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  入れ代わりのその果てに 作者:ゆなり
二章
日常 3
 さて今日のお出かけだけど、ジュネスト公爵家とやらへお呼ばれです。お茶会という名の戦争にやってきました。
 お出かけの大半が宮殿なのだが、それ以外にも様々な場所に顔を出している。
 このお茶会もその一環だ。
 その“様々な場所”というのが意外に曲者だったりするのだ。
 宮殿に出かける時とは違い滞在時間は極短く済むのだけれども、かわりに非常に緊張を強いられる。どこぞの記念式典だとか、何らかの重要な会合だとか、どこぞの国のお偉いさんとお会いしたりとか。
 胃がシクシクと痛くなりそうなピリピリムードが満点なそんな場面に、アルフォートのオプション扱いで連れまわされている。
 だからお茶会という名の陰険な情報戦も、ピリピリムードが無い分だけ胃に優しくて、気は随分と楽に感じる。
 これがノーマル王族の姿なんだろうとは思う。リオールでの勉強漬けな毎日は、今から思い返せばものすごく楽だったのだ。ものすごく癪なのだが、そういう大変な部分から遠ざけてくれていた王様やジェイリアスには、しっかり感謝しておかなければならないだろう。
 感謝しなければならないのは非常に不本意だけど、厳しいと思ったあれも酷く甘やかされていたのだ。そういう甘やかされていたという事実を見抜けなかった自分にガッカリだ。
 お茶会にしろお偉いさんとの会合にしろ、耳にする内容は殆ど初めての事ばかりな上に、ある程度の知識を持っていて当然だといった雰囲気で進められて行くために、チンプンカンプンだったりする。王族・皇族の端くれとして、判りません教えて下さいなんて言えないので、理解している振りをしているのだが、屋敷に戻った後ジュールからちゃんと内容を覚えているかテストされるので、しっかり記憶していなければならない。しかも理解できていない部分について突っ込まれた場合は、なし崩し的に授業に移行していく。
 ジェイリアスの試練(?)は激辛だと思ったけれど、ジュールのそれは遥か上を行く。広く『深く』様々な分野を理解し、応用できなければならない。もしかしたら本物の王女様ならいけるかも? って位の要求水準で、自学自習は当たり前、現場に行ったら肌で覚えろ的スパルタ教育。
 あたしがイッパイイッパイになっているそれらをサラリとこなしつつ、更に様々な仕事をしているアルフォートはすごい奴だと思う。悔しいが、あたしとは格が違う。
 そんなこんなで、催し物に出席する時も他家にお呼ばれする時も、必ずアルフォート同伴だ。何時も一緒にいると誤解されそうな勢いである。仲良くやってますよアピールでもしているのだろうか。(それはどこに対する、何のアピールなんだろう?)
 屋敷に戻ると毎度精神的にくたびれ果てて、あたしはいつも部屋に引きこもってしまっているので、誤解を受けそうな行動ながら、実際は一ミクロンたりとも距離が縮まってはいない。食事も部屋に運んでもらっているし、まさに仮面夫婦と称してよい間柄だ。それなのに他家の奥様方に会うたびに、お熱いですねなんて当てこすられる、あの居た堪れなさ。
 アルフォートはさりげなく人を女避けに使っている気配もあって、今日もまた絶賛当てこすりな嫌味を頂戴するんだろうなと、ため息をつきたくなってくる。
 貴族といえば権謀術数というイメージがあるのだけど、お茶会はむしろ女子高のノリに近いんじゃなかろうか。
 そう思わせる理由は、お茶会出席者が男性よりも女性の方が、あからさまに人数が多いためと思われる。夫婦揃って出席が当たり前っぽいのに、どこのお茶会でもそうだから、未亡人や未婚女性が多いのだろうか。
 帝国の男性は早死にあるとか? それで女性ばかりなのかな? 少し不思議であった。
 上品に振舞いつつの攻防はまさに小さな戦争で、情報戦もかねているんだろうけど、こんな楽しくない集まりを開催するなんて何を考えているのか、あたしには全く理解できない。
 お茶会って言えば、あたしのイメージだと『不思議の国のアリス』に出てくるお茶会だ。
 大きく外れているわけじゃないけど、あんな和やかさは全く欠片もないし、子供の頃に抱いた憧れが無残に打ち砕かれてしまった。非常に残念な事だ。
 宮殿でおっさん達の嫌味を聞いている方が、少しはマシかもしれない。おっさん達から向けられる嫌味は、八つ当たりに近いものばかりで、あたしにしてみれば殆ど害がないからだ。
