく綺麗に食い尽くされたどんぶりを僕に突っ返すと、姉さんはユニットバスの方へ歩いていった。仲間内では「今世紀最後のイケイケ」と呼ばれているらしい姉さんは、何やら鼻歌を唄いながら、浴槽に湯を張り始める。
「あのさ、たまには彼氏の部屋で泊まれば? いつも言ってるじゃん、ほら『男なんて掃いて捨てるほど居る』とか」
「バカね。そんな事したら、相手をつけ上がらせるだけじゃない」
 姉さんは恋多き女として知られている。実際、姉さんは僕の部屋から電話を掛ける事がよくあるが、その相手は十中八九、男だ。それも一人や二人ではない。姉さんの同僚に聞いた噂では、言い寄る男を気紛れに選んではとっかえひっかえしているらしい。確かに姉さんは、振り回されるよりは振り回す側の人間だと思う。
 やがて姉さんは風呂から上がり、ベッドに向かった。僕も押入れから寝袋を取り出し、その中へ潜り込む。認めたくもない事実だけど、慣れ切ってしまった寝袋の寝心地は、意外と悪くなかった。

 明けて翌日。目覚ましのベルが僕を揺り起こした。
 そういえば、と僕は目を擦りながら思い出す。今朝は姉さんが居るんだった。早々に起こしておかないと、姉さんが会社に遅刻したとき、理不尽な報復を食らうのは僕だ。
 僕はベッドの側に立つと、布団や枕を四方八方へと好き勝手に蹴飛ばした姉さんの寝相に、しばし見入ってしまった。男の部屋に泊まらないのはこの寝相が原因かな、などと思いながら、僕は姉さんを揺り起こそうとする。すると、
「あれ? 何だろ、これ」
 姉さんの頭上に、数字のゼロ、つまり「0」が浮かんでいた。
「え、えええ、ええええええっ?」
 僕は姉さんの肩を掴んで無理矢理に引っ張り起こし、ベッド際の壁にもたれさせた。次いで自分の頬を捻ってみる。ぎう、ぎうう。しっかりと痛い。とすると、どうも寝ぼけているという訳ではなさそうだ。
 その数字は天使の輪みたいに、姉さんの頭上にふわふわと浮かんでいる。触れようとしても手応えがない。何だこれは。
 ひとり首を傾げていると、姉さんがようやく瞼を開いた。
「ふああ……おはよ、ヒロ」と、姉さんは大きなあくび交じりに、
「あれ、あんた何よそれ。その数字みたいなの」と言いやがった。
「そんな馬鹿なっ」と呻きながら、僕は棚から取り出したハンドミラーを覗き込む。鏡に映った僕の頭上には、数字の「6」が。眠気は瞬時に消し飛んだ。
「とにかく姉さんも鏡見てみなよ、ほら」
「いったい何なのよ……って、なななななな何よ、これは?」
 動揺してる動揺してる。僕は肩を落とし、首を振って見せた。姉さんは手渡されたハンドミラー(の中の自分)を呆然と眺めていたが、ふと思い出したように布団を蹴飛ばして立ち上がった。
「ニュースよニュース。きっと報道特集が組まれてるわよッ」
 心に受けた衝撃が大き過ぎたのだろうか、姉さんは突拍子もない思いつきを口走りながら14型の安物テレビに向かって駆け、獲物を捕食する肉食獣のような獰猛さでスイッチを押した。
「落ち着いてよ姉さん、テレビなんかつけたってさ」
「黙んなさい馬鹿ヒロ、ちょうどニュースの時間だわよっ」
 僕はでき得る限りの哀れみに満ちた視線で、姉さんを見やった。のだが、その憐憫の念も、テレビに映し出されたアナウンサーの姿を見て凍りついてしまった。それは奇妙な構図だった。画面フレームの上端が妙に低い位置へ、つまりアナウンサーの額辺りへ来ているのだ。まるで、アナウンサーの頭上にあるものを映すまいとでもするかのように。
「……本日未明、我々人類の頭上に突然現れた数字ですが、科学技術庁と米航空宇宙局NASAによって行われた共同調査の結果、この数字は本人が経験した性交の回数であると判明しました。では、次のニュースです……」
