空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第四十九話 2011年 8月10日記念ハルキョン小説短編 肌もハートも陽に焼けて


高校2年の夏休み、俺達は人混みであふれる海水浴場へ来ていた。
去年と同じように古泉の知り合いとされる多丸兄弟の別荘に行くものだと思っていた。
しかし、つい口を滑って出てしまった俺の一言によって状況は変わってしまった。
俺はハルヒの前で「豪華な別荘で過ごす夏合宿も気持ちが良いが、人混みであふれる海水浴場に居た方が日本の夏の醍醐味だいごみを味わえるかもしれないな」とつぶやいてしまったのだ。
ハルヒは気の無い様子で「ふーん」と言っただけだったが、どうやら影響を与えてしまったらしい。
示し合せたようなタイミングで古泉が多丸兄弟が別荘を売り払ってしまったと話し、仕方が無いから電車で海水浴場に行く事になってしまった。
もちろん、家から服の下に水着を着て来る命令も忘れちゃいなかった。
大きな心配は妹とシャミセンを連れて来た事だった。
ハルヒはバッグに入れておけばバレないと言ったが、満員電車じゃシャミセンが圧し潰されてしまう可能性だってある。
すると古泉が策を打ってきた。
機関の人間を使って、電車の1両を占領するから問題が無いと言う事だ。
おいおい、問題ありすぎだろう!
俺は何の罪もないのに迷惑を被る一般人のみなさんに、心の中で謝った。
そんな機関の手助けもあり、俺達は運良くまとまって電車の座席に座れる事が出来たのだ。
俺はそんな大ごとにならないように長門に情報操作を頼んだのだが、物質データを改変するとバグが出やすいので、他の人々の脳内情報を改変するそうだ。
ようするに機関の人間によって車両から排除された事実もさっぱり忘れてしまう事だ。
やばい、この2人が組んだらハルヒ以上に恐いかもしれんと俺は身震いした。
そして海水浴場につくと、ハルヒは去年の夏に市民プールへ行った時のように嬉しそうな表情になる。

「やっぱり、夏と言えば海の家ね!」

まあ、市民プールに海の家は無かったからな。
妹の面倒は朝比奈さんが見ると言ってくれたが、2人で迷子になってしまう事は容易に予測できた。
しかし、この海水浴場も機関の人間が陰ながら数百人態勢で警備に当たって居てくれると言う。
それは安心できるのだが、海水浴場の混雑を増している事に申し訳ないと思う。

「あなたが気に病む事ではありません。世界の崩壊を防ぎ、70億人の命を救うためなのですから」
「あー、わかった、勝手にしてくれ」

古泉の話のスケールの大きさについて行けなくなった俺は開き直る事にした。

「さあ、今日は肌がこんがり焼けるほど遊びつくすわよ!」

この晴れ渡った天気はやはりお前の望みだったのか。
まあ、小麦色に焼けた肌のハルヒを見るのも悪い事じゃないか。
でも、長門や朝比奈さんはやっぱり白い肌の方が似合うよな。
俺がそんな事を考えながら長門や朝比奈さんを見ていると、俺の顔にビーチボールが直撃した。

「ぐえっ!」

驚いた俺はたまらずしりもちをついて倒れ込んだ。

「キョン、何をボーっとしているのよ、早く新川さん達と合流するわよ!」

日帰りの海水浴ならともかく、今回は合宿と言う事なので、泊まりだった。
高校生だけでは親も渋ったから、新川さんに保護者役になってもらったのだ。

「皆様、お変わりなさそうですな」
「新川さん、今日はお世話になります!」

俺達に声を掛けたのはアロハシャツを羽織り、下は海水パンツ一枚の新川さんだった。
スーツ姿だけでなくこんな姿も板についている新川さんだった。
ハルヒは元気に新川さんに向かってあいさつをする。

「悪いですね、保護者役を引き受けてもらって」

古泉がそう言うと、新川さんは首を軽く振る。

「いえ、雇い主の多丸様から休暇を頂きまして、この海水浴場に来る予定でしたので」
「やっぱり、夏休みと言えば海水浴場よね!」
「そうでございますな」

新川さんは自分達が確保したスペースに俺達を案内した。
そこに居た機関の数人の人間の中に、俺は森さんの姿を発見した。
朝比奈さんよりさらにスタイルの良い森さんの水着姿に、俺は驚いた。
去年別荘で会ったメイド服姿の時もスタイルが良いとは思っていたがこれほどまでは思わなかったのだ。

