2012年11月19日 公開
《 『Voice』2012年12月号より》
普及する 3D プリンタ
かつて「ロングテール」や「フリー」を(ことばとしては)流行らせた、クリス・アンダーソンの新刊『Makers』が出た。
ぼくは個人的にはアンダーソンが好きじゃない。一部の先駆者たちが一生懸命作り上げてきたものを横からかっさらって、キャッチーなコピーを付けて鈍いビジネス業界向けに売り込んで商売している印象がある。その一方で、嗅覚が確かなのは認めざるをえないし、またそれまでの先駆者たちが趣味的にやっていたものでも、ビジネスにつながりそうな部分をうまく捉える才覚ももっていることは評価せざるをえない。
そしてそのアンダーソンがこんど目をつけたのが、いわゆるメイカーズ運動だ。
メイカーズ運動とは? それは、モノづくりの世界におけるパソコン革命やインターネット革命に相当するものと思えばいいだろう。
20世紀後半、パソコンとインターネットが世界を変えたことは、誰しも認めざるをえない。パソコンにより、人は、これまで不可能だったほど高質な文書作成や計算、描画や写真加工が可能となった。プリンタの普及で、印刷出版の世界は一変した。さらにネットにより、それを大規模に広める手段ができて、それが情報流通に関わるあらゆる産業を震撼させたのは否定できない。
その変化が本質的に重要か、という点では、まだ議論の余地もあるだろう。だが、その変化自体は否定しがたいものだ。これまで高度な専門性と投資が必要だった世界が、ホビイストレベルにまで一気に下りてきたのだ。
だが、それにまだ侵食されていない世界があった。それがモノづくりの世界だ。むろん日曜大工はできる。ちょっとした工作なら誰でも可能だし、料理や裁縫だってある。でも、ほんとうの立派な工業製品には、よほどマニアックに手間暇かけなければ太刀打ちできない。それを商売にまで発展させようと思えば、すさまじいハードルが待っている。3Dの造形を日産数個のレベルを超えてやるのは無理だ。個人が金型なんか起こせるわけじゃなし、切削加工もできないし……。
だがいまや、それが一気に変わってきた。1台数万円レベルの3Dプリンタや工作機械が普及してきた。そこにネットで出回るCADの設計図を突っ込めば、家でそこらの工業製品もどきが平気でできてしまう。その図面も勝手に作れる3Dスキャナが出現しつつある。さらにそうしたモノづくりとコンピュータの世界をシンプルなコントローラで結びつけ、新しいモノづくりの世界を築きつつある。
第二の産業革命
これがメイカーズ運動だ。そしてこれは、従来のホビイストの世界を超えて、産業構造にまで影響を与える可能性もある。アンダーソンはそれを第二の産業革命と呼んでいるけれど、あながちピント外れでもない。モノづくりの世界もピンキリだ。そのうち、キリの部分はたぶんこの動きが普及したら壊滅する。その一方で、かつて有象無象のソフトハウスが一気に登場したように、新しいモノづくり工房が乱立する楽しい時代も容易に想像がつく。
もちろん、新しい問題も出てくるだろう。ネットではすでに、モノづくりの世界に変な著作権管理が入り込む危険性についての指摘も出ている。そうした問題も含めて、こうした新しい動きを早めに考える必要があるだろう。
日本はモノづくり立国といわれたりして、歳寄りを中心に妙な自信とプライドが蔓延している。でもこうした動きはおそらく、モノづくりの仕組みそのものを変えてしまう。じつは工業レベルでも、200万円の簡易工業ロボットなんていうのが真面目に登場しつつある。今後10年で、日本のモノづくりはすさまじい変化にさらされるんじゃないか?
そうした未来を感じるためにも読者諸賢もいまのうちからこのメイカーズ運動には注目、いや注目だけでなく自分で触れておきたいところ。
まったく関係のない話だが、10月15日、カンボジアのノロドム・シアヌーク前国王が他界した。新聞報道では、いいことしか書かれていなかったが、一方で20世紀後半のカンボジアの混乱の多くは、直接間接にシアヌークにも原因があったと思う。こうしてまた20世紀の証人の一人が去ると、時代の変遷に思いを馳せずにはいられない。合掌。
慶應義塾大学法学部卒業。大阪府特別参与、行政刷新会議公共サービス改革分科会構成員(内閣府)、横浜市外部コンプライアンス評価委員、研究費不正対策...
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