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No.3276
2012年11月20日(火)放送
広がる“派遣教師” 教育現場で何が

高校で英語を教えるこの女性。
実は人材派遣会社から来た派遣教師です。
今、教育の現場に派遣が広がっています。
都内にある人材派遣会社には私立高校からの依頼が急増。

「英語ですね。」

「即日でよろしいですか?」

急な欠員が出ても科目を問わず即座に対応してくれる派遣教師のニーズが高まっているのです。
一方で、経営難から派遣教師を使ってコスト削減を図る高校も出てきています。

採用担当の教師
「生徒の数が減って、人件費を抑えておくのはかなり重要な要素。
(派遣教師は)1つの“調整弁”ですね。」

ある高校のクラスでは授業の半数以上を1年契約の派遣教師が担当。
生徒を継続して指導できない状況に懸念の声も上がっています。

私立高校の教師
「学力を伸ばすことできないというのが率直な意見。」

広がる派遣教師。
その実態と教育への影響を検証します。

なぜ広がる “派遣教師”

人材派遣会社が都内で開いた説明会。
集まったのは教師を目指す大学生や20代の若者たちです。

人材派遣会社
「まだ登録されていない方は、この場に残っていただいて登録していただければと。」

少子化の影響で狭き門になっている教師の採用。
正規の教師になれない若者が派遣会社に登録するケースが増えているのです。
派遣教師はどのように働いているのか。
都内にある私立の女子高です。

「おはようございます。」

毎朝8時20分に行われる朝の職員会議。

「世間ではいじめの問題いろんな部分で…。」

出席しているのは正社員に当たる専任教師たちです。

その向かいにある第二職員室。
派遣や非常勤といった非正規の教師たちの部屋です。
契約に入っていない職員会議には出席する必要はありません。



この学校の英語の派遣教師、松村由希子さんです。
3年前に派遣会社に登録しました。
この日の授業は4時間目からです。

「He told me one important lesson.」

学校側と派遣会社は授業1時間当たりいくらというコマ契約を結んでいます。
一般的に派遣教師は1コマ2000円から3000円の間で契約しています。
松村さんの契約は授業だけです。
クラス担任や生徒指導などは含まれていません。
契約は1年ごとの更新です。

派遣教師 松村由希子さん
「派遣会社に登録をしたのは、キャリアを積む上での1つのステップとして利用させていただいて。
将来的には直接雇用で働くことを希望します。」


この学校が派遣教師を頼むのは急な欠員が出た場合です。
これまでは自前で面接や試験などをして採用していましたが、時間と手間がかかりました。
即座に対応してくれる派遣会社は欠かせない存在だといいます。

八雲学園 近藤彰郎校長
「なかなか短期間で私たちが望む先生が見つからない現実があります。
採用を困っていた学校にとって、ある意味救いの部分もあった。」

一方、経営難で派遣教師に頼らざるをえない私立高校もあります。
首都圏の高校で採用を担当している教師です。

「生徒がずっと減ってきて、定数の分、生徒が集まらないとか。
人件費を抑えておくというところはかなり重要な要素。」

さらに派遣教師のほうが雇用を調整しやすく、経営にとってメリットがあるといいます。

「直接契約の先生は生徒や保護者とのつながりも出ますし、経営の都合だけではなかなか切れない。
そういう意味では派遣の先生とは、契約関係は派遣会社での関係なので、言葉は悪いですけど、1つの“調整弁”ですね。」


さまざまな事情でニーズが高まる派遣教師。
今、専門の派遣会社も次々と出てきています。

「お電話ありがとうございます。」

「英語ですね。
来週早々に(派遣教師を)お連れできると思いますので。」

「週3日で大体12コマぐらいでしょうか?」

学校からの依頼は増え続け、現在、首都圏の51校に合わせて117人を派遣しています。
若者だけでなく退職した教師、主婦など、教員免許を持った登録者はおよそ9000人に上っています。
会社では、各学校が教師の態勢を決める新年度に向け、営業を強化しています。