 けれどお茶会に出ているご婦人方(お茶会には男性陣もいるがあまり話しかけてこないし、絶対数が少ないため接点もまずない)は、それはもう基本的にとてもねちっこい嫌味なんだか、当て擦りの煽てなんだかオベッカなんだか、酷く曖昧な何かを吹っかけてくるのだ。嫌味なら嫌味返しをすればいいのに、嫌味なのかどうかもよく判らないので、反応に困る。
 他にはお茶会に出席すると、かなりの確率でアルフォート目当ての女性陣にかこまれる。それが苦痛で仕方がない。
 貴族令嬢って奥手な人が多いのだろうか。アルフォート目当ての女性陣は、あたしに対して嫌味等で心を叩き折り、彼の側から引き離そうとしている。嫁が邪魔なのはわかるけれど、あたしを構っていないでアルフォートに直接アピールすれば良いだろうに、凄く回りくどい手段を取るのだ。どうせなら体当たりでぶつかって、なんなら押し倒してしまえば、律儀なアルフォートの事だから悪い様にはしないと思うのだが、そういう手段に出ようという者はいない。
 そもそも屋敷に訪ねてくる女性なんてベルナデット以外いないし、アルフォートが欲しいのならもっと積極的にならないと、手に入るものも入らない。どうも誰かが抜け駆けしないように、互いに牽制しあっている雰囲気もあって、共通のあたしを一致団結して排除しようとしているのだと思う。
 共通の敵が健在な内は抜け駆けしにくいだろうし、だからこそアルフォートはあたしを女避けとして使っているのだろう。
 ちゃっかりしているよな、ホントに。
 お茶会自体は、長く時間が掛かるイベントではないとはいえ、かなり精神力の削られる。
 そんなあたしの心のオアシスは、ベルナデットだった。
 ジュール曰く、ベルナデットが色々仕掛けてくるというから凄く身構えていたというのに、そんなこともなくて正直拍子抜けだった。今のところ挑まれてきていると思われるものは特にない。
 小難しい政治だとか経済だとか、話についていけないものが多くて無難な返事しか出来ないものが多いけどイラつく話なんてなし、アルフォート相手に乙女になるとことか、脳みその出来で彼女には完全に負けているけど側にいて楽しいと言うか、妙に可愛らしく感じるのだ。
 何よりも、あたしに対してアルフォートとの色恋沙汰に探りを入れてこないところがいい。
 人の恋話を聞くのは楽しいけど、自分の話題は嫌なものだ。しかも始まってもいないそれに妙な目を向けられるのは気分が悪い。そういう嫌な気分になる話題は避け、アルフォート向けなのか政治経済を中心とした話し運びは流石だと思う。
 凄く勉強しているのだなと純粋に尊敬できるし、この国、この世界の事に疎いあたしにとっては、ためにもなるし興味深くもあった。好奇心のままうっかりと質問攻めにしてしまったりしても、丁寧に答えてくれる。
 彼女はかなり良い家のお嬢さんらしく、色々なところで見かける。というか会っている。社交界って意外と狭いらしいと実感する所だ。
 ベルナデット言う清涼剤がいてくれるお陰で、ガッカリやウンザリといった表情を押し隠し、表情筋を笑みの形に固めて我慢の時間を過ごせている。
 それなのに、今日は彼女の姿が見えない。欠席なのかな。
「ミシェイラ妃殿下のお召し物はいつも質素になさっておられるのですね。アルフォート殿下ならば、豪奢なドレスを幾らでもお作りくださるでしょうに。何か理由がおありですか?」
 ウフフアハハと、薄ら寒い会話を交わしていたら、目の前に座っている中年の婦人がそんな事を聞いてきた。
 何と答えるべきかあたしはしばし躊躇した。
 ダサい女め、もっとお洒落しなさいよという嫌味なのか、アルフォートの恥になるような装いをして非常識なという非難なのか、小国の王女はこれだからセンスがなっていないのよねという呆れなのか、判然としなかったのだ。
 目の前の女性の台詞は、確かに否定できない事実であった。
 茶会へ出席しているご婦人方のドレスときたらどれも無駄に華やかであったし、それに比べればリボンはなくてフリルも最低限で、あたしの着ているものなど地味といっても過言ではない。
 だが! あたしは無駄にフリルたっぷり、リボンどっさりなドレスが好きではないのだ。
 意味合いがどの辺りにあるのか判らないなりに、無難な返答を返す事とした。
「わたくしはこういったシンプルなドレスが好みなのです」
 その婦人はあたしの台詞に眉をひそめ口を開いた。
 側にいたほかのご婦人も揃って同じ表情を浮かべている。
 お? なんか、受け答えを間違えたらしい。
「なんて勿体無い。妃殿下はお若いのですから、今の年齢でしか装えない、華やかな衣装を纏うべきですわ」
『若いんだから、もっとお洒落しなさいよ』てな感じの、近所のおばちゃん並な小言が来た!
