アタシは第三新東京市第壱中学校、2年A組、惣流アスカ。
日本人の血とドイツ人の血が混じったクォーターなの。
それだけあって、アタシは宝石のような青い瞳、紅茶色の髪、ママ譲りの美貌を持った、プロポーションも完璧な容姿端麗を絵に描いた存在ってわけ。
さらに、成績優秀、スポーツ万能、クラスメイトと教師からも受けがいい、そして学級委員で生徒会役員!
これだけ条件がそろえばクラスメイト全員、いえ、学校中の生徒達の尊敬と注目の的のはずだったんだけど……。
アタシはクラスメイト全員の注目を浴び続けるわけにはいかなかった。
同じクラスに憎いアタシのライバルが居るからだ。
そいつの名は碇シンジ!
幼稚園の頃に知り合った、腐れ縁とも言うべき存在。
全くあんなグズでドジでのろまでさえないヤツのどこがいいのかしら?
ルックスも平々凡々、背も他の男子に比べて低いし、成績も運動神経も平均以下。
おまけにそんなに話上手ってわけじゃないのに、アイツの側には男子女子を問わず人が集まる。
シンジが授業で解らなかった所があると言うと、周りの子が親切に教えた。
「ありがとう」
「あ、でも惣流さんに教えてもらった方が良いんじゃないの?」
シンジと目があったアタシは微笑んだけど、心の中では怒っていた。
「ううん、惣流さんは忙しそうだから」
「そうよね、いろいろな委員会に引っ張りだこだもんね」
シンジはそうしたアタシの心中を心得ているのか、遠回しにその提案を断っていた。
そう、シンジは学校の外でのアタシの姿を知っているのだ。
学校では爽やかな優等生を演じているアタシ。
趣味もクラシック音楽鑑賞、部活もクラシックバレーとお嬢様そのもので通している。
「アスカ、この前貸していたアニソンのアルバムは持ってきてないよね、ケンスケが借りたいって言うんだ」
「バカっ、アタシが学校にそんな物を持ってくるはず無いでしょう?」
「そ、そうだよね、ごめん」
人気のない廊下で声をかけて来たシンジをアタシは追い散らした。
アタシの本当の姿をばらしてしまわないようにアタシはシンジに口うるさく念を押していた。
学校ではアタシはシンジとの接触を極端に避けている。
いつアタシの地の性格が飛び出してしまうか分からないからだ。
クラスの生徒達はアタシの仮面にすっかりだまされて勉強を教えてくれなどとアタシの側にやって来る。
アタシはそんな子達に喜んで勉強を教えたし、感謝されるのも快感だった。
しかし、クラスの人気を独り占めするという事はシンジが居る限り出来なかった。
さらに、学校のたいていの男子達はアタシにラブレターを送ったり、告白をしてきたりしてくるけど、シンジはそういうそぶりを見せないのが気に入らない。
シンジが自分から声を掛ける女子と言えばいつも教室の片隅の自分の席で本を読んでいる綾波って子だ。
出席番号が1番だけって以外、何の特徴も無さそうな地味な女の子。
まあシンジにはアタシみたいな輝きすぎている存在はまぶしすぎるから、同じような地味な存在に親近感を覚えるんでしょうね。
アタシはそう強がってはみたけれど、シンジが告白をして来ないのは気に入らなかった。
でも、中学校に入ってから積み上げて来た優等生と言うブランドが崩れ落ちる日は意外にも早くやって来た。
ある冬の日曜日、アタシはどてらにもんぺと言う田舎のおばあちゃんのような服装でこたつでテレビを見ながらダラダラと過ごしていた。
朝からパパとママも出かけてしまっているから、髪型もくしをいれて下ろすだけにしていた。
インターフォンが鳴らされたので、出て見るとシンジだった。
用件を聞くと、この前貸したアルバムを返してもらいに来たと言う。
アタシはコタツに戻ってシンジに言い放つ。
「面倒くさいから、アタシの部屋から適当に持って行ってよ」
「アスカ、日曜だからってだらけすぎじゃないの?」
「別にいいの、学校では完璧な優等生を演じているんだから疲れちゃうのよ、休息も必要なわけ」
