2012年11月19日 公開
《 『Voice』2012年12月号より》
「あなたとこれ以上、話しても埒が明きません。かたちだけ、『申し訳ございません、努力してまいります』とか頭を下げても、どうせ何もしないでしょ? 私は、頭を下げさせて溜飲を下げて終わり、なんてことでは納得しません。クレームをつける以上は、自分の名前を出して責任をもちます。だから結果を出して ほしい」
私は夏の羽田空港で、JALの空港スタッフ相手にひと騒ぎ起こしていた。主人と出かけた愛媛県松山からの帰りの飛行機、JAL1466便のなかで、赤 ちゃんが泣き叫び通しだったのにブチ切れてしまったのだ。だって、客室乗務員さんが母親と一緒にあやしても泣きやむ気配はないし、逃げ込む場所もないんだ もん。
その赤ちゃんは、たぶん1歳くらい。どうしてそんな体力が、と思うくらいに離陸から泣き叫び通しだった。
「引きつけでも起こしたらどうするの?」と心配になるレベルだし、お母さんもどうにもできなくてホトホト困っているのがわかる。ほかのお客さんも「言い聞かせてなんとかなる年齢ではないし、仕方ない」と思っているみたい。でも、私は耐えられなかった。
「もうやだ、降りる、飛び降りる!」
私は、着陸準備中の機内を、出口に向かって走り始めた。その途中で、子供とお母さんにはっきりいった。
「お母さん、初めての飛行機なら仕方がないけれど、あなたのお子さんは、もう少し大きくなるまで、飛行機に乗せてはいけません。赤ちゃんだから何でも許されるというわけではないと思います!」
いやだなあ。みんなに「嫌なおばさん」と思われる。でも、本当にそう思うんだもの。そして私は、陸に降りても、激しくクレームをし続けたのでした。
「飛行機のなかに、音の漏れないコンパートメントをつくるとか、子供を乗せる場合は、子供が騒いだときに寝かしつけられる薬を親にもたせるように周知徹底するとか、できないの? 2歳以下は乗せないとか……」
「私どもとしましては、すべてのお客さまに快適にお過ごしいただけるよう、精いっぱい努力させていただいております」
「それじゃダメ! 具体的にどう努力するか知りたい。案がないなら私が考えるし、必要なら航空法とか変えさせる! このまま100年、あの状態を放置するつもり!?」
そして私は、航空法や飛行機の現状を確認すべく取材を申し込み、JAL広報部の方々に会っていただけることに。しかも、「宇宙への旅が可能な時代に、な ぜ飛行機に音の漏れない個室がつくれないの? 機体を検分させて、納得させてください」という私のムチャな希望に応え、整備中の機体を案内してくださった のです。
「どうして個室がつくれないのですか? ファーストクラスはそもそも個室でしょう?」
「いえ、ファーストクラスでも、音はどうにもできません。個室のようにみえても、上部空間はオーブンなんです。これは、『離陸及び着陸のために着席可能 なすべての乗客用座席とすべての乗客用非常脱出出口とのあいだには、いかなる避難経路(通路、交差路及び座席列間の通路を含む)も横切るような扉を装備し てはならない』という航空法の規定によるものです。これは、万一の際に避難の妨げとなるものがあってはならないという、お客さまの安全を守るための規定な んです」
ええ? ファーストクラスに乗ったことないから知らなかったよ。でもそれ、何十年も前につくられた規定でしょ? いまは機内にシャワーがある航空会社もある。安全性を担保した航空法改正の議論をしてもいいのでは。
「じゃあ乗客マナーの告知は? 電車内の携帯電話のマナーとかも、みんなで大騒ぎしてつくられたじゃない? 機内誌とかワイドショーとか使って議論しようよ」
というと、
「お子さまをお連れの方には、機内でのマナーをまとめた『mama&baby』という冊子をお渡しし、ご協力をお願いしています」
との回答。いやあ、そんなのみたことないし。それであの現実なわけじゃないですか。お母さんだけでなく、みんなで話さないと。だいたい私は、病気治療の ための搬送とか、引っ越しとか、のっぴきならない事情でもないのに、乳飲み子を飛行機に乗せるのってどうかと思うわけよ。冊子をみると「生後8日目から乗 れる」と書いてあるけど、気圧の変化とか、大人でもつらいのに大丈夫なの? あの泣き叫んでいた赤ちゃんは、つらくて怖かったんだと思うよ。泣きやまない 場合もあるんだし、マナー的に、まず親が「2歳くらいまでは乗せないほうがいいかもね」くらいのコトを考えたらいいと思う。そういうと、
「公共交通機関である私どもから、乳幼児のご搭乗を規制することはできません」