「先生、こんにちは。
お世話になります。」

進学実績を伸ばし始めた学校も訪ね、派遣教師のニーズを探ります。

「具体的に(派遣教師が)出そうな科目は?」

私立高校 副校長
「いつも多いのは国語と数学。」

「教員経験でいうと何年ぐらいはあった方が望ましい?」

私立高校 副校長
「3年ぐらいはあった方が望ましい。
その時の学年と教科によって。」

教師を派遣したあとも学校から寄せられる要望に日々対応しています。

「授業がままならない先生もいらっしゃるので、そこに対して授業見学を含めてメンテナンスをお願いしたいと。」

社長
「何が足りないのか、整理してあげてください。
生徒とコミュニケーションできないことでクラスがざわついてダメという話と、教務力が足りなくて、できる連中(生徒)が言うことを聞かなくなっているのか。」

この会社では派遣教師の役割は今後、ますます重要になると考えています。

人材派遣会社 富永光太郎社長
「全員専任(教師)をとるというのは、学校にとってはかなりのリスク。
学校の役に立てればと思っています。
そこにはまだ大きなマーケットがあると思っています。」

広がる“派遣教師” 教育現場で何が
ゲスト矢島豊記者(社会部)

(派遣教師の利用はどれほど広がっているか?)実は、その詳しい実態はよく分かっていないんです。
というのも、多くの学校では、派遣教師の存在を保護者や生徒に知らせていないんです。
また、文部科学省も私立学校の自主性を尊重するとして調査をしていないんです。
ただ、私どもが取材したところ、教師の派遣会社は都内に5社出来ていました。
このうち1社だけでも100人を超える教師を派遣していました。
これは3年前の5倍の数字です。
ここ数年で急速に広がってきていることをうかがわせます。

●派遣教師の活用 理由は人件費削減か

理由はそれだけではないんです。
病気や出産など、急な欠員が出てきたときに対応するためもあります。
また、高校ではパソコンを使った情報など、授業内容が多様化していまして、それに対応するため、さまざまな科目の登録者がいる派遣会社を利用するケースもあります。

一方で、経営難から人件費を削減するといった理由もあります。
私立高校の生徒は、少子化のため、平成に入って60万人ほど減少していますが、学校の数はほぼ横ばいです。
このため、入学者が定員を下回る高校も増えていて、経営が厳しくなっているんです。

●ここにきて派遣教師が広がったわけは

非常勤の教師は学校側が直接雇用しているために、契約を打ち切りにくいという実情があります。
一方、派遣教師は、雇用先が派遣会社ですので、契約を解消しやすいという側面があります。
さらに給与面でも、非常勤の教師よりも5%から10%低くなっているんです。

●教育の質がおろそかになりつつあるのでは

確かにそうかもしれませんね。
ただ、私立高校の中には教師1人を募集したところ、100人を超える応募者が殺到したという学校もあります。
採用には大きな労力がかかって、派遣会社に頼ってしまうという学校もありました。
ただ派遣の場合、学校側が事前に面接できないことになっています。
このため、求めていた教師とは違うタイプの人が派遣され、校風に合わないといったケースも出てきているんです。

広がる“派遣教師” 教育への影響は

数学の派遣教師をしている20代の男性です。
月収は手取りで17万円。
専任教師の半分以下です。
最近、この男性は、専任教師から思わぬことを告げられました。
この学校では派遣で3年、非常勤など学校との非正規契約でさらに6年、そこまで勤め上げなければ専任教師になるチャンスはないというのです。

