一音 一音
曇りの無い快晴の空がこんなにも憎いと思ったのは、初めてのことだった。 <一音 一音> 「空って、綺麗だなぁ」 唐突に、しかも呆けたように緩く微笑みながらルークが放った一言は、しばし周りの空気を凍結させた。 「る、ルーク!?熱でもあるのかっ!?」 「ど、どうしよう、ルークが頭おかしくなっちゃった!?」 「おっ、落ち着きなさいアニス!今わたくしがヒールを……!」 我に返った者から、続々と騒いでは少年の正気を疑った。 治癒術の緑色の光が赤毛目掛けて舞い踊る中、騒ぎの中心は憤慨した様子で怒鳴った。 「何だよ、俺が空綺麗だって思うことがそんなに変かよ?」 「「「変(だ・だよ・ですわ)!!!」」」 「う……」 一斉にそう断言されては、流石のルークも押し黙るしかなかった。 「大体、何でいきなりそう思ったんだ?」 元使用人に苦笑交じりで訊ねられると、短くなったのも見慣れてきた朱い髪をぴょこんと揺らして、 ルークは気まずそうに答えた。 「だって、本当にそう思ったんだよ。雲が変な形してたりするのを探すのも楽しいし、 譜石帯がたまにキラって光ったりするのも見てて飽きないしさ。 何より晴れた時の空のどこまでも続く青さがすっげぇ綺麗……っておいガイ、なに手で熱測ってんだよ!」 「いや、使用人時代の癖で反射的に」 「……なぁ。俺ってさ、そんなにそういうこと思わねぇ奴だったっけ?」 「そりゃあ……何しろ我が侭お坊ちゃんだったし」 う……、と呻きつつ、ルークはこの場で唯一の良心であるティアに縋るような視線を向ける。 だが。 「あら。ありがとうも言えない人だったんだから、そう思われても 当 然 じゃないかしら」 何故かいつも以上に鋭い極寒の眼差しで彼女はルークに告げた。 その妙に棘々とした雰囲気に、戸惑いがちにルークが彼女の名前を呼ぼうとした時、 「さ、皆さん。昼食の準備が出来ましたよ」 そこへ食事当番だったジェイドが絶妙のタイミングで仲間へ声を掛けた。 「ですって。みんな、行きましょう」 ティアの一声によって仲間はぞろぞろとジェイドの元へ集まりだしたが、 タイミングを失ったルークは一人首を傾げながらそれに従った。 「あいつ、何怒ってんだろ……?」 「……ジェイド、何だよこれは」 「見て分かりませんか?」 色取り取りに並べられた食卓を見て、ルークが呻くように呟く。 「分かるから言ってんだけど」 「じゃあさっさと食べて下さいv」 「食えるかッ!!」 即席で作ったテーブルの上に並んでいるのは、ニンジンとキノコのソテー、イケテナイチキンのミルク煮、 サーモンの巻き寿司と、まさにルークの嫌いな食材を使った料理のフルコースだった。 「生憎と、今使える食材はすべてこの料理につぎ込んでしまいました。 どうです、この機会に好き嫌いもそろそろ克服しては?食材が勿体無い、とアニスも常々嘆いていますし。 それとも私の作った料理は食べられないと?」 つらつらと流れるように文句を並びたてられたが、ルークはなけなしの勇気を振り絞って僅かながらの抵抗を試みる。 「そ、そういう訳じゃないけど……だからって、何で今なんだ?」 「私が作りたかったからですが、それが何か?」 「……いや、何でもないです……」 ジェイドはにっこりと完璧な笑顔(それこそ一度も嘘を吐いたことの無いような、極上の)で死刑宣告を告げ、 今度こそルークは観念するしかなかった。 「…………」 ルークはごくり、と喉を鳴らしながらフォークに刺したニンジンをしばし凝視。 なかなか覚悟を決められないようだった。 「ほ、ほらルーク。それはニンジンじゃなくて別のものって考えれば良いんじゃないか?」 「……、別のものって?」 だんだん涙目になってきたルークを見かねて、ガイが使用人根性を発揮してさり気なくアドバイスしてみる。 「そうだなぁ……。例えば、オレンジ味のキャンディーとか?」 「キャンディーがソテーされてる訳ねーじゃん。むしろそっちの方が不味そうだし」 「……ま、まぁな」 助言はどうも逆効果だったらしい。 そんなこんなで、結局ガイに手伝ってもらいながら、何とかルークはフルコースを完食した。 そして、食事の後の小休憩。 「大佐」 「おや、ティア。どうかしましたか」 6人分の後片付けをしていたジェイドに、髪の長いシルエットが近づいて来た。 振り返らずとも気配で誰か判別は出来たが、常識的な礼儀を重んじる彼としては、作業の手を止めぬまま 少女の方に視線を向けた。 「失礼ですが……、聞こえていらっしゃったんですか?」 主語の無い問い掛け。だが何を、と問う必要は無い。 少し考えれば容易に解ることだ。 「あぁ、なるほど。