山下達郎近況インタビュー (2005年6月のファンクラブ会報掲載記事の転載)
レコーディングの方式が全面的に変わったんだ
●どうですか、レコーディングの進み具合は?
達郎 一所懸命やってますよ(笑)。
昨年あたりからレコーディングの方式が全面的にプロツールスになったので、
今までやってきたやつも全部プロツールズに取り込んでやってる。
これがとにかく大きな変化でね。
今から20年前に「ポケットミュージック」やった時代、あれと近い感じだね。
※プロツールス…21世紀に入ったあたりから、録音を記録するメディア媒体は、 それまでの磁気テープからハードディスクへと移行してきた。 このことにより、スタジオでの音楽制作の手順も大きな変化を遂げ、 レコーディングの方式だけでなく、音楽の質そのものにも大きな影響を及ぼした。 現在、ハード・ディスク・レコーディング・システムとして最もポピュラーなものが、 デジデザイン社の「プロツールス」である。 今回のインタビューで達郎が「プロツールス」と言うとき、 それは旧来のテープメディアからハードディスクへの記録メディアの移行という意味も含んでいる。 |
●アナログからデジタルに変わったときですね。
今回もそんなに大きな変わり方なんですか?
達郎 同じデジタルでも、ハードウェアが劇的に変わったからね
具体的にはなかなか説明しづらいんだけど、
例えば普通のフィルムのカメラとデジカメの違い、
プロペラ機とジェット機の違い、と言えばわかってもらえるかな。
今までのアナログのカメラからデジカメに移行して、
カメラマンがみんな悩んでいるじゃない。
あれと同じような世界が始まってる。
僕は30年間スタジオでレコーディングに関わってるけど、
初めの10年はアナログで、残りの20年をデジタルでやってきた。
だけど、今のデジタルはレコーディングは10年前とまるで違う。
それどころか、今まで体で覚えていた編曲法とかオーディオの重ね方とかが、
もう通用しない時代になったんだ。
●そんなに大きな変化なんですか?
達郎 うん。すさまじい変化。
だから、85年「ポケットミュージック」の時には
デジタルでアナログの音をなんとしてもゲットオーバーしようなんて思って七転八倒したけど、
今回はもうその轍は踏まないよ。
流れにまかせて、プロツールスの世界で音像を構築するための編曲法と、
それに合わせた楽器法でやるしかないからね。
だから、今までとは音色のテイストがかなり変わる。
技術的にも、歌入れひとつでも全然違うんだよ。
もう呆れるほど。
でも、半年やって、ちょっと解ってきたかな、やり方が。
●今回、どうしてプロツールスに変えようと思ったんですか?
達郎 だって3348というこれまで使っていたデジタル・レコーダーのメーカーであるソニーが、
一切のフォローをやめたの。
ソニーがプロ用機器から全面撤退しちゃったんだ。
※3348…SONY PCM−3348 90年代に使用されていた48トラック・デジタル・レコーダー。 インタビュー中に言及されているように、すでに生産中止。 2004年いっぱいですでにメンテナンス等のサービスも終了している。 |
●世界的にもう作らないんですか?
達郎 作らないよ。
民生機(家庭用機器)からも続々と撤退してる。
DATすらもう作んないでしょ。
プロ用DATももうフォローされないし。
1630とか今までのマスターレコーダーも去年いっぱいでサポートは終わり。
全面的撤退。
ほとんど独占的に機械を作っといてそれでしょ。
サイテーだよ。
メンテナンスすらしてくれない。
レコーダーは定期的に録音ヘッド、再生ヘッドといった消耗品の交換をしなきゃいけないんだけど、
今後は一切しません、だとさ。
もう最悪。
でも業界全体はその前から趨勢としてプロツールスになってたからね。
プロツールス自体は元々プロ機じゃない。
プロとアマの間というのかな。
本来、こういう機材はプロとアマの差がちゃんとあってさ、
プロ用は夜中の12時でも電話をかければ、
メンテナンスに飛んでくるという体制があったけど、
プロツールスは、こっちはこっちで、そういうことは一切知りません。
だから自己責任。
※1630…SONY PCM−1630 CD用のマスターテープを作成するための2チャンネルデジタル・ビデオテープレコーダー。 こちらも生産中止およびサービス終了。 CDが誕生して以来、日本のほとんどのCD用マスターテープは1630で作成されてきたので、 これがないと聴くことすらできなくなる。 そのため、現在、各レコード会社とも、保管している1630のマスターテープを、 CD−Rやハードディスクなど他のメディアに必死で移行させている。 |
●プロツールスはデータエラーとかはないんですか?
達郎 家庭用の汎用コンピュータを使って構築するシステムだから、
トラブルはしょっちゅうあるよ。
だからこまめにバックアップをとらないといけない。
一時よりはずいぶん良くなったけどね。
●じゃ、プロツールスへの移行はやむにやまれずですか?