「今から約10年ほど頑張るのは、さすがに厳しいかなと。
安定した職にならない限り、不安があるので授業に集中できない部分はあります。」

長く派遣教師の立場にいることが教える意欲の低下につながるという声もあります。
30代の国語の教師です。

「今日は3コマですね。
11時ぐらいから3時半まで。」

最も大きな原因は契約で、授業以外生徒と深く関われないことだといいます。

「契約にしばられて、思うように生徒に接することができない。
それはすごく苦しいですね。
長い目で見たときのモチベーションが変わってきてしまう気がします。」

これはNHKが独自に入手したある私立高校の授業の状況を示した資料です。
横がクラス、縦が曜日と時間です。
教師の雇用形態によって色分けされています。
赤が派遣、黄色が非常勤そして白が専任教師です。

1つの学年に3つあるこのクラスは難関大学を目指す特進クラス。
専任教師による授業で固められています。



一方、それ以外は一般クラス。
派遣や非常勤など1年契約の教師の授業が大半を占めています。
中には派遣教師の授業が半分近くを占めるクラスもあります。
今の状況をどう見ているのか、この学校の専任教師から話を聞きました。

私立高校の専任教師
「今、私学は生き残りで、進学率を上げることが一番大きい目標になっていて、特進(クラス)は3年間かけてほぼ同じ教員が面倒をみる。
一般のコースの生徒達は、先生が来年いらっしゃるかどうかわからない。
1年やってあの先生の授業の教え方に慣れた、でも翌年は違う先生の教え方だとわからなくなっちゃった。
これでは一般のクラスの子たちは学力を伸ばすことができない。」

こうした状況に一般クラスの生徒たちは敏感になり始めているといいます。

私立高校の専任教師
「差別(されている)意識もやっぱりすごく強くて、生徒たちは。
『どうせ俺たちは一般クラスだからでしょ』という言い方をする生徒もいます。
こういう子たちだからこそ、『俺、中学時代よりちょっと勉強できるようになった』とか『俺たちのことを真剣に思ってくれる先生がいた』とか、そういう喜びを教えていくことが実はものすごく大事だと思っている。」

“派遣教師” 教育現場の模索

教師を派遣に頼る現実とどう向き合っていくのか。
今、模索している高校があります。
この高校では10年前経営の厳しさから派遣や非常勤の教師が全体の3割近くに上っていました。
その結果、放課後、生徒が質問に来ても先生がいないというケースが相次ぎました。
次第に生徒から授業の内容が理解できないと声が上がり始め、大学への進学実績も落ちていきました。
危機感を抱いた学校側が取った対策は専任教師を再び増やすことでした。
今では派遣と非常勤の教師は1割にまで減らしました。

狭山ヶ丘高校 伊東義弘教頭
「正直、人件費はかかるのですが、専任の先生を多くして生徒がいつ来ても質問に答えられる態勢を築いて行こうと。
それが生徒の進路や夢実現のためにかなえられる方法ではないか。」

さらに、これまで授業だけを頼んでいた派遣教師ともより連携を強めることにしました。
各教科の専任教師が集まり、教育方針を共有する教科会に派遣教師にも参加してもらうことにしたのです。
授業以外のこの教科会にも1コマ分の契約を結び、給料を支払っています。

「やらせないと受験と、あとその先ですよね。」

こうした対策などによって進学実績も回復したといいます。

派遣教師
「授業だけで帰るとなると、自分の見ている生徒だけになるが、学校として、学校全体でできることはないかと聞いていただけるので。
いろいろなコミュニケーションができるのはすごくありがたい。」

“派遣教師” 教育への影響は
ゲスト尾木直樹さん(法政大学教授)

