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英BBC 危機からの再生なるか

11月20日 21時40分

後藤亨支局長

1922年にラジオ放送を開始して以来、90年の歴史を持つイギリスの公共放送BBC。
イギリスの国民の信頼に応え、社会を支えてきたばかりか、世界のメディアもリードしてきたBBCが、設立以来と言われる深刻な危機に直面しています。
かつて人気番組に起用していた元司会者が多数の少女に暴行を繰り返していた疑惑が浮上したほか、11月に放送した報道番組の中で、かつて有力政治家が子どもに性的虐待を行っていた疑いがあるという誤報を流し、国民の厳しい批判にさらされているのです。
なぜ危機は起きたのか。そして、BBCは今、危機をどう乗り切ろうとしているのか。
ロンドン支局の後藤亨支局長が解説します。

トップ辞任、激震広がる

「BBC会長は、編集の最高責任者であり、すべての番組に最終的な責任を負うことを考慮して、辞任するのが正しいと決断した—」
11月10日夜、ロンドン中心部にあるBBC本部の建物の前で組織のトップを務めていたエントウィスル前会長が、突然、声明を発表し、報道番組で誤報を流した責任をとって辞任を表明しました。
会長に就任してわずか2か月足らず。声明文を持つ手は小刻みに震え、就任の直後から相次いで噴き出した疑惑や不祥事に適切に対処できなかったことへの苦渋が伺えました。

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看板番組の誤報

辞任の引き金となったのは、11月2日に放送された看板番組「ニューズナイト」の内容でした。
番組では、1970年代から80年代に、イギリス西部ウェールズの福祉施設で子どもたちに対する性的虐待が繰り返されていたとする疑惑が取り上げられました。
この中で、当時、虐待にあったと訴える元入所者の男性の証言が紹介され、BBCはこの証言を基に、加害者の1人が当時の有力政治家だった疑いがあると報じたのです。
実名は伏せられたものの、インターネット上では「有力政治家」が誰かを巡って一気に憶測が広がり、具体的な人物を名指しする情報が飛び交いました。
しかし、放送から1週間後には名前が取り沙汰された元政治家が声明を発表し、「問題の福祉施設には行ったことすらなく、まったくの人違いだ」と疑惑を全面的に否定。番組に登場した被害者の男性も証言を撤回して人違いを認め、謝罪する事態となりました。
BBCはその日の夜の「ニューズナイト」で、十分な取材が尽くされていなかったとして、番組の内容が誤報だったことを認めました。
エントウィスル前会長もみずから番組に出演して謝罪しましたが、「問題となった番組について放送されるまで知らなかった」と発言したため、管理責任を問う声がさらに高まり、辞任を余儀なくされたのです。

誤報はなぜ起きたのか

人違いを認めた被害者の男性は「名前が取り沙汰された元有力政治家の写真を見たが、過去に警察から見せられた写真の人物とは違った」と話しており、一体誰と元政治家を取り違えたのかは、はっきりしていません。
しかし、少なくともBBCが番組を放送する前に元政治家への取材を行っていなかったばかりか、被害者の証言を裏付けるための顔写真の確認なども行っておらず、ずさんな取材の実態が明らかになったのです。
BBCは、誤報の原因について緊急調査を行った結果、すでにもう1つの疑惑を巡って組織全体が混乱する中で、この番組への十分な監督が行き届かないまま放送されてしまった可能性があるとしています。

元人気司会者の疑惑

組織を揺るがしていたもう1つの疑惑とは、1960年代からおよそ40年にわたり、音楽番組や子ども番組の司会者などを務め、去年84歳で死去したジミー・サビル氏を巡るものです。
子どもたちのアイドルだったはずのサビル氏が、実は長年にわたって番組の観客としてスタジオを訪れた少女たちを楽屋に招くなどして性的な暴行を繰り返していた疑いが、次々と明らかになりました。
さらに去年12月、BBCがみずからサビル氏の疑惑を取り上げた番組を放送しようとしたものの、直前に中止になっていたことが明らかになり、疑惑の発覚を恐れた上層部による隠ぺい工作があったのではないかという疑惑まで浮上したのです。
現在、放送が中止された経緯などを検証する第3者による内部調査が行われています。

地に落ちた信用

イギリスの調査会社が、前会長の辞任直後に行った世論調査によりますと、「BBCの報道を信用する」と答えた国民は44%にとどまったのに対し、「信用しない」と答えた人は47%に達し、調査が始まって以来、初めて信用しないと答えた国民が上回りました。
BBCの歴史に詳しい専門家は「BBCがかつてこれほど国民の信頼を損ねたことはなく、設立以来の深刻な危機だ」と指摘しています。
報道番組の誤報を巡っては、放送と通信を監督する独立機関である情報通信庁が、15日、BBCの取材の進め方や番組の放送に至った経緯が、報道倫理に反していなかったか、調査に乗り出しました。
また、就任から2か月足らずで辞任した前会長を巡っても、議会からは、報酬額を減額すべきだといった声もあがっています。
そして何より、メディア間で激烈な取材競争が繰り広げられるイギリスで、BBCとしのぎを削ってきた新聞や民放各社が、BBCのさらなる疑惑を暴こうと、連日、容赦のない報道を展開しています。

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信頼回復への険しい道のり

集中砲火を浴びているBBCは、果たして再生への道を踏み出すことはできるのでしょうか。
BBCの経営を監督するBBCトラストのパッテン会長は、徹底的な組織の見直しが必要だとして、その陣頭指揮をとる強いリーダーシップを持った新会長の人選に入りました。
BBC自身も、みずから犯した過ちを徹底的に検証し、その結果を国民に包み隠さず伝えることで、信頼の回復を図ろうとしています。
調査報道の草分けとして名高い報道番組「パノラマ」で、元人気司会者の疑惑を正面から取り上げ、被害を訴える女性たちの赤裸々な証言を紹介したほか、去年12月に番組の放送が中止された経緯についても、厳しく追及しています。
インターネット上にも「BBCの危機」という特設のウェブサイト設け、疑惑に関連するニュースを刻々と伝えています。
これまで培ってきた取材や番組制作の総力を挙げ、みずからの過ちを徹底的に究明し、それをすべて明るみに出す以外、失われた信頼を取り戻す道はない、そんな強い決意がうかがえます。
長い歴史を通じて、イギリス国民ばかりでなく世界の視聴者の信頼も築いてきたBBCが、みずから招いた危機をどう乗り越え、再生への糸口をつかむことができるのか、今、まさにその正念場を迎えています。