達郎 仕方がないよ。
選択肢がないんだもの。
もう90年代のデジタルのノウハウですらほとんど通用しなくなった。
音の鳴り方が変わってしまって。
だから全く新しい物として捉えざるを得ない。
音楽の構築の仕方にも変化を要求されるんだね。
今の音楽ってリバーブ(残響)がすごく少ないじゃない。
あれも一種の必然でね、
デジタルで音響特性がよくなって、全ての音がくっきりして、
遠くの音が濁らないんだよ。
遠くのものでもはっきり聴こえるの。
そんなことはアナログ時代にはありえなかった。
そうするとどういうことになるかというと、
音の遠近がつけにくい。
奥行きが作りにくい。
立体感が出にくい。
同じ位置に複数の音を置くと喧嘩になる。
現代的なR&BとかHIP−HOPだと、
たとえば意図的に回路を通して歪ませて音を汚して遠くするというやり方があるけど、
僕みたいな音楽スタイルだとそういう汚しの方法は似合わない。
だからと言って僕がHIP−HOPやるわけにもいかないから、
これはなかなか難しい。
●開拓しなきゃいけないわけですね。
達郎 うん。でもちょっとわかってきた。
ここ6ヶ月くらいああでもない、こうでもないってやってきて。
音楽にはいろんな作り方があるけど、
いつも言うように、
僕の場合は自分の中に経験的なアイディア、音色や音像のビジョンがあって、
こういう感じの音像でこの曲を作るにはどうしたらいいか
って楽器を選んで作ってきたけど、
今はもうそういったやり方が全く役に立たない。
旧来のやり方にあんまり固執していくと
「ポケットミュージック」の時のようにまたドツボにはまるから、
今までやってきたやり方はもうすっぽりあきらめた。
その方が結果的に良いものができるから。
したがって、今までとは音の感じがずいぶん変わる。
たとえば今のやり方だと、まだ厚い音が作れない。
「ヘロン」みたいなのは作れない。
音をいくら重ねてもああいう厚みが出ないんだよ。
音が渾然一体にならないんだ。
アナログの時代の音がCDより良く聴こえる、
というよりガッツがあるように聴こえる場合があるのは、
アナログ時代は入れられる音の情報量が今より少なかったために
音が圧縮されたり歪んだりしたの。
でも、その歪みが音のガッツとしてよい結果を生んでいたわけ。
ところがデジタルはそういうアナログ的な歪み感がないから、
どんなに音量があってダイナミックレンジがあっても、
音にアナログ的な疾走感が出ないんだ。
だからアナログ時代には誰にでも出来てた音像が今はもう出来ない。
我々の時代のロックンロールのグルーヴは、
今の尺度からすれば劣悪な機材を使った情報量の少ない音だった故に、
すごく凝縮されて爆発して生まれたものなんだよね。
それがデジタルでは作れないの。
とくにハイエンド(高品位オーディオ)になるほどね。
それをいかに「汚す」かというので、
たとえば今までは、ハーフインチ・アナログでマスターテープを作るとか、
みんな色々と対策をしてきた。
でも、ハーフインチ・テープはおろか、
アナログ・テープレコーダーさえも絶滅寸前だからね。
肝心のテープが製造中止なんだ。
3348はデジタル・テープレコーダーだけど、
そのテープだって今年(2005年)で製造中止なんだ。
だからみんな必死で買い占めてる。
ひどいよね。
それに今はノートパソコン一台でレコーディングが可能だから、
ン千万円もするどでかいコンソールなんて要らない。
だからコンソールも売れないし、スタジオのあり方自体も変わっちゃった。
マンションの一室でレコーディングやミックスダウンが出来るので、
レコーディングのやり方も変わる。
※ハーフインチ・アナログ…アナログ時代のマスターテープは1/4インチ・2チャンネルだったことから デジタル時代に入ってもアナログの感触を少しでも残そうと、 よりダイナミックレンジの広い1/2インチのアナログ・テープレコーダーが マスターテープ作成に多用された。 ※コンソール…レコーディング・コンソール |
20年前にした苦労がいま生きてるんだよ
●達郎さん、家で作業はしないんですか?
達郎 最近は家で打ち込むんじゃなくて、
スタジオでプリプロやったやつを家に持って帰って、
それを切り貼りする。
それで行き方を決めてから本チャン作り始める。
複雑怪奇な世の中になってきたよ。
※プリプロ…プリプロダクション レコーディングの前段階として、曲のアレンジや構成などを決定する。 デモテープと本番の中間的な作業。 |
●それで、作業としては速くなったんですか?