 嫌味なんだかよく判らないご婦人が、近所のおばさんモードに変身してしまった。
 どうやら拙いスイッチを押してしまったようだ。
「そうですわ。妃殿下は肌が白くていらっしゃるし、淡い色を多用したドレスだって着こなせます。わたくし共の様に年齢を重ねてからでは、纏いたくとも纏えなくなりますのよ」
 側にいた別のご婦人まで、近所のおばさんモードに参入してきた。
「こう、飾りが少なくて華やぎが足りないのが問題なのです」
「色味が地味なのではなくて?」
「ストールを巻いたり小物を使えば……」
「髪飾りに生花を飾るというのは……」
「やはり元のドレスが質素なのですよ」
 ご婦人方はあーでもない、こーでもないと、あたしなどそっちのけで語りだした。
 すると近くの女性陣が集まりだして、こうすると良い、いやそれでは浮くからこっちの方がと熱く議論を始めた。彼女達は険悪な腹の探りあいよりも、お洒落話の方がお好みらしい。
 話題の中心にありながらも完全に置いてけぼりにされたあたしは、黙ってそれを聞いているしかなかった。
 ……シンプルなドレスがすきというあたしの主張は、問答無用で却下されている。
「妃殿下にはこういったドレスがお似合いだと思いますわ!」
 意見の一致に至ったのか、ラフ画を作成し、見せてくれた。
 自信満々に見せてくれるだけあり、華やか、かつ、上品に纏められたドレスのデザインであった。
 わ~かわいい! と、心から賞賛できる。
 しかし、それを着るのがあたしとなると、ちっとも可愛くない。
 だって、絶対に! 似合わないよ。
 何と答えるべきか迷ってしまった。
「殿下もお似合いだと思いますわよね」
 あたしの隣に座るアルフォートへそう言って、紙を見せた。
 他のご夫君方と同様に、我関せずを貫いていたアルフォートは、突然話を振られても慌てず冷静に答えた。
「可愛らしい衣装ですね」
 玉虫色の無難な返答であった。
 お洒落に関することで盛り上がる女性達を尻目に、男性陣は一歩引いた様子で遠巻きにしている。アルフォートと同様に下手に口を出して、反感を買いたくはない様子がありありと伝わってくる。
「似合うと思われますでしょう?」
「普段の衣装も上品で悪くはありませんが、たまにはこういった華やかな物も良いかもしれませんね」
「そうですとも!」
 またもや玉虫色な返答だったが、女性陣はそれに満足したのか力強く頷いた。
 ドレスのデザイン画は女性陣の元からアルフォートの元へ移動する。
「ぜひ、次回はこのドレスでお会いしたいものですわ」
 この状況で、ノーと言えるか?
 少なくともあたしには無理です。
「次にドレスを仕立てる時は、このデザイン画を参考にいたします」
 気がついたらそう答えていた。
「ところでミシェイラ妃殿下、当家の開催する夜会があるのですが、ご出席なさいませんか?」
 話が一段落したところを見計らい、婦人の一人がそう発言した。
 昼間のお茶会だけであたしとしては十分。むしろそのご縁も遠慮したい身としては、全く嬉しくないお誘いであった。
 さて、何と言って断ろうか。
「お気持ちは……」
「でしたら、我が家の夜会にも出席いただきたいですわ」
「妃殿下が夜会に出席なさるのですか?」
「カンタール家やウジェ家の夜会に行かれるのなら、ぜひわたくしの実家へも」
 あたしはまだ何も行くも行かないも口にしていないのに、OKを出したかのような賑わいだ。
 便乗して我も我もと声を上げる。
「皆様」
 盛り上がる女性陣に向けて、大きめの声を上げた。
 あたしなどそっちのけでお喋りし始めていた彼女達は、不思議そうに目を向けてきた。
「盛り上がっておられる所に水を差すようで心苦しいのですが、わたくしは出席すると申し上げてはおりません。お誘いくださる皆様のお気持ちは大変嬉しく思いますが、今回は遠慮させていただこうと考えております」
「なぜでしょう」
 最初に誘いをかけてきた女性が訊ねてきた。
 どことなく気分を害した様子が透けて見えた。
「沢山のお誘い嬉しく思いましたが、わたくし一人で全てに出席する事は出来ません。かといって、一部のお誘いをお断りすると言うのも不公平に感じます。ですので今回は全てご辞退させていただきます」
「では、他の方々からのお誘いがもしなければ、ご出席くださっていたと仰るのですか?」
 随分としつこい。曖昧な答え方をしたあたしが悪いんだけど、わざと言っているよね?
「さて、どうでしょう。スケジュールなどを確認いたしませんとなりませんし、即答は出来かねますわ」
 つまりこの場ではどうあってもOKは出しませんよって返事だ。
 んな角の立つ事はわざわざ言ったりしないよ。もちろんね。
 周りのご婦人方も確かにそうよね~と頷いている。
「では、後ほど正式な招待状をお送りいたしますので、ぜひ色よいご返答をお待ちしておりますわ」
 ……本当にしつこいね。結構いい性格しているわ。
 呆れて相手を見つめてしまった。もちろん、正式な招待状を貰ったって、欠席しますとしか返さないつもりだが、そんな事をわざわざ告げたりはしない。
NEWVELランキング(旧題の「私と魔法と異世界と」のままとなっております)


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