この年末に向け、電子書籍ビジネスがひときわ加熱しています。今年7月に日本でのビジネスをスタートした「楽天kobo」も、11月より新端末を発売し、新規顧客野獲得を加速しようとしています。
では、電子書籍ビジネスにとって重要なことはなんでしょうか? そしてそこで、楽天koboが大切にしていることはなんでしょうか? カナダに本拠地を持ち、グローバルにkoboのビジネスを展開している、koboのマイク・サビニス社長(写真1)に話を聞きました。(西田宗千佳)
日本市場でマンガは重要、新端末にはマンガ向けの改良も
――まず、koboという企業の概要を教えてください。
koboはグローバルな企業です。世界中にビジネスを広げています。現在190カ国で書籍を配信しており、新しい端末のセールスも好調です。端末は日本を含め、カナダ、オーストラリア、イギリス、ドイツなどに出荷していて、先週(10月末)、南アフリカでも新たに出荷を始めました。11月末から12月はじめには、ブラジルでもスタートする予定です。現在端末は8つの言語に対応しており、300万冊の本が配信中です。その数も、毎週何千冊・何万冊と増加中です。
特に現在は、北米以外の市場、アジアであったりヨーロッパであったりの成長がめざましく、それらの地域が我々にとってとても重要になっています。
――複数の言語・文化にコンテンツ配信をする上で重要なことはなんでしょうか?
我々が試みているのは、それぞれの国のローカルなパートナーと組んでビジネスをする、ということです。彼らはユニークで地域に密着した経験を持っていますので。その土地の言語・風習にあったコンテンツ、端末のための技術を提供いただくのはもちろんですが、マーケティングやマーチャンダイジングについても同様です。ビジネスをはじめているすべての地域から、貴重なノウハウを得ています。各国でのコマーシャルも、その土地に合わせたユニークなものにしているんですよ。
日本で7月にビジネスをスタートしましたが、日本は色々な部分で特別なマーケットです。それぞれの端末での書籍購入量は、他の国と比べてもとても多い。その理由は、独自の「マンガカルチャー」があるからです。
そのため、我々は新しい端末である「kobo glo」(写真2)のために色々な工夫をしました。kobo touchで導入したソフトウエアは、glo向けにより改良しています。例えば、マンガで必要となる微細なグレースケールの表現手法について、ソフト処理を大幅に改善しました。マンガはコントラストの階調の重要性が(文字とは)大きく違いますからね。この成果は、ソフトウエア・アップグレードにより、すべてのkobo touchユーザーにも提供されています。また、ストアでも、マンガの表示の仕方を変えています。次の巻・また次の巻と、どんどん読み進めたくなるものですからね。
また、マンガは容量が普通の本よりかなり大きい。ですからよりたくさんのマンガを端末の中に収納できるよう、micro SDによる容量アップグレードの機能も搭載しました。
こういうことは、競合はまだやっていないことだと認識しています。
kobo gloで、XGA(筆者注:1024×768ピクセル)というハイレゾのパネルを採用したことも、マンガにはプラスですね。フロントライトの搭載で、コントラストがはっきりして読みやすくなったことも、この点でプラスでしょう。
各国でなにをすべきかを一生懸命考えて、パートナーとともに、常にサービスの改善に取り組んでいます。もちろん、我々が(各国での)サービス開始初日から、すべてのことができているわけではない、ということは認識しています。ですが、我々は市場の声に耳を傾けています。日本でのマンガ対応は、その一例です。
――新機種の中でも「kobo mini」はユニークなものです。他社は6インチより小さなものの投入を止めています。なぜこの種の端末を用意したのでしょうか?
まず、我々にとって大切なのは「コスト」です。電子書籍専用でないタブレット、アップルやソニーやAmazonのものは、決して安価ではない。我々の端末は「最初の電子書籍端末」として選んでもらえるよう、低価格に抑えています。価格面では、他の電子書籍端末に比べても競争力があると考えています。我々には「誰もが電子書籍を読む端末を手にしてほしい」という戦略があるのです。
6インチのgloもコンパクトではありますが、若者や女性はさらにポータブルなものに惹かれる傾向があるようです。
また、もっともっと若い層に「生まれてはじめて使う電子書籍端末」として使ってもらいたいのです。彼らの手にも、このサイズはフィットするでしょう。私には7歳の娘がいるのですが、彼女も、小さくて軽くてお気に入りですよ。
このサイズで、通信機能まで含めた「フル機能をもった電子書籍端末」であることが重要なのです。6インチのものより小さいですが、体験はまったく変わらない。これまでに存在した小さなデバイスは、無線機能がなかったり性能が劣っていたりしました。Kobo miniはそうではありません。これはきわめて大きな違いです。
koboの考える「オープン」の意味とは? DRMは「数年中になくなる?!」
――各国の事情に合わせていくのは大変なことです。日本でも、スタートでは色々とつまずきがありました。Koboが「グローバルなストア」を目指す理由はなんですか? また、そのためにどのような努力をしていますか?