「そんなくだらない事やってるから疲れるんだよ」
「何よ、アンタは人に褒められたり、感謝されたり、尊敬されたりして嬉しくないわけ?」
「嫌じゃないけど」
「じゃあ、アタシの事は放って置いて!」
イラだったアタシはそこでシンジとの会話を打ち切った。
シンジはアタシの部屋で少しの間アルバムを探して、外へと出て行った。
「ふん、いちいちうるさいんだから」
アタシはそうもらしながら戸棚からせんべいを取り出してかじり始めた。
しかし、数分も経たないうちにまたインターフォンが鳴らされた。
「どうせまたシンジでしょ、まったく腹が立つ!」
シンジは別れた後も、すぐに用事を思い出して引き返して来るような事が何度もあった。
それがアタシの油断を誘ったのだ。
アタシは相手を確認しないでドアを開けてしまった。
「バカシンジ、寒いんだから用事は一回で済ませなさいよ、このアホンダラ!」
「惣流さん……?」
「洞木さん?」
アタシは玄関先に立っていたクラスメイトの女の子を見て、持っていたせんべいを地面に落としてしまった。
洞木さんはお下げ髪の真面目っぽい子としか印象に残っていない。
休日にあたしの家を訪ねてくるなんて、ありえないはずだ。
「これを惣流さんの家に届けてくるようにって頼まれて……」
洞木さんは顔を赤くしながら、アタシに小さな包みを手渡した。
どうやら、PTAでママが洞木さんの親御さんと知り合って、約束をしたようだ。
「え、えっと、これはね……」
「じゃ、じゃあ惣流さん、さようなら!」
アタシが言い訳をしようとする前に洞木さんは走り去ってしまった。
洞木さんにどてらもんぺ姿を見られてしまった。
ぼさぼさの髪の毛とせんべいまで……。
しかも、シンジに対する下品な言葉遣いまで聞かれてしまった。
洞木さんはみんなに私の事を話してしまうかもしれない。
真面目そうな子だけど、無いとは言い切れないし……。
「身の破滅よ! もうお終いだわ!」
アタシは頭の中が真っ白になった気分になって頭を抱えてそう叫んでしまった。
「アスカ、一体どうしたのさ?」
アタシのそんな姿を見たのか、アタシの大声が聞こえてしまったのか、隣の家からシンジが出てきてしまった。
「アタシのこのどてら姿を洞木さんに見られてしまったのよ、とんだイメージダウンよ!」
「そんな事言ったって、その姿で玄関に出ちゃったアスカが悪いんじゃないか」
「明日、学校ではきっとクラス中からの笑い者よ、もう二度と学校に行けないわ」
「そんな事でアスカを嫌いになる人達となんて、付き合う必要無いじゃないか!」
シンジに突然両肩をつかまれて、アタシはドキッとした。
「何よ、アンタにアタシの何が分かるって言うのよ!」
「少なくとも、学校のみんなよりはずっと知っているよ、アスカが褒められたいからって必死に努力している事も」
「そうよ、じゃあ分かるでしょう、アタシの立場がまずくなったって」
「アスカはもう、アスカのお母さんに充分褒めてもらっているじゃないか、それ以上何を頑張る必要があるんだよ」
シンジに言われてアタシの頭の中にママと会話を交わすアタシの声が聞こえて来た。
そうだ、テストで満点を取ったのも、運動会で1位になったのも、全部ママに褒めてもらって頭をなでてもらうためだったんだ……。
それがいつの間にこんな見栄っ張りになってしまったの……。
「僕は嬉しそうにしているアスカの姿がずっと好きだった」
「嘘っ、じゃあ何であの綾波って子と仲良くしていたのよ」
「綾波さんはクラス図書の係だったから話していただけだよ」
「そう言えば、あの子って本が好きだったから立候補したんだっけ」
アタシ達の学校では読書を推奨するためにクラスごとに本棚が置かれていた事を思い出した。
「もしかして、妬いてくれた? そうだったら、嬉しいな」
「な、何をうぬぼれているのよ!」
ここで認めてしまったら、シンジにアタシがほれてたって事で主導権を握られちゃうじゃないの!
