うたをつぐもの―うたわれるもの・After― (根無草野良)
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~第一幕・4~ アルルゥといっしょ・採集


「これはユナギナ。

 葉っぱは熱冷まし、茎はおひたしになる」 

「へえ」 

「こっちはコネリ。実の中身は体にいい。

 ちょっと苦い」

「ほう」

 山を行き、日も暮れ始めた時刻になり、

某(それがし)たちは夕餉の食材を探すため、

森へと足を踏み入れていた。

 目の前でアルルゥが次々と山菜や野草を集めていく。

 わざわざ解説つきなのは、

つまり調理しろということなのだろう。 

「サンカトマの実は乾燥させてから粉にする。

 ぴりっと辛いのが刺激的」 

「なるほど」

 正直見直した。 森へ入る前の祈りも、

某(それがし)のように簡略なものではなく、

古い言葉による格式高いものだった。
   
 まるで巫(カムナギ)か医師のようだ。

 某(それがし)も旅の心得として

野草薬草に関する知識は多少もっているが、

アルルゥのそれは比べ物にならない深さであった。 

「くわしいな。どこで覚えたんだ?」

「おねーちゃんが教えてくれた」

「おねーちゃん……姉上がいるのか」

「ん。おねーちゃん、薬師。

 おばーちゃんと同じぐらいえらい」

 振り返ったアルルゥは少しだけ嬉しそうだった。

「おねーちゃん、ゴハン作るの好き。

 お洗濯も、お掃除も好き。

 怒ると怖いけど、いつもは優しい」

 語る声は楽しげで、表情もやわらかい。

 気持ちはよくわかる。

 良いところも悪いところも含め、

兄弟姉妹という存在は特別なものだ。

「姉上のことを慕っているのだな」

「ん……だいすき。

 おとーさんと同じぐらい、すき」

 口調は変わらず、呟きも何気ない。

 にも関わらず、

その答えには計り知れない重さを感じた。

 決して穢すことのできない、

神聖な誓いにも似た想いだ。

 さほど年の変わらない少女が、

妙に大人びて見える……

 茂みを掻き分け振り返ったアルルゥは、

先までとなにも変わっていなかったが。

「あと、森も教えてくれた」

「森?」

「ん。ヤマユラのカカエラユラの森、ムックルの森」
              
「ムックルの? ……そうか、森の主(ムティカパ)か」

 古き森には神の使いたる獣が棲み、

その地を護っているという。
 
 森の主(ムティカパ)と呼ばれる巨大な獣だ。

 対峙したときに感じた威圧、力、存在感。

 この目で見るのは初めてだが、言われてみれば納得だ。 

 思わず後ろを振り返る。

 後についてくるムックルの不機嫌そうな青い目が、

「こっちを見るな」と語っているように見えた。
           
「それじゃアルルゥは、森の母(ヤーナマゥナ)なのか……」

「んー? アルルゥはムックルとガチャタラのおかーさん」
 
 森の母(ヤーナマゥナ)は森の主(ムティカパ)の意思を代弁する者。

 森の声を聞く、ということもあるのだろう。

 首を傾げるその仕草からは、

とても自覚があるようには見えなかったが。

「そうか。ふむ、人は見かけによらないというが、
    
 まさか森の母(ヤーナマゥナ)とは……」

「お。たいがー、足元」

「あのな、何度言ったらわかる。

 某(それがし)の名はタイ、ガ!?」

 考えながら歩いていた足元が、突然なくなった。

「サンカトマは森の水辺に生える。

 たいてい底なし沼」

「そういうことは、先に言え!

 うおわわわ。く、の」

 沈みかける体を支えるため、

振り回した手が触れた蔓に手を伸ばした。

 落ちかけた体がかろうじて止まる。

「あ」

「な、なんだっ?」

「それ、テクノレクノ。

 根っこが食べられる」

「今は、それどころじゃ――」

「でも、蔓はすごく臭い」

「ふぐぉ!」

 力をこめて握り締めた途端、

肥溜めに似た悪臭に襲われた。

 頭を鉄槌で殴られたような衝撃に耐えながら、

それでもなんとか姿勢を保つ。

「おー」

「み、見てないで、助けろお」

「えー、くさい」

「おいい!」


 ……けっきょく、落ちた。


 テクノレクノの匂いを流し落とすまで

アルルゥが近づこうとしなかったことは、

しっかり覚えておこうと思う。


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