「レベルの高い意見」とは何か?レベル1〜3で分類してみた

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2012/11/19


要するに…
・ハイレベルな意見は、「当事者性」を帯びたもの
・当事者性のない意見は、「便所の落書き」か「議論ゲーム」にすぎない
・ライター稼業には、インタビュー、読書、活動への関与などを通して、扱うテーマに対して当事者性を持ちつづけることが求められる


「プロブロガー」としてウェブ論壇で食っていくのは楽じゃありません。レベルの高い意見というものについて考えてみました。


例えば「生活保護不正受給」の問題をどう論じるか

誰かが何かを論じるときに、嫌らしい話ですが、僕はその人の「レベル」をほぼ無意識に判定してしまいます。

例えば「生活保護不正受給」の問題を考えてみます。

2chなどに溢れる「レベル1」の人たちは、「不正受給」という単語が含まれるニュースを見た瞬間、ほとんど脊髄反射的に「不正受給のナマポは氏ね!」と、ひとこと書き残して消えて行きます。これはスライム以下の存在なので、ほとんど相手にする必要はありませんし、書き込んでいる人も相手にされたいとも思っていないでしょう。いわゆる便所の落書きです。

BLOGOSのコメント欄あたりには「レベル2」の人たちが棲息していて、もう少し中身のある議論をしているような感じを抱きます。が、どうにも「言論バトル」をしたい空気が流れており、基本的に建設的な議論がなされることはありません。彼らは「一言いってやりたい」というモチベーションで突き動かされているため、大半は言葉を口汚く戦わせるのみで留まり、問題解決にまで辿りつくことはありません。

「生活保護不正受給」といった問題に対して、僕が無意識的に「レベル3」に振り分けてしまうのは、「実際に貧困の現場を目にして、解決のために動いている人の意見」です。賛否はあれど、「現場を知る」彼らの意見は、相対的に耳を傾ける価値が高くなります。この問題に関していえば、本ブログでも取り上げたフローレンスの駒崎さんの意見などは、僕も共感しますし、意見としてのレベルも高いと思います。


図示するとこんな感じ。これはあくまで僕の捉え方ですが、こんな感じでネットの意見を分類しています。

スクリーンショット 2012 11 19 16 46 39


レベル3でありたい

どんなテーマを扱うにせよ、重要視すべきは当事者の声です。彼らは議論ゲームを超えて、当事者として問題に関わる力を持っています。

例えば先日、僕は「Kindleを売らない家電量販店と「ショールーミング」の未来」という記事を書きましたが、これは所詮「議論ゲーム」の域を出ません(なので、この記事は公開するかどうか、けっこう悩みました)。僕は家電量販店ビジネスの当事者でもなければ、Kindleを売るAmazonの社員でもないからです。僕はこのテーマに対して「外野」にいることしかできず、深くコミットすることができません。

僕が仮に家電量販店の経営者だったら、僕の意見は強烈な当事者性を帯び、その情報価値も高まっていくでしょう。もしくは「家電量販店ビジネスのコンサルタント」でもいいかもしれません。とはいえ現実的には、家電量販店ビジネスについて書かれた本を読むことで、間接的に当事者の意見を引用するのが限界でしょう。とにかく、当事者に近づけば近づくほど、意見の質は高まっていくと僕は考えています。


というわけで、論壇に生きる人間としては、なるべく当事者に近い立場で意見を発信したいと思いますし、発信するからには当事者として問題に関与する覚悟を持ち続けて行きたいと考えます。これができないと、ただ「言葉を操っているだけ」になってしまい、僕は早晩食っていけなくなるでしょう。

ハイレベルな意見を言うためには、常にその世界の当事者である努力が求められます。インタビューや書籍を通して、間接的に現場を知ることもありだと思います。とにかくインプットと行動が求められるでしょう。ライター稼業は楽な仕事じゃございません。

というわけで、あくまで僕の考えですが、「レベルの高い意見」を言えるようになりたい方はぜひ参考にしてみてください。皆さんなりの見解があれば、ぜひコメント欄で教えてください。


そんなわけで、新刊はなるべく当事者的な目線で社会について語ってみました。オピニオンを出し切ってみたので、ぜひお読み頂き、一緒に世の中について考えていきましょう。