(派遣教師の割合の差について)これは本当にちょっとショック受けましたけれども、やっぱり特進クラスのほうを重視しておられるほうは、専任の先生というのは、それだけ教育効果が上がるということがはっきりしてるからなわけですよね。
だけれども、一般クラスの子は非常勤の先生とか、派遣の先生がいっぱい持たれてるわけですよね。
そしたら本当はそれはVTRの中に出てきましたけれども、コミュニケーションが取れないし、それから放課後教えてあげたり、いろんなケアができないわけですよね。
そうしたら、本当に学習意欲があっても伸ばしていくことができない。
それから先生方も、例えば特進クラスだったらば、ちょっとあの子、今、きつく怒ったからね、俺の英語の授業で、じゃあ、国語の尾木先生、ケアしといてねとか言ってくれるでしょ。
そういうのが分かって、次、授業行って、大丈夫かなと思って見るのと、意味が分かんなくて、なんであの子はプンプンしてんだろう、嫌な感じと思ってね、授業やるのと、全然授業効果が違うわけですよね。
で、先生、今日は優しい、俺がこんなに荒れているのに受け止めてくれていると思ったら、うれしいから、勉強するようになるわけでしょう。
そうしたら学力も上がりますよね。
だから本当にちょっとしたところで、教育っていうのは、本当に正直に成果が10年ぐらいたつと出てくるんですよね。

●教師の技量育成 そのうえでの派遣教師とは

VTRの先生方、ものすごい頑張っておられると思って、偉いなと思ったんですよね。
ただ一般論で言うと、例えば専任で入って、いろんなうまく叱り方がいかなかったとか、そういうときにこうやって来て、尾木先生、叱るといいんだよとかね、褒め方、こうなんだよとかね、宿題忘れたときにはこういうふうにしてやるといいよと、いろんな空き時間に、教えてくれるんですよ。
だから、職員室っていうのは、ある意味で研修の場でもあるんですよね。
そういう交流ができないと、頑張っておられるから、すばらしいんですけど、効率が悪いなという感じは受けましたよね。
だから、それはやっぱり若い先生はもっと大事にしてあげてほしいと。
そういう環境に恵まれるようになったほうが、はるかにそれはいいかなと思いますよね。

●学校側に求められることは

やっぱりね、1つはね、経営優先になってはいけないと思うんですよ。
厳しさは僕もすごく分かりますけど、だからやっぱり、派遣の先生どれぐらい雇ってるのかということをオープンにすると。
でも、その中でも、例えばすてきな学校ありましたよね、教科会議だとか、他の会議に出るのも、ちゃんと給料として支払ってるっていう、そういう契約結んでおられる学校もあるわけですよね。
そういうなのは、そういうところにも参加してもらってますから、ちゃんと派遣の先生方も力つけていって、大丈夫ですよっていうふうに言えるようにしてあげるということが僕、すごく大事で、だから情報の公開性、透明性。
(生徒も親たちも)分からないまま。
あれ?こんなはずじゃなかったというのは、やっぱりこれはよくないと思うんです。
だからそこはオープンにするということが1つ大事だと思うんですよね。
それから、もう1つの問題で言えば、例えば正規の先生になるのに10年先なんて、これはね、やっぱり目標が遠すぎてきついと思います。
だから3年であればね、3年やって、過不足なくちゃんとやれたら、専任にしますよと、100%じゃないけど、可能性が非常に高いというふうな希望を、僕ね、与えてほしいなということを1つ思いますね。
それからもう1つ、1つの学校の中での、学校にあったように20%以下にしたら成果が上がり始めたっていうように、4割も5割もというのはあんまりですから、そうじゃなくて、例えばせいぜい15%までとかね、やっぱり大きなガイドラインというか、枠を決めたほうがいいかなというふうに思います。

●どう向き合う 広がる“派遣教師”

全くルールがないわけじゃなくて、基本的に私学っていうのは文科省は、監督責任というか、入っていけないようになってますから、私学から損失が出れば、援助しますけれども、そういう関係になってますから、それは監督してませんから、ルールはありません。
そういう(非正規教師に頼らざるをえなくなっている)状況そのものは分かるんですけど、やっぱり私学も、子どもたちにとっては、公立も皆同じ学びの場ですから、そこを私学だけの責任にしないで、これはやっぱり政府や行政も、私学を応援してあげてほしいと思いますね。

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