2012年11月20日
フランスの閣僚評議会に11月7日、「すべての国民の結婚と養子縁組にかんする法案」が提出された。オランド大統領の31番目の公約で、今までパクス法という連帯民事契約を結ぶことしかできなかった同性カップルを対象に、同性間の結婚、そして、結婚した同性カップルによる孤児、あるいはパートナーの実子を養子縁組みすることを可能にするものである。
戸籍から「父」、「母」という欄が消え、そのかわり、「両親」と表記されることが提案されている。公約が発表された当時は、レズビアンカップルの人工授精による出産許可も含まれていたが、今回の法案では言及されていない。10月末に行われたフランス世論調査局Ifopの統計によれば、65%の国民が同性婚に賛成しているが、養子縁組に賛成しているのは52%である。
性的に解放されている国というイメージが強いフランスだが、1981年まで、警察にはホモセクシャルのブラックリストがあり、ある種の精神の「病」とみなされていた。2002年から多少の進歩が見られるようになり、ホモセクシャルの人々にたいする侮辱や雇用に際する差別は法律で禁じられるようになった。そして今、彼らは皆と同じように、一市民として「結婚する権利」を求めている。
だが、反対の声も依然として強い。もっとも強硬な反対派はカトリック教会である。実際に日曜日ごとに教会に通うのはごく少数、国民の約4%だが、信者、あるいはキリスト教徒としての教育を受けたと自認する国民は60%から65%を占める。フランスのカトリック教会の最高責任者であるヴァントロワ大司教は、「同性カップルの結婚を認めることは、男女間の違いを否定する大きな欺瞞である。社会の土台である家族体系を根底から揺り動かし、同性カップルを親にもった子どもたちは、学校で差別の対象になりかねない」と発言し、各信者に国会議員に反対表明の手紙を送りつけることを呼びかけた。
リヨン市大司教バルバラン枢機卿は、「『愛し合っているから』という理由だけで同性間の結婚が認められるならば、多重結婚、近親相姦も可能ということになりかねない」という過激な意見を述べ、大きな反響を巻き起こした。
そもそもヨーロッパの歴史において、結婚は、部族間での戦争の回避や後継者づくり、土地の継承などに主眼が置かれており、「恋愛」とはほど遠い政略的な制度であった。また、西欧では紀元前2世紀、古代ローマ時代に表面的な一夫一婦制が芽生えるようになったものの、多くの人々は一夫多妻であった。
このような混沌とした家族形態に、厳格な一夫一婦制をもたらしたのはキリスト教である。12世紀になると、結婚は、秘跡と呼ばれる神からの恵みの一種として、神父から授けられるようになった。新約聖書のなかの「コリント人への手紙」の7章37節には「結婚は処女性に劣る」と書かれていることからもわかるように、キリスト教での理想は禁欲であり、結婚には、「肉欲に溺れるよりは結婚するほうがまし」という意味合いがある。
性交は汚らわしいことであり、キリスト教徒の子孫を増やすという理由でのみ、かろうじて許されることでしかなかった。そのため、子孫を作ることが目的ではない同性間での結婚は、教会にとっては許し難いことなのである。
また、教会内ではこのところ毎日曜日のように、「同性間カップルによる養子縁組によって、子どもたちが大人の愛玩品と化さないように」という祈りが捧げられている。このような論理の裏にも、養子縁組を望む同性カップルには必ず不純な動機があるはずだ、という根強い偏見がひそんではいないだろうか。
さらに、異性カップルによる養子縁組は、すべて真摯な望みから生まれるものであると言い切れるだろうか。異性カップルで正式に結婚している親が実の子どもを虐待するようなケースすら、山ほどあるように思えるのだが……。カトリック教会関係者は同性愛に対する反感を公的に表面化することはないものの、バルバラン枢機卿の発言は、教会は同性愛をいまだにタブー視していることを如実に物語っている。
保守派からは、宗教的な観点とは別の反対意見が聞こえてくる。なかでも多いのは、孤児というデリケートな立場にある子どもたちがホモセクシャルの両親をもつことは、子どもにとって負担がかかりすぎる、というものだ。学校でいじめられる原因となることも懸念されている。また、戸籍から「父」、「母」という欄が消え、「両親」に取って代わられることに違和感を覚える人も多いようだ。些細なことのようだが、このような新しい表現によって、「男性である父親」、「女性である母親」の役割が無性化し、「両親1」「両親2」となってしまうことを懸念する人々もいるのだ。
サルペトリエール病院勤務の精神分析家で、家族問題を専門とするキャロリン・トンプソン氏によれば、たとえ同性カップルに育てられた子供でも、どちらが母的であるか、あるいは父的であるかを自然に感知するため、「両親が無性化」することはないだろうと言っている。また、ホモセクシャルの養子に対するいじめへの懸念についても、「ここ20年以上、実親とその同性パートナーに育てられる子どもたちは年々増えている。子どもの世界ではもはや珍しいことではなく、特にいじめの対象にはなりにくい」と答えている。
人口調査局INEDの調べでは、現在、同性カップルは全体の1%、15万カップル。そして、同性カップルに育てられる子どもの数は2万4千人から4万人。精神分析家のセルジュ・エフェは「ここ1世紀、家族形態はいくつもの再構成を経て来た。いまや異性カップルに育てられることが社会的な基準ではなくなってきている。同性カップルに育てられる子どもたちはすでに実在するのだから、彼らが安定した家庭生活を送り、異性カップルの子どもたちと同様に法的に保護されることは緊急の課題」と言っている。
結婚は「制度」であり、法的限度を示すものではあるが、ときには人々の生き方や意識の変化に合わせて進歩していくべきではないだろうか。
国立人口研究所Inedの調査によれば、1965年、結婚していないカップルから生まれた子どもは全体の5.9%だったが、2011年には55%に上昇している。特別な理由がない限り結婚しないカップルのほうが多く、30年家族生活を共に営んだ後に、年金対策として結婚する人もいる。また、結婚したカップルの3分の1から2分の1は離婚するため、子どもたちにとって、実親の新しいパートナーに育てられることも一般的になってきている。お父さんの新しい恋人は男の人だった、あるいは、あそこのおうちにはお母さんがふたりいるというような話すら珍しくない。
養育を受ける権利から遺産相続において、婚内子と婚外子が法的に平等となった2005年を境目に、結婚が家族の土台である時代は終わった。家族形態はそれぞれが自由に定義するものになった。結婚は今や、同性婚、異性婚を問わず、“カップルの関係を強化する制度”に変化しつつあるのではないだろうか。
慶応大学文学部哲学科美学美術史学科卒。ギャラリー勤務、展覧会企画、パリ・ポンピドゥーセンターで開催された『前衛の日本展』の日本側準備スタッフを経験後、1988年に渡仏。美術書翻訳、音楽祭コーディネーター業、在仏日本人向けコミュニティー誌「Bisou」の編集スタッフを経て、フリーライターとして活動している。歴史・文化背景を正確にふまえたうえでの執筆がモットー。