 僕と姉さんはテレビの前で凍りついたまま、金魚のようにぱくぱくと喘いだ。どうしようもなく信じ難い事態だ。ていうか6回? 誰と誰とどこでいつ。僕はそんなに恵まれてもいなかった自分の性生活を回顧し、そしてふと、
「え、あれ? だって姉さん、ゼロってそんな、えええぇッ!」
「うわあああああッ、今すぐ忘れなさいヒロッ!」
 姉さんは絶叫を放ち、いつの間にか手にしていたフライパンで僕の頭を一撃する。
 薄れゆく意識の中、僕は思った。
 ああ、生命保険入っとくんだったよ……。

「……ええ、ですから今日は……申し訳ありません……はい、弟がひどい高熱で……四十度以上も……」
 誰かの話し声で気が付くと、僕はベッドの上で寝かされていた。
 ああそうだ、と思い出す。姉さんのフライパンを食らったのだ。
 まだ抜け切らない鈍痛を堪えていると、姉さんがベッドの側にやって来た。どうやら会社にでも電話を掛けていたらしい。
「あ、気がついたのねヒロ。よかった、お姉ちゃん心配したのよ」
 ……待て、おい。
 声ならぬ声で抗議する僕に向かって、姉さんは首を振った。
「ごめんねヒロ、でも仕方なかったのよ。うん、仕方なかった……それでね、ヒロに協力して欲しい事があるの」
 あの一撃を「仕方なかった」の一言で済ませる気か。
「あのね、もう判っちゃったと思うけど、お姉ちゃん、実は……」
「……処女?」
「さらっと言うなぁ、さらっと!」
 僕は姉さんの顔をまじまじと見た。すると姉さんは頬を真赤に染め、まるで内気な少女のように顔を伏せてしまう。何だこれは。
「じゃあ今までつき合ってた男とは、全然何も?」
「うん。ま、まだキスした、だけなの」
「去年の夏に、テレクラでつかまえた男と3Pしたって話は?」
「あれは……嘘。本当はそんな電話、怖くて掛けた事ないもん」
「SM投稿雑誌に野外露出フィスト緊縛写真を送ったのは?」
「調子に乗るな馬鹿者ッ、誰がいつそんな事を言ったか!」
「痛い痛い痛い、ごめんなさいごめんなさい」
 冗談はさておいても、どうやら姉さんが処女であるというのは事実らしい。友人の前や会社での「遊んでいる女」のイメージは、例の服装やら素行やらに因る誤解なのだろう。と言うか、これは一種の情報操作計画と言ってもいいんではないだろうか。
 僕は呆れ果て、壊れたブリキ人形みたいに何度も首を振った。
「……どーすんのさ。一目でバレるだろ、その『数字』見りゃ」
 そうなのだ、もう姉さんに逃げ場はない。僕がそう告げると、
「あららぁ、どーにも察しが悪いわねヒロ。お姉ちゃんは『協力して欲しい』って言ったわよ」
 姉さんは唇の端を吊り上げて微笑んだ。たまらなく嫌な予感。
「こんな事でバレる訳にはいかないの。コンパでも飲み会でもヒロインなあたしが、実は処女でしたえへへ、なんて言えないでしょ? こうなったら最期の手段よ……ヒロ、お姉ちゃんと寝て」
「なんでそーなるんだよ姉さん!」
 姉さんの論旨は無茶苦茶だ。支離滅裂だ。僕は必死にベッドの上を這って、壁際まで後退する。
「お姉ちゃんとするのは、嫌?」
「駄目に決まってるだろっ、そもそもセックスするだけなら、街で男でも引っ掛けなよ。僕は血の繋がった弟なんだってば姉さん!」
 僕がそう絶叫すると、姉さんは不意に弱々しく声を震わせて、
「だって、いきなり知らない人とするなんて……初めてだから、少しでも知ってるひとに……その、貰って欲しいのよ」
「……姉さん」
 呆然とする僕の前で、姉さんはパジャマを脱ぎ捨て、ショーツ一枚の姿になった。形のいい乳房と腰のラインが、信じられないような白さで網膜に焼きつけられる。渇いた喉から喘ぎを漏らす僕に、姉さんはどこか懐かしい微笑を浮かべて、
