逆に考えれば、教育を充実させれば日本の大学が世界トップ20に入ることも可能であるはずだ。しかし、海外のランキング評では「日本の大学に教育の質を求めるのは無理」とまで言われている。
この大学教育の質の低さと前述の商社員の話は、無関係ではないと筆者は考えている。それは日本の持つ、ある種の「文化性」のために起こったものだ。
良い大学、良い会社、良い結婚――。
籍を持つことで安心する「堤防型社会」
その文化性とは、日本が「籍」を持つことで安心を得る「堤防型社会」であることだ。
少なくとも、戦後から現在にかけて日本人が求めているのは、「良い大学に入って安心」「良い会社に入って安心」「良い人と結婚して安心」など、「あるところに籍を置けば、とりあえずその後は安心できる」という人生である。それはつまり、籍を置くことは、堤防の内側に入ることであり、後は堤防の外のことを考えずに、安心していられる人生を求めることである。
この価値観は、日本の社会制度と日本人の心性に大きな影響を及ぼしてきたと筆者は考える。日本人が人生において、最も努力し、最も真剣に決断するのが、この「籍」を得るための行動だからだ。
高校や大学の入試、就職活動、結婚、子供の学校選びなどなど、何かの「籍」を得るためには多大な才能と努力が必要とされる。そして「籍」を得て、堤防の内側に入った後は安心していられる。
逆に「籍」を得られない人は、「負け組」のレッテルを貼られる。この見方からすると、いわゆる「Fラン大学」(偏差値の低い大学)の学生や「浪人」は、良い大学の「籍」を得られなかった人々だ。
また、いわゆる「派遣さん」と呼ばれる非正規雇用社員は、正規雇用という「籍」を得られない人々だ。婚活を続けていても良い伴侶を得られない人は、文字通り「籍」を入れられない人である。