彼らの標的とされた車に、張慧さんが運転するホンダの新車があった。蔡洋が率いるデモ隊が前方から突進してくるのが見えたが、別の道から逃げようにも渋滞で動けなかった。彼女はすぐに車から降り、跪いて叫んだ。
「どうか壊さないで!中に子どもがいるんです!」
車の中には姉と姉の息子(17歳)が乗っていた。にもかかわらず、ひとりの若者がフロントガラスを脚で蹴破ると、それ以外のデモ参加者も後に続き、棍棒でホンダ車の破壊にかかった。
さらに記事は、主犯格である蔡洋の人物像について、次のように触れる。
蔡は、友達と会えばネットゲームで“闘う”のが好きだった。好きな番組は抗日をテーマにした連続ドラマ番組だが、中でも抗日戦争の英雄を描いた「雪豹」は大のお気に入りで「三度も見た」という。彼の仲間たちはチャンバラものを好むが、中国で放送されているのは国産の抗日ドラマが多い。
また蔡の友人は、蔡と仲間の日々の生活そのものも、反日感情が非常に色濃いものであることを指摘する。
「仲間の間で意見の違う者を“漢姦”(売国奴の意)と呼んでいる。人を罵るときに使う言葉だ」「仲間うちでは、誰かが何かを買えば、それが日本のものかどうかにまず反応する」
一連の描写から、蔡が育った家庭と現在の暮らしぶりは決して楽ではなく、ゆえに日本製品など縁のない貧しい状況だったことが推察される。反日の奥には、高価な日本製品を所有し日本車を運転するような“富裕層に対する妬みや恨み”が心の奥深くに潜んでいたのかもしれない。
さらに記事は車を壊された側の張さんの生活にも触れる。彼女にとっても実は日本は遠い国だった。訪日旅行などまだ遠い先の話、家庭の中の日用品はほぼ国産ブランド、唯一の“日本”が娘の読む「哆啦A梦」(ドラえもん)だった――。