「お願いヒロ……お姉ちゃんを、抱いて」
 そのままベッドの上へと座り込み、僕の手を握った。姉さんの掌は微かに震えていた。

「きっと、後悔するよ」
 言い訳がましい事を言いながら、僕は姉さんを抱きとめた。顔を見られるのが恥ずかしいのか、姉さんは背を向けたまま僕の胸板にもたれ掛かってくる。
「いいもん……後悔なんてしないもん」
 拗ねたように呟く姉さんの首筋に、僕は背後から唇を這わせた。すると姉さんはびくりと肌を震わせ、身体を縮み込ませてしまう。初々しいばかりの反応だった。普段の乱暴でがさつな姉さんの姿が嘘のようで、それで僕は、確かに興奮した。
「姉さん、すごく感じやすいんだ」
「ちが……びっくりしただけよっ」
 はいはい、と僕は苦笑し、改めて姉さんの胸へと手を伸ばした。背後から腋の下を通して差し入れた両手で、左右の乳房を掬い上げる。姉さんは何か言おうとしてすぐ口をつぐみ、次いで吐息のような喘ぎを漏らした。
 緊張した身体とは裏腹に、姉さんの乳房は驚くほど柔らかい。躊躇いがちな手付きで指を滑らせ、つんと上を向いた乳首を摘んだ。肩越しに目を向けると、乳頭は淡いピンク色に彩られていた。
 逡巡はすぐに消えた。僕は姉さんの乳首を摘まんで、その先端をくすぐるように撫でた。さほど間を置かず固くなった乳首をこね回しながら、僕は姉さんのうなじにキスをした。反応は実に過敏で、「ひゃん」という声をあげて、姉さんはまた身体を縮ませた。
「こ、こらヒロ……そんな事しなくても……あ、やあん」
 姉さんの文句などどこ吹く風とばかりに、僕はそのまま首筋へと舌を這わせた。以前つき合っていた(唯一の)彼女は、この辺りを舐められると変に感じていたようだけど。
 僕はひとまず乳首から手を放し、乳房全体を鷲掴みにした。
「ボディコンなんか着てるわりに、そんな大きくないよね」
「しっ、失礼な事言わないでって……あ、そんなに揉んだらっ」
 大きくはなくとも、姉さんの胸は形がよかった。身体の曲線からくっきりと浮き出た左右の乳房は、ぴんと勃った乳首ごと上を向いている。僕は根元の方から先端へ向けて、柔らかな乳房をやわやわと揉み立てていった。
「柔らかくて揉み心地がいいよ、姉さんのおっぱい」
「そんな風に言わないでったら……あっ、やあんっ」
 首筋へのキスと胸への愛撫。そのどちらに備えていいのか分からないまま、姉さんは変に幼い声で喘いだ。どうやら、他人によって愛撫されるという経験が本当にないらしい。
 声に甘いものが交じり始めたのを見計らって、僕は片方の手を胸から腹へと滑らせていった。すべすべとした肌の感触が心地いい。行きがけにへそも撫で回してやってから、僕の指先は茂みの中へと潜り込んでいく。姉さんは反射的に腰を引いた。
「ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が……」
「身体の準備はいいみたいだよ」
 僕は股間へと素早く指を進める。すると案の定、姉さんのそこはほころび始めていた。花びらを割って潜らせた指先には、しっとりと湿った粘膜の感触がある。
「ふあっ! そんなとこ……そんなとこっ」
「……ほらね」
 僕は姉さんの耳元に囁きかけると、その身体をぎゅっと抱き締めた。背後から包み込むような姿勢になった今や、姉さんに逃げ場はない。僕は首筋をついばみながら、本格的な愛撫を開始する。
「ああん、そんなの、そんなとこ……きもち、いいようっ」
「感じてるね。姉さんのおまんこ、びしょびしょだよ」