あなたはご存知だったんですね」 何故少女が知っているかについては、特別深く考えることはしなかった。 どうせまた、あの少年が何か勘付かれるようなことをしてしまったのだろう。 少女はそういうことに聡く、少年はとにかく嘘が下手だ。 この少女にだけは知られたくなかっただろうに、と少年を少しだけ不憫に思う。 「……まぁ、我ながら少し、大人気無いとは思いましたがね」 言いながら、微かに苦笑。 「いえ。私も……正直、憎らしいと思いましたから」 お互い様です、と少女はふと、親の敵でも見るような鋭い目で空を睨みつける。 憎らしい、というのは何も赤毛の少年のことを指しているのではない。 空が。ひいては、世界が。ということなのだろう。 ジェイドはようやく後ろを振り返り、青空の下で燃える焔をぼんやりと見つめる。 夕日を溶かしたようなそれが、少しずつ蒼穹に侵食されていくような、そんな光景を眼鏡の奥に見た気がした。 当然、錯覚だ。 しかし心理的な事象を考慮するならば、あながち幻想でもないだろう。 盛大に舌打ちしたくなる衝動を、曲がってもいない眼鏡の位置を直すことで無理矢理心中に押さえ込む。 ほんの数日前までは瘴気の毒々しい色が覆っていた空が、今では曇り一つ無い快晴、だ。 それは死神なのだと知っているのにも関わらず、それでも少年は綺麗だと微笑う。 今まで素直に生きてこなかった分を急速に取り戻そうとするかのように、ただ真っ直ぐ。ひた向きなまでに。 例えようも無く、それが忌々しい────そしてその度、己の無力さを思い知るのだ。 こんなにも世界を愛する少年は────それ故、愛した世界によって殺される。 End. ●あとがき● はい、大佐とティアが7歳児に八つ当たりをする話でした(笑) 少々書き方の趣向を変えてみたのですが、いかがだったでしょうか? ちなみにこれ、ホントは10000HIT記念にしようとしてたんですが、 こんな暗いものを記念にもってくるのはやっぱりマズイかなー……と思いまして(苦笑) 急きょあのコントに差し替えをした訳です。。 それでは、読んで下さってありがとうございました! |
コメント(12)
ティアとジェイドもいいですね〜!まあ楓さんが書けばどんな小説でも面白く感じるかも・・・
2007/1/30(火) 午後 7:13 [ あさぎ ]
ホント楓さんの小説は感動的です!!すごすぎてもう何も言えません;;
2007/1/30(火) 午後 7:22
大佐がツンデレですね(え)。大佐のルークへの想いが伝わってくるようです。ティアも大佐もルークに帰ってきてほしいから・・・・・・うっ(涙)
2007/1/31(水) 午後 2:52 [ whi*e*mag*olia0* ]
cloさん>気に入ってもらえて良かったです(≧ヮ≦) いやいや、そんなことは……/// まぁ、最低限自分が面白くないと思うようなものは出しませんが。。
2007/1/31(水) 午後 3:12
まなさん>ありがとうございます♪何かを感じて頂けただけで十分幸せなことなのですが、出来ればどこが良かったのか言ってもらえると嬉しいなぁ…と贅沢なことを言ってみます。。(ぉ)あ、言えなければ結構ですよ!
2007/1/31(水) 午後 3:16
時葉ちゃん>ティアも大佐もツンデレです(笑)みんなルークに帰ってきて欲しいんだよぉぉ!!(泣)あ、この話のガイ様はまだルークの音素乖離に気づいてないってことになってます。
2007/1/31(水) 午後 3:20
えっと・・・もう全てが最高ですよ!!答えになってなくてすみません;;
2007/1/31(水) 午後 5:38
そうですか、そのお言葉だけで十分ですよ^^ わざわざありがとうございました♪
2007/2/1(木) 午前 10:56
見てて切なさいっぱいです!!!そしてすごく素敵です!! これからも頑張ってください
2007/4/14(土) 午後 10:27 [ 翡翠 ]
翡翠さん>初めまして、コメントありがとうございます♪素敵だなんて…勿体無いお言葉ですっ!/// でもすごく嬉しいです。はい!応援ありがとうございます!!
2007/4/15(日) 午前 2:21
美しくて、素敵で、はかなくて・・・はあ〜切ないです。ホントにホントに切ないです。
何処までも青い空を見上げる赤い髪の少年の後ろ姿の絵が浮かんできました。(涙)
2009/7/28(火) 午後 9:56
感想ありがとうございますv
私もこれ書いてる時、ちょっと泣きそうになりました。。
情景は晶さんのイメージ通りですよ^^
2009/8/20(木) 午前 2:28