会社を始めた時、我々は会社のビジョンとして、「現在の書籍市場はデジタルになっていくだろう」と考えました。もちろんそれは非常に長い期間をかけたものになるでしょう。25年前、我々は携帯電話がここまで普及するとは思わなかった。しかしいまや、すべての機器がネットに接続されるようになりました。膨大な量の書籍・雑誌がデジタルで提供されるようになるのは間違いありません。
現在の物理的な書籍のストアは、何千、何万もの書店で構成されています。我々は、それが変わっていくだろうと考えています。私は、1つか2つ、少数のとても大きくグローバルな企業が、24時間365日、書籍を含めた様々なコンテンツを販売していくことになるだろう、というビジョンを持っています。
私達はとても小さな企業でした。ですから、カナダの中だけでトップの会社になるのは難しいと思いました。ですから、我々はグローバルなプラットフォームを作って、どこにいる顧客にも届くようにすべきだ、と考えたわけです。スケーラビリティー(拡張性)が高く、スピード感のあるプラットフォーム開発を進めました。結果、電子書籍の世界ではトップグループの一つになれたわけです。
しかし、プラットフォームとしては、まだ初期段階であると考えています。
例えば、南アフリカでKobo Book Storeをスタートしましたが、今は南アフリカ市場向けの本しか買えません。通貨や言語、文字の流れる方向まで、各国の事情は様々です。それらすべてに対応するプラットフォームを準備せねばなりません。
あるカナダの批評家からは「カナダで必要とされている機能がまだある。なぜあなたたちはそれを準備できていないのか?」と批判されました。それに対する私の回答は、「我々はカナダだけの会社ではなくて、グローバルな会社なのです」というものです。我々はプラットフォームに大きな投資をしています。プラットフォームが簡単に世界中に広げていけるように、です。
日本語への対応についても、色々と技術開発をしています。ユーザーインターフェースからファイルフォーマットまです。
日本の電子書籍市場は、まだまだ始まったばかり。離陸の前の前、みたいな状況ではないでしょうか。市場ではまだプロプライエタリ(筆者注:特定のメーカーが開発した、公開されていない技術)なフォーマットが多く使われています。Koboはグローバルスタンダードで、という方針に基づき、グローバルでオープンなフォーマットである「EPUB 3」を採用しています。我々は積極的に、日本でEPUB 3の利用を進めていきます。まだEPUB 3形式の書籍を持たない出版社とも共同で開発を続け、ドットブックやXMDFといったローカルなフォーマットからの移行を推進していきます。それらのフォーマットからのEPUB 3への変換や品質管理の方法なども開発中です。
確かにこれはとても大変な仕事です。しかしここでリーダーシップを採ることは、単に「日本で日本の電子書籍を売る」ことだけにとどまらず、「世界で日本の電子書籍を売る」ことにも繋がるはずなのです。
――ただ消費者からみれば、結局、利便性が高い形で電子書籍が読めるのであれば、技術的にオープンであるかそうでないかは関係ない、という考え方もできます。実際、Amazonのように、自社フォーマット・自社規格にこだわる企業もあります。それでも「オープンがいい」とする理由はなんでしょう?
いい質問です。
マーケットが初期段階であるうちに、消費者が求めるのは「端末をオンにして、その中で書籍が読める」ということだけです。我々はその時に書籍のフォーマットがなにかを伝えますが、他のストアはそうしていません。
そのうち、消費者は数冊の本をもっているだけでなく自分の「ライブラリー」「本棚」を作るようになっていきます。紙の書籍でやってるのと同じように、です。
しかし「次に買う端末」として同じ企業のものを選ばなかった時、どうなるでしょう? せっかく作ったライブラリーは読めなくなってしまいます。
こういうことはマーケットが初期段階はわかりません。消費者は認識していないからです。しかし市場が成熟するに伴って変わります。アメリカでは「プロプライエタリでクローズな機器は買いたくない」という方向に向かいつつあります。
koboで考えたのはそういうことです。我々のシステムはオープンな考え方で作られているので、他の機器で読むことも可能になります。「あなたのライブラリーはあくまであなたのライブラリー」なのです。我々の顧客は、それを理解しつつあるはずです。
――そのためには「DRM(著作権保護技術)」の問題を解決しないといけません。DRMがある限り、オープンなフォーマットを使っていても、それが障壁となってしまう。DRMがなくなる、もしくは非常に簡易なものにならないと、機器をまたいで自由に本を読む、という世界は実現できません。この点はどうなりますか?