「皆様、お久しぶりです」

腕で胸を寄せて頭を下げてあいさつをする森さんの姿に、俺は興奮して目が釘付けになってしまった。
そんな俺の後頭部にハルヒのローキックが命中し、俺は砂浜に頭からダイブする事になった。

「うわぁキョン君、大丈夫ですかぁ!?」
「あんなバカ、放って置いて遊びましょう!」

熱をもった砂に顔を押しつけられた俺は、意識がもうろうとなった。

「これはいけませんね」

古泉がそう言って俺の顔に水筒の水を掛けた。
危ない状態は免れたが、俺は起き上がって遊ぶ気力が無くなった。
仰向けに日陰に寝かされた俺のおでこに冷たいタオルがそっと置かれた。
いったい誰だろうと目を開くと、そこには天使のように穏やかに微笑む森さんがいらっしゃるじゃないですか。
やばい、森さんとの距離が近すぎてまた高揚とした気分になってしまった。
しかし、森さんはそんな失礼な俺に対しても優しげな態度を崩さない。
本当に大人びた女性だ。
すると森さんは屈んで寝ている俺の耳元に顔を近づけて来た。
うわあ、それはヤバいですって!

「実はあなたにお尋ねしたい事があるのですが」
「何ですか?」

俺が続きを聞こうとしたその時、ハルヒの大声が飛びこんで来る。

「こらーっ、いつまで寝ているのよ! 早く起きなさい!」
「わかった、じゃあ俺も思いっきり遊ぶぞ!」

俺が勢いよく立ち上がってハルヒに近寄ると、ハルヒは物凄く鋭い目つきで俺をにらみつけた。
うわっ、これはメチャクチャ怒ってるぞ!

「遊ぶですって!? 雑用係が何を言ってるのよ!」

腕組みをしたハルヒはそう言うと、俺に大量の買い物を押しつけてきやがった。
とても1人では買えない量だ。

「それなら僕も買い物について行きますよ」

古泉が俺との同行を申し出るとハルヒは認めないと首を横に振った。
そして、俺がサボらないように連行すると言って俺の手を握って歩き出した。

「あんた、さっき森さんと何を話していたの?」
「何か、森さんが俺に聞きたい事があるって話していた」
「隠すとためにならないわよ!」
「本当にそれだけだって」

俺がそう答えると、ハルヒは追求と握った手の力を緩めた。
そして俺は海の家を前にして、多大な出費となるであろう買い物を覚悟していた。
一番近くの店に入った俺とハルヒは店員のおじさんに声を掛けられる。

「おやおや、初々しいカップルさんだね。おまけしておくよ」

俺はハルヒから手を離そうとしたが、不思議な事にハルヒの方が離さなかった。
店員のおじさんは焼きトウモロコシをさらに2つもおまけしてくれたのだった。

「……しばらくの間カップルの振りをするだけなんだからね」
「分かってるさ」

店を出たハルヒと俺は小さな声でそうささやき合った。
他の海の家で食べ物を買って行くうちに、俺達は両手に抱えなければ持てなくなり、繋いでいた手を離さなければいけなくなった。
俺はほっと安心したような、それで居て残念なような気分になった。

「別に、あたしはガッカリなんかしてないからね!」

俺の視線を感じたハルヒはそんな言い訳をした。
顔が赤くなっているのは日焼けのせいだけじゃないだろうな?
そう思うと俺はハルヒが可愛いやつだと思えて来た。
俺とハルヒはたくさんの食べ物を抱えてみんなの所へと戻ると、驚きをもって歓迎された。
あれから俺達はいろんな海の家でカップルとして祝福されておまけしてもらったのだった。
他にもカップルは居るだろうに、また買わせようって商売なのか?
この時俺は知らなかったが、俺達の入った海の家のうち数軒は機関の手が回っていたそうだ。
そして軽食を取った後に俺達は波打ち際で水遊びをしたのだが、俺が女性陣の水着姿に目移りする度にハルヒから手痛い攻撃を受けていた。
顔にボールをぶつけられたり、水を掛けられたり、露骨にそんな事をしたら周りのやつらにも解っちまうぞ?
でも、森さんの方も確かに様子が変だ。
俺に視線を向けているのを感じるのだが、森さんの方もハルヒの視線に気が付くと俺から離れてしまう。
さて、俺達は海水浴に来たわけだが、ハルヒが言うにはこれはSOS団の合宿である。
合宿と言うからには俺達はホテルに泊まる予定になっているわけだった。
今回は多丸氏の別荘に泊まるわけではないので、新川さん達に混ぜてもらう形になった。