「僕は、アスカに好きになってもらえばそれで満足だから」
シンジの言葉を聞いて、アタシは胸を撃たれる思いがした。
だけど、この感覚は痛いものじゃない。
嬉しさで舞い上がってしまいそうな気持ちがした。
「アタシも……」
アタシは胸が締め付けられてこれだけ答えるので精一杯だった。
この時からシンジとアタシは彼氏と彼女になった。
「でも、やっぱりアタシは学校に行きたくない、洞木さんもきっとアタシを見て幻滅したと思うし」
「そんな事無いわ!」
絞り出すような洞木さんの声が聞こえて、アタシはビックリしてシンジから体を離して振り返ってしまった。
「洞木さん、どうしてここに!?」
「ごめんなさい、惣流さんの姿を見て驚いて立ち去ってしまって、悪い事をしたなって思って戻って来たの」
シンジが尋ねると、洞木さんは走って来たのか息を切らしていた。
「私、惣流さんの服装を見てガッカリしてないわ。逆に嬉しいと思うもの」
「どうして、アタシは洞木さんの前で醜態をさらしたのよ?」
「だって、惣流さんは外見も中身も完璧だったから、雲の上の存在のような気がして近寄りにくかったと言うか……あっ、ごめんなさい、悪い意味じゃないのよ?」
「ううん、私も洞木さんの言いたい事が分かったから」
洞木さんがアタシの事を軽べつしていない事を知って、アタシはホッとすると同時に胸が暖かくなるのを感じた。
「アスカ、立ち話を続けても寒いから、洞木さんに中に入ってもらおうよ」
「えっ、でもお邪魔だろうし……」
「遠慮しないで、アタシ達は友達でしょう?」
「そうね」
洞木さんが笑顔でうなずいてくれてアタシはホッとした。
思えば、中学に入ってから本当の友達と呼べる存在は誰も居なかった。
それはそうね、嘘の自分と本当の友達になってくれる人なんていないもの。
それからアタシとシンジと洞木さんはコタツに入りながらいろんな事を楽しくおしゃべりした。
洞木さんもこれからはヒカリって呼んで良いって言ってくれたしとても嬉しかった。
「でもバカシンジが何でクラスのみんなからあんなに好かれるかどうかが理解できないのよね。アタシみたいに才能あふれる人間ならともかく」
「アスカはひどい事言うなあ」
「碇君は自分をよく見せようと無理をしないで自然体でいるから、みんなに好かれるのよ」
「自分勝手って事?」
アタシが尋ねると、ヒカリは首を振ってさらに説明を重ねる。
「『明鏡止水』って言葉の語源を知ってる? ありのままの自分で碇君と付き合う事が出来るから、気疲れしたりしないのよ」
「そっか、シンジもありのままのアタシを好きだって言ってくれたし」
思わずそうつぶやいてしまったアタシは、あわてて口を手で押さえた。
しまった、ヒカリの目の前だった。
「アスカはその碇君の告白の言葉に心をすっかり奪われてしまったってわけね」
「お願いヒカリ、今のは聞かなかった事にして誰にも言わないで!」
「どうしようかな、アスカってからかうと可愛いし」
「あーん、ヒカリのいじわる!」
アタシは今まで自分を優等生と言う枠に無理やりはめようとなんてバカな事をしていたのだろう。
明日からは正直な自分をさらけだして行こうと思う。
まずは、元気一杯に朝のあいさつをすることから始めよう。
クラスのみんなはそんなアタシの事をどう思うかしら?
仮面を被っていたズルイ女だって軽べつするだろうか?
うん、絶対に居ないとは言い切れない。
でも、アタシは嫌われたり、傷つく事を恐れない。
だって、アタシには支えてくれるシンジやヒカリが居るんだから。