特集● - 動物園の可能性
科学技術政策の視点からの動物園
動物園は博物館の一種であり、レクリエーションの場だけでなく、教育、種の保存、調査・研究などの役割も担っている。子どもだけのものにしておくのはもったいない。科学技術政策の可能性としての動物園を考える。
最近動物園に行ったのがいつか考えてみてほしい。 小さなお子さんやお孫さんがいる方は最近行ったという人も多いだろう。そうでなければ、一般に、大人になってから、大人だけで動物園に行く人は少数に違いない。筆者は、動物園マニアなので、大人だけで行くこともあるし、1人で動物園に行くこともある。筆者の考えは、動物園を子どもだけのものにするのはもったいないというものだ。 動物園に行って動物を眺めていると、しばしば「不思議」に遭遇する。例えば、動物園でカモシカを見ていたとき、カモシカが木などにしきりに顔を擦りつける姿に遭遇したことがある(写真1)。なぜかと不思議に思って、家に帰ってから図鑑で調べてみると、カモシカの目の下には臭腺があり、そこから出る臭いを擦りつけて縄張りを示すのだという。 このように自分で見つけた不思議が解決したとき、本で読むだけの知識とは異なり、身に付いた知識となる。動物園は、このような不思議と思う気持ち(センス・オブ・ワンダー)の宝庫だ。そして、その気持ちこそが科学を進展させる原動力だ。動物園は、科学の場としても大いなる可能性を持っていると筆者は考えている。 本稿では、動物園が持つさまざまな可能性に目を向けるとともに、政策的な視点を含めて論じてみたい。
あらためて動物園とは何なのか考えてみよう。多くの人が持つ動物園観は、ゾウさんやライオンさんがいる、子ども向けの娯楽施設というものであろう。実際、大型遊具が併置された遊園地型動物園は多い。観光部局の下、観光集客施設としての位置付けを持つ公立動物園もある。 一方で、動物園が博物館の一種であることはご存じだろうか。博物館法という法律の基準には、自然系博物館の一種として動物園が明確に位置付けられている。 また、多くの場合、公立動物園を所管する部局は公園部局である。つまり、動物園は公園の一種との位置付けだ。動物公園を名乗るところも多い。さらには、希少な野生生物を保護する施設という意味もある。 日本動物園水族館協会によれば、動物園の役割は、種の保存、教育・環境教育、調査・研究、レクリエーションの4つの目的が高く掲げられている。 考えれば考えるほど、動物園という存在は実に多義的である。本稿で論じる科学技術政策としての可能性も、この多義性の中にある。
日本の少子高齢化、レジャーの多様化、さまざまなメディアの発達(動物園に行かなくても動物を見ることができる)といった要因により、動物園の来園者数は、長期トレンドで見れば減少傾向で推移してきた。子ども向けの娯楽施設という意味だけでは、このままじり貧である。 一方で、近年の動物園界の大きなニュースは、旭川市旭山動物園の大ブレイクである。来園者数の減少により、一度は廃園の危機に追い込まれたものの、創意と大小の工夫を重ねて動物の行動を引き出し、飼育員による解説や手書きパネルの多用などの来園者への発信にも努力し、北海道の地に来園者の行列ができるほどの大人気施設となった。その復活劇は、ドラマや映画にもなり人気を博した。 旭山のブレイクは、動物園界全体に活気を与えたようだ。全国の多くの動物園が旭山に負けじとさまざまな工夫を競い、魅力的な動物園づくりが活発化した。 そのような中、動物園の新たな基本計画を立案した動物園も多い(表1)。それらの動物園では、動物園の役割をあらためて見直し、娯楽型だけでない、動物園の役割を明記しているところが多い。 表1 動物園の基本構想・基本計画の見直しの例
筆者は、科学技術政策の視点からは、動物園は2つの可能性を持っていると考えている。 1つは、科学教育の場としての動物園である。 動物園の来園者は、多くの場合、娯楽を求めて来園するわけで、実に来園者層の幅が広い。それは、科学教育の視点からはデメリットでもありメリットでもある。科学館などは、多くの場合、科学や技術に関心を持つ層が訪れることが多いだろう。関心層に対する教育も、もちろん重要ではあるが、マスとして大きい無関心層を捉えるのには限界がある。その点、科学技術への無関心層が多く来園する動物園は、この層へのメッセージを発信できる施設であり、この意味ではまだ十分に活用されていない施設といってもよいだろう。学校等での利用については、小学校では遠足等で利用されることが多いが、中学校になると急に利用されなくなる傾向があるようだ。動物園側も学校と協力した取り組みの進展が期待される。 さらには、大人に対しては、生涯学習の観点からもっと利用されてもよいだろう。単に子どもを連れてくる施設というだけでなく、大人が知的な楽しみとして利用することもあっていいはずだ。動物学の知識を少し持って動物を観れば、今まで見えなかったことが見えてくる。動物園の大人の知的好奇心を満たす場としての魅力ももっと広まってもいいと思っている。
科学技術政策としての動物園のもう1つの側面は、科学の場としての動物園という側面である。 日本の動物園は、動物学との連関が少ないまま発展してきた歴史があるが、実は動物園は動物学資料の宝庫でもある。限られた飼育環境ではあるが、動物の行動を安定的に観察することができる環境が整っており、動物行動学の研究フィールドとしても期待される。 また、生物多様性の保全とそのための希少な野生生物の保護・管理は、今後とも社会的な重要性が高まってくると考えられるが、これを実践していくためには、野生下のみならず、飼育下においても基礎的なデータを取っていくことが必要であろう。 希少な野生生物の保護の取り組みは、飼育下繁殖に関する海外の動物園との連携協力、野生の生息地での生物保全への協力など、国内に留まらないスコープを持つ。横浜のズーラシアに併設された繁殖センターが実施している、インドネシアでのカンムリシロムクの保全への協力など、先進的な事例が登場しつつある。 表2は、旭山動物園における研究の例である。旭山の成功の背景には、こうした研究の蓄積があるのだ。動物園が、娯楽的な要素だけでなく、研究のポテンシャルを維持確保していくことが、動物園の発展のために必要となるものと考えている。 表2 旭山動物園での共同研究テーマの例
今回の特集では、動物園の多様なチャレンジが紹介される。地域における研究拠点としての可能性、環境教育や国際協力の施設としての可能性など、動物園の持つポテンシャルは科学の発展にも貢献できるはずである。 そして、読者の皆さんには、動物園にぜひ足を運んでいただきたい。それも、1つの園だけでなく、いくつかの園を大人の目線で見比べていただきたい。そうすることで、動物園のこれからの可能性を感じていただければ幸いである。 |