「ハルヒ、日も傾きかけて来たし、そろそろ海から上がらないか?」
「えーっ、もうちょっと遊びたいわよ」
「そろそろ行かないとホテルの夕食に間に合わなくなりますぞ」

新川さんがそう言うと、ハルヒはあっさりと引き上げた。
それから俺達はまた電車とバスを乗り継いで新川さん達と目的のホテルへと着いた。
ここはハルヒが小学生の頃にじいさんに連れて来てもらったホテルだそうだ。

「さすがね、あたしが来た時と何にも変わってない!」

褒めているのかバカにしているのか相手の取り方によっては判断の別れる言葉であるが、ハルヒは嬉しそうだった。
また、ホテル側も長い歴史を持っている事を誇りにしているようにも見える。
新川さんや森さんにとっても思い出深いホテルらしい。
ゲームコーナーにはインベーダーゲームとか、昔の筐体が並んでいたからな。
しかし、後になって知った事だが、俺達が泊まりに行った後にホテルは大幅リニューアルしたらしい。
新しい客を呼び込むには必要な事かもしれんが、ハルヒは寂しがっていたな。
俺達は夕食を兼ねたディナーショーの時間にギリギリ間に合った。
そして、ショーが終わった後にホテルの主催でビンゴ大会が始まった。

「情報操作は無しだぜ、長門」
「分かった」

俺は他の宿泊客の楽しみを奪ってしまわないように念を押した。
しかし、ハルヒのビンゴは完成しなかったのだが妹のビンゴは見事に完成した。

「やったぁ!」
「よっしゃ妹ちゃん、行って来なさい!」

妹のやつはステージ上から俺達に向かって手を振って来るから恥ずかしかったな。

「みんな、夜は海底温泉へ行くわよ!」

このホテルには水着で入れる水族館と温泉を合わせた浴場があるそうだ。
ハルヒが以前行った時は海底温泉は工事中だったようで、念願が叶ったハルヒは妹よりも騒いでいた。
俺はハルヒの無邪気な笑顔は嫌いじゃないぜ。
そして、海底温泉を堪能した俺達は男湯と女湯に別れているふつうの大浴場へと入った。

「焼けてしまって体中がヒリヒリとしますね」

古泉の肌はすっかりと赤くはれ上がっていた。
俺の肌も同じような物だ。
明日になれば肌は黒くなっているんだろうな。
風呂からあがった俺達は定番コースであるゲームコーナーへ行った。
昔ながらのエアーホッケーなどを楽しむと、どっと疲れが出て来た。
部屋に戻った俺達は、部屋の様子を気にすることなく、同室になった新川さんや機関の組織の人間の隣ですぐ寝てしまった。
2泊3日の夏合宿だったが、俺達は余すことなく夏の海の遊びを楽しんだ。
嵐によってクローズド・サークルになった去年の合宿とはえらい違いだ。
それだけ鬱憤うっぷんが溜まっていたんだろうな。
だが、2日目になってから森さんは俺に意味ありげな視線を向ける事は無くなった。
俺は思い切ってハルヒが視界から消えたタイミングで森さんに声を掛けてみる。

「あの、俺に聞きたい事って何だったんですか?」
「いえ、もうその必要は無くなりましたから」

森さんは嬉しそうな笑顔を浮かべてそう答えた。

「ふーん、何やら楽しそうに話しているじゃない」

振り返ると、不機嫌そうな顔のハルヒが立っていた。
やばい、そういやハルヒは野球大会の時もこんな感じだった! 

「私は涼宮さんから彼氏を盗ったり致しませんので、ご心配なく」
「なっ!」

森さんにそう言われるとは思わなかったのだろう、ハルヒの顔が噴火したように赤くなった。
ハルヒは全身の力が抜けたようにガックリと崩れ落ちた。

「おいハルヒ大丈夫か、しっかりしろ!」
「これは体の芯から焼けてしまったかもしれませんね」
「とんちじゃないんだぞ、古泉!」

俺は気を失って寝かされたハルヒの側についている事になった。
ハルヒは目を覚ますと、日焼けする時間が少なくなったと俺に文句を言った。

「ハルヒ、もう十分焼けたじゃないか」

するとハルヒは胸に手を当てて「そうね」とつぶやいて大人しく座り込んでしまった。
俺はそんなハルヒの隣に座って、静かに海が夕焼けに染まり始めるまで一緒に眺めていたのさ。
その日は俺も胸焼けがひどかったしな。

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