達郎 家で一人で打ち込むよりは速いよ。
完成品に近い環境でチェック出来るから。
もう昔の現場でやっていた時代の感覚じゃないから、
頭を切り替えるのが難しかったよ。
僕に限らず、どこでもそうだけど。
●レコード会社のディレクターと言われる人が現場でやることは、
ますますなくなりますね。
達郎 前に言ったみたいに、歌は直せるし、タイミングも直せるしね。
逆にクラシックなんかは一発録りだし、
ああいう遠近感をはじめから持っている音楽は
ハードディスクレコーディングは結構良い結果を生むんじゃないかな。
とにかく、レコーディングはこれから先も大きく変わって行かざるを得ないよ。
●レコーディングにおける時間の使い方とかは変わっているんですか?
達郎 曲と詞は同じだよ。
曲を作っている時間もかかるけど、一番かかるのは今も詞を書いている時間だね。
だけど、僕にとっては、自分の頭の中のヴィジョンを
どれだけ音として音として具現化するかという編曲の作業が一番重要なんだよね。
ベーシックの上に装飾的な音を、何の楽器を使って、どういう音色で、
どこに置いて、それをどういう具合に遠近感を立体構造として組み上げるかで迷う。
だけどテクノロジーが少しずつ変わっているから、
それに追随して方法論も変えていかなきゃならない。
そういう問題意識ってなかなか表立っては語られないし、
無頓着にやろうと思えばいくらだっていい加減になれる。
だからアレンジャーの世代交代が滅茶苦茶早いでしょ。
80年代に一世風靡した人たちのノウハウなんて、
今の時代には全く通用しないからね。
僕は運良く20年前に自分で打ち込みやって苦労したことが生きてるけど、
それでももう僕の編曲手法は全然コンテンポラリーじゃないからね。
もっとも70年代だって別に最先端だったわけじゃないけど。
ただ若かったから、それだけで許された。
音響工学的な基礎知識がないと今も昔も大変なことは変わらないんだけど、
テクノロジーが生み出す変化の中では、
人間の体得した表現方法が全く継承されないという、
レコーディングの世界もコンピュータとなんかと似てきたな。
●達郎さんはその工程は楽しいんですか?。
達郎 だってそれをクリアしなくちゃ物を作れないからね。
●嫌いですか?
達郎 もちろんですよ。常に嫌々ですよ。
曲と詞の部分でやりたいことはそんなに変わってないけど、
それをどう構築するかっていう現場では、
常に何かがガラガラと音を立てて崩れ続けている。
しかも、そこに後ろからどんどん押し寄せてくるっていう、
氷河の崩落みたいな感じだよね。
テクノロジーの大きな転換期だと実感する
●まったく自由に出来るとしたら、
どのレコーディング・スタジオが理想なんですか?
達郎 そんなの今さらどこでもいいね。
大規模なスタジオ自体がもうなくなりかけているから。
そうなったら、どこでやればいいのか。
●へたするとプロツールスも極める頃には、
また違うシステムになってたりしそうですね。
達郎 そうなんだよ。
DSDっていって、SACDを作るスペックになるのかなっていう気もするし、
またその先にある何とかってのになるのか。
結局テレビゲームと同じで、機械の性能ばかり上がりすぎたんだ。
初めてファミコンが出たときは、色は16色で音は3つしか出なかった。
だから割と簡単にゲームソフトが作れたの。
それがプレステ2になったら、256音で16万何千色かな。
そのおかげで、ソフトを作る開発経費も莫大になった。
それが結局何を生んだかというと、
現場の苦労とそれに反比例した売り上げの低迷。
音楽も同じことが起こっているわけ。
ロックン・ロールの時代、リッチー・バレンスとかバディ・ホリーの時代は、
2チャン一発録りで2日間くらいで作ってたんだよね。
ビートルズの最初のアルバムも2日でレコーディングされたんだ。
それが今はアメリカの新人タレントだって3年で1枚出しゃ偉いって言われる。
今のハードとソフトのキャパシティを埋めるものを作るのはすごく難しいの。
もっとも悪いことばかりじゃないんだよ。
プロツールスで良いことは、音はたしかに抜群だから、
出ている音がきちんとしてさえいれば、そのままで録って成立する。
後から補正するとか、低域の暴れがどうしたとか、
そういうのが録りの時点で全部やれちゃう。
だからね、後であまりいじらないですむの。
素晴らしい生野菜があって、塩もかけないで美味しいから、
それを並べておけばおかずもいりません、というような世界になるからね。
逆に言えば、元が悪ければどうにもならないんだけどね。
●それが、さっき言ってたクラシックが良いっていうのに通じる話ですね。
達郎 そうそう。
ともかくテクノロジーの大きな転換期が来てるのは実感としてある。
それにミュージシャンが肉体表現としてどう追随していくか。
全体に重厚長大から軽薄短小になっている。
プロツールスはどんなにキバっても