 耳元で囁かれた卑語を聞いて、姉さんの顔が真っ赤に染まる。
「……うん、いいのっ……ヒロの指、す、すごくいいのっ!」
 姉さんの性感は高まりつつある。僕は膝立ちになってから姉さんを抱きかかえて、ベッドの上へと寝かせた。上気した肌をさらした姉さんに覆い被さり、僕は姉さんの唇を奪った。
 姉さんは驚いたようだった。実の弟にキスをされるなんて信じられない、といった様子で目を見開いている。
「キス、されちゃった……」
 呆然とつぶやく姉さんの頬にもう一度唇を押し当て、そのまま首筋から胸へと舌を這わせていく。軽い弾力で舌を押し返してくる乳房をたっぷりと舐め回してじらせた後で、張り詰めた乳首を吸い立ててやると、姉さんは溜息のような喘ぎ声を漏らした。
「ちくび……ちくび、いいようっ」
 両手で左右の乳房を揉みしぼり、その先端で勃起した乳首を交互に舐め回す。そうしている間に、姉さんはすっかり潤ったようだ。僕は着ていたパジャマを脱ぎ捨て、姉さんの太股を抱え上げる。
「それじゃ……いくよ?」
 そう聞くと姉さんは唇を噛み、ちょっとした逡巡を見せた。が、それも束の間、姉さんは躊躇いがちに頷いて応える。
 僕は、自分でも呆れるほど固く勃起したペニスを姉さんの股間にあてがい、先走りに濡れた先端で花びらを掻き分けた。ぬらぬらとした感触に亀頭をくすぐられながら、やがて僕は姉さんの膣の入口を見つけ出した。先端を軽く押し当てながら、
「入れるよ。力、抜いて」
「うん……あんまり痛く、しないでね」
 僕は頷き、ゆっくりと腰を進めた。濡れた狭い穴の中へと、亀頭が潜り込んでいく。押し殺した姉さんの悲鳴とともに、内側の襞が弱々しく痙攣した。体重を乗せて処女膜の抵抗を押し破りながら、僕は姉さんを一番奥まで貫き通した。
 驚くほど窮屈な膣がペニスを締めつけると同時に、僕の背へと回された姉さんの指が、引きつるような動きを見せた。
「……痛いようヒロ、痛いようっ」
 破瓜の痛みにぼろぼろと涙をこぼしながら、姉さんは必死に訴えかけてくる。少しでも気を紛らわせればと思い、僕はまた姉さんの唇にキスをした。そのまま唇を割って舌を潜りこませると、姉さんも必死に舌を絡み合わせてくる。
「んんうッ、ん、んう……んんッ!」
 慣れないフレンチ・キスで姉さんの悲鳴を噛み砕きながら、僕は抽送を続けた。狭い膣の入口は突き込むたびに痛々しく引き伸ばされ、また腰を引き戻すとペニスに真新しい血の痕がまとわりつく。
 僕はひどい事をしてる。
 そう思った。つき合っていた彼女は初めてではなかったので、僕はこの姉さんとのセックスが、ひどく痛々しいものに思えた。
「……もう止めよう、姉さん。俺、もう見てられないよ」
 僕は絡めた唇をほどくと、必死に痛みを堪える姉さんに告げる。
 すると、飛んできたのは、恐ろしく痛烈なビンタだった。
「それ、お姉ちゃんを気遣って言ってるつもりなの? だとしたら思い違いもいいとこよヒロ……こんな痛いだけのままで、あたしの『初めて』を台無しにするつもり?」
 僕は呆然と、張られて赤くなった頬に手をやった。
「ほんとにあたしの事を考えてくれてるんなら、どんな方法ででもあたしを悦ばせてみてよ。あたしがこの程度の痛さで根を上げるとでも思ってるの? お姉ちゃんをナメてもらっちゃ困るわ」
 少しだけ辛そうな顔で、でも姉さんは笑った。そのおかげで、僕は自分がどうすればいいのかを思い出す事ができた。
 もう一度キスをして、姉さんを抱き締め、抽送を再開する。

 それから僕らは、何度も何度も、繰り返しセックスした。

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