我々は出版社とのパートナーシップを作っています。彼らは初期のステージにあり、特に「海賊版」を気にしています。書籍をデジタル化することに投資しているので、それを盗まれたくないのです。
どちらにしろ、我々は出版社に選択肢を提供しています。DRMを使う方法と、使わない方法です。我々は、出版社に対して両方の選択肢があることを理解してもらおうとしています。初期のステージでは、DRMを使うことを選択する出版社が多いでしょう。DRMについて、我々は、業界で広く使われているアドビ社のものを採用しています。ソニーやGoogleも採用しているものです。
市場が立ち上がって数年が経過すると、DRMはどこかへ行ってしまうのではないか、と思っています。いくつかの出版社はすでに「DRMなんていらない」と言っていますし、そういった出版社は増えていくのではないでしょうか。どちらにしろ、そう長い話ではないでしょう。
――それは、音楽業界に起きたことは電子書籍でも起きる、ということでしょうか。音楽の世界では、配信からDRMがなくなりつつあります。それがいつか書籍でも当たり前になると?
ええ。おおむね同じようなパターンです。市場の初期状態ではDRMが求められましたが、現在はほとんどのところが使っていない。実際には、配信する時に「DRMなし」と「DRMあり」が選べる、という形かと思います。これは我々の考えと同じです。
別の例として、個人出版の話もしておきましょう。我々は「kobo Writing Life」という個人出版サービスを行っていますが、これでもDRMの有無を選択できます。個人出版をする著者は、DRMの必要性をあまり感じていないようです。
読みやすい専用機は「本を愛する」人のためにある
――ところで、koboにとって「専用機」はどんな存在なのでしょうか? 日本ではまだ準備中ですが、スマートフォンやタブレットでも購入した本を読めるようになりますよね? そうすると、専用機の存在はどういう位置づけになるのでしょうか? ビジネスにとってどのような価値を持っているのですか?
実はですね、我々が出資者に向けて、事業の内容を説明する初期ののプレゼンでは、我々は「ハードウエアを手がけず、ソフトとサービスに特化します」と説明していたんです。ハードは作らない、とね。
でも、次の週のプレゼンではこうでした。「我々は専用のハードとサービスを持って、一貫性のあるビジネスを展開します」と。まるっきり反対。「ハードを作る」というページが増えたんですよ。
なぜかってですか? それは、この種のサービスをするには「本を愛する人」を大切にせねばいけない、と考えたからです。我々の顧客の中心は、40代の女性で、フィクションを好んで読む人。そういった人々に、本と同じように愛してもらうなら、快適に読める端末が絶対に必要だ、という話になったからなんです。kobo gloは、他の国と同様、日本の「本を愛する人」にも好きになってもらえる端末だと確信しています。
もちろん、別の観点もあります。子供向けの本やインタラクティブな要素を持った本は、別の端末の方が向いています。現時点ではまだ正式に日本では発表していませんが、カラー液晶のタブレット端末「kobo Arc」は、そういった用途に向いたものになると考えています。
※初出表記で、「現在端末は8つの言語に対応しており、3億冊の本が配信中です」という表現がありましたが、正しくは「300万冊」です。読者のみなさま、ならびに関係者の方々にご迷惑をおかけいたしましたことをお詫びいたします
1969年東京都生まれ。主に初心者向けのデジタル記事を執筆。朝日新聞土曜版beの「てくの生活入門」に寄稿する傍ら、日経BP社のウェブサイト日経PC Onlineにて「サイトーの[独断]場」を連載中。近著に「パソコンで困ったときに開く本」(朝日新聞出版)、「すごく使える!超グーグル術」(ソフトバンククリエイティブ)などがある。
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは「電気かデータが流れるもの全般」。朝日新聞、アエラ(朝日新聞出版)、AV Watch(インプレス)などに寄稿。近著に「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「スマートテレビ スマートフォン、タブレットの次の戦場」(アスキー・メディアワークス)、「リアルタイムレポート デジタル教科書のゆくえ」(TAC出版)がある。