300万円くらいでひと通り買えるからね。
切り詰めれば100万円くらいでもやれちゃうわけ。
さらにヌエンドなんていう、全てをコンピュータのソフト上で処理する
ハードディスク・レコーディング・システムもあるのね。
プロツールスはコンピュータにつなぐハードとソフトの組み合わせで使うんだけど、
ヌエンドはハードすらもいらない。
ヌエンド一個ノートパソコンに入れれば、
ここで本当にレコーディングできちゃう。
これにマイクやギターを繋いで。
●音楽はやっぱりハードルが低すぎて誰でも作りすぎちゃうんですよ。
達郎 インターネットは世界に発信するって言ってるのと同じだよね。
●だから、みんな発信だけしたがって受信したくないっていう話になるわけですね。
達郎 うん。レコードとか芸能とか芝居だってなんだって、
もし自分で発信できるんだったらレコードなんか買わないわけだよ。
そこにはナルシズムがあるわけでね。
ずっと以前に、僕の友人のレコードコレクター、
ウェストコースト専門だったけど、
そいつが当時の日本のヒットソングを
「俺がギター弾けて、曲書けたら絶対こんな奴らなぎ倒してやる」
って、よく言ってた。
そういう心情ってみんな持ってるじゃない。
自称評論家はみんなそういう心情だからね。
今は低価格で発信できるから、
自分で作ったものを自分で聴いてナルシズムを感じていればいい、
という人も出てくるわけよ。
僕らが「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」を
作った時代とは大違いだからね。
●ソフトの市場は成り立たなくなりますね。
ハードは成り立つでしょうけど。
達郎 だから、絶対真似のできないものは作りづらくなってくる。
でも、本当は人の表現を体験して感じて、
そこから自分のものにして表現し、
感受性をリサイクルしていくのが本来の文化のあり方でしょ。
他人の表現が必要じゃないっていうのは精神的なひきこもりだよね。
それは新しい時代の特徴だよ。
こちとらは歳とってるから、そういうのがよく見える。
でも、自分はそういうのは賛成できないし、迎合したくもないから。
それで自分のやり方が通用しなくなったら、もう潔く辞めるしかないけどね。
だからいつも言ってるけど、僕は音楽はワンパターンだけど、
音楽を乗っける受皿には常に最先端の試行がある。
恵まれているのは、
そういう試行を実現できるスタッフがまだいるっていることだね。
●そういう意味で今度のアルバムもひとつの最先端ですか?
達郎 いや、今回はあくまで過渡的なものだよ。
イチからまた出直しという感じだね。
今回のアルバムは、だから今までとはちょっと違った感じになるかも。
結構オールドタイムなものも多いしね。
とくに生ものは。
70年代ぽいっていうか70年代のR&Bとかそういう感じ。
●曲調とかそういう意味合いでの時代性って、今はないですよね。
達郎 ないよ。だから音楽のスタイルは問わないけれど、
時代によってエコーが多いとか少ないとか、
そういうのは一種の共同幻想なんだよね。
今のHIP−HOPなんてホントに音数少なくて、
ヘタすればマシーンのドラムとベースとキーボード一台みたいな。
あれで昔のセオリーのような重ね方をするとね、つまんなくなる。
だからスペクター・サウンドみたいなのは、
プロツールスじゃ多分作れない。
この先もう少し改善されて、
広がりがある作品を作るようなノウハウができるまで、
そういう作品は出来ないだろうな。
●ダイナミックレンジは広くなるんですよね。
達郎 もちろん、音はいいよ。
でも、コンパクトだから、実にコンボっぽい。
ドラム、ベース、キーボード、ギターだけみたいな、そういう音楽。
でもオーディオが良いからね。
必然的にリズムパターンがヘンテコたとかそういう曲が多くなる、5拍子とか。
その5拍子の曲なんて、ドラム、ベース、ギター、キーボード、
それにサックスソロが入っただけ。コーラスもないし。
昔だったらそれに後ろにシンセをパーっと奥入れていたけど、
今はそれが出来ないから。
「マイダス・タッチ」みたいなああいう感じに
必然的にマシーン・ミュージックになるし、
ドラムが本物だっていうのはホントに昔に戻る。
「ゴー・アヘッド」の頃かな、感じ的に。
「PAPER DOLL」ってすごくシンプルでしょ。
あれも広がりないし、あんな感じだよね。
たぶんそうなると思う。
だから生と機械物の対比もなかなか難しい。
こうなってくると、自分でギター弾いてたのがプラスになってくるね。
リズム隊が機械でも、
それに本物のエレキギターを入れることによって自分の個性が出る。
20年前にシコシコやっておいて良かったよ。
だから昔の語法だけど何となく今の音っていうアルバムになると思う。
文法的にはこれでいい。
後はそれをどう録ってどうミックスしてっていうことなんだね。
(FIN)