とのご回答。周りに迷惑をかける可能性があることは乗客のほうで考えて、遠慮するべきだよね。あと、医者である私の亭主いわく、親のほうが、たとえば子 供の健康に害のない抗アレルギー剤など、その子に合った眠気を誘う薬を用いるなどの工夫はできるかも、とのこと。でも、そういう議論も情報もないから、こ んなことになるんじゃない? 昔、子供が遠足で観光バスに乗るとき、ビニール袋と酔い止めの薬をもたせるのは常識だったはず。飛行機自体が乗り物として歴 史が浅いんだもの。その搭乗マナーや機体の工夫について、議論すべき余地はまだまだあるはず。
でも、JALの方々の真撃な応対に面して、だんだん心が休まってきた私。「航空会社だけに責任と改善策を求めるのではなく、乗客の側からも公共マナーに関する議論を起こしていくべき」と感じるようになります。
いまのJALがこんなに親切なのは、破綻して世間に迷惑をかけてしまったことへの反省と、JALブランドへの衿持との、両方に支えられてのことだと思 う。いまは民間の会社になったけれど、戦後、国に支えられてつくられた歴史に対する責任はずっとあるし、私たちにも「JALは日本を代表する航空会社」と の思いがある。再上場でスタートを切り、またLCC(格安航空会社)の参入などによる価格競争にさらされているいまこそ、空の旅の常識を改善していくいい 機会なんじゃないかしら。
JALの整備工場のあちこちにも「備品を大切に使いましょう」的な張り紙などがあり、経営努力しているのは十分に感じられる。LCCとの価格兢争にさら されても「お客さまへのサービス品質を下げないことが、われわれの務めです」と、機内での飲料無料は貫き通している。頑張ってるよね。でも、いまのJAL はちょっと弱腰で気の毒。まだ乗客に物言いできる状況じゃない。
「私はね、JALからも乗客マナーについて発信してもらいたいと思うの。空では乗客を啓蒙できるのは、やっぱり航空会社なんだから。こうして私に会って くださったのはうれしいけれど、気を使いすぎても乗客のわがままの増長につながって、安全性や快適性を損なうかもしれないでしょう?」
私も今回、シートベルトを外して、着陸時に通路を歩いたことは反省し、謝ります。でも、航空法や搭乗規定、機内の装備だって数十年前につくられたそのま まじゃなく、改善できるところはすべき。JALの乗客に気を使う気持ちは十分に伝わったけれど、企業として凛とした態度は保ってほしい。たしかに破綻以前 の少し倣慢なJALに戻ったら困るけど、「腰を低くして、角を立てないよう」動くのでなく、一航空業界の発展のため、乗客を教育する」プライドと誠意を もって動いてほしい。飛行機だって、空気の抵抗を利用して飛ぶんだもん。批判や既成の常識との軋轢を恐れるのでなく、それらを正しく利用して、世界一安全 で快適な空の旅をつくり上げてほしい。魂の入った格好いい乗務員、社員を育て上げ、日本人の素晴らしさを発信してほしいな。それこそが、破綻に対する本当 の責任の取り方であるはず。「乗客のわがままにも精いっぱい応えなきゃ」と変な気を使ってばかりいたら、もったいないよ。
あと、ユーザーも「ただ安ければいい」といういまの流れが本当にいいのかは客観視しないとね。「安全」と「質」を担保するには、ある程度の出費は必要だ もの。高速バスじゃないけど、現場の人が劣悪な状況で働かなくていいよう、設備改良のための投資ができるよう、払うものは払わないと。でも、エコノミーと ファーストと、価格の開きがありすぎるのは疑問。変なところは直して、「適正価格」を保持してほしいな。あと、日本製の航空機もつくってほしい! 戦後の 日本の航空業界は、「敗戦国に航空機をつくらせてはいけない」という空気のなかで、アメリカ主導できちゃったのが現実。そういう事情を国民が知って、日本 の企業が開発に取り組むのを応援しなきゃ。
「なんていうことを私的には発信していこうと思うんですが、こんなクレーマーでも、また乗せてくれる?」
そういったら、「ぜひ!」といってくださいました。JALの羽は、優しくて懐広いなあ。わがままなうえに身体も弱く、さらにファーストクラスに乗るお金は
ない勝手な私ですが、途中下車できない空の旅には、やっぱり快適性を求めずにはいられません。どうぞ妥協を許さず、改良し続けてくださいね。日本のJAL
から世界のJALへ。心身一如の真のブランドであり続けてください!
慶應義塾大学法学部卒業。大阪府特別参与、行政刷新会議公共サービス改革分科会構成員(内閣府)、横浜市外部コンプライアンス評価委員、研究費不正対策...
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