一青窈の「ハナミズキ」
(ボーカル;徳永英明)
私のホームページで、ご紹介したい動画は、
一青窈さんの『ハナミズキ』を徳永英明氏が歌ったものです。
BGMを止めて、上記の動画をご覧下さい。
この、歌詞は素晴らしいですね。
詳しくは、下記、関連エッセイに執筆していますが、この作品の歌詞の『水際』は、
日本の華道の言葉で、『命』の比喩なのです。
また、『100年続きますように』は、
『人間なんて好きな人と100年程度生きていられたら幸せなんだ』
という無常観に基づいているのです。
さらに、『ぼくの我慢』が、『ぼくが生きることを諦める』の比喩だ
ということを考えると、とても平常心では歌えない傑作なのです。
一青窈さんが、台湾のご出身だということを考えると、
素晴らしい才能と努力の賜物の詩なのです。
関連エッセイ;「君と好きな人が100年続きますように」
徳永氏の演奏を取り上げた理由は、言葉の意味をよく表現していることと、
アレンジが素晴らしいからです。
が、何よりも、冒頭の静かなところのピアノとのデュオを演奏している、
若いピアニストのフレージングのとり方
(つまり、ダイナミスムの微妙な調節)が素晴らしいからです。
彼は、とても才能豊かなピアニストです。
きっと、フォーレの室内楽などが得意な若者だと私は確信しました。
この、徳永英明さんのバックバンドの中心は、ピアノ(キーボード)です。
聴けば明白ですが、ストリングスの響きはピアノの響きと溶け合うので、
のびのびとやっていましたが、ドラムはピアノの音を消さないように
ビートを刻むだけでした。だから素晴らしい結果になったのです。
さらに、最後に、静かに終わるところで、この、若いピアニストが
Cmajor7の解決の和音を響かせたときの、Cmajor7の解決の和音を構成する
4つの音の絶対音のそれぞれの相対的な強さの調整が完璧だったので、
全体の和音が弱音でも十分な効果を発揮したことは素晴らしいことです。
まあ、人の演奏の批評文を公開するのならば、音楽に関しては、
以上の様な音楽用語という名詞を使って、断定出来ないと、
それを作ったり演奏している人に対して失礼なことなのです(笑)。
徳永英明さんはこの、解決の和音に溶け合う歌声で歌っています。
私は、正直に、この名演に深く深く感動しました。
何て素晴らしいグループでしょう!
「K.OKADAワールド」は、四国・高松在住の、私、岡田克彦の、ライフワークの、作曲・アレジ・ピアノ演奏をテーマにしたホームページです。
2011年3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震に遭遇し、悲惨な状態に陥っている被災者の皆様を励ましたいと思い、トップページ、エントランス等の添付音楽を大幅に変更しました。
BGMを、被災されてご自宅もなくなり、仮設住宅等で過ごされている被災者の皆様のハートに届くような前向きの音楽作品にしましたので、
現在、東京から母の介護のためにUターン後、スローライフを送っている、私の故郷の、まだ、地域コミュニティーが健在の四国高松の、自然豊かな風景の背景と共に、お心を癒して、どうか、
首都圏ではすっかりなくなってしまった、弥生時代からの長い長い歴史のある、日本の地域コミュニティーを大切に、前向きになって下さい。
どんな事態になっても、現在地方都市にしか残っていない、日本の地域コミュニティーの重要性を認識している日本人は全員、皆様の味方です。
実際、私の小学校時代からの同級生の、現在、JA香川県の参事をしている親友は、風評被害にあっている、福島県産の農産物を率先して購入する運動をしています。
一方で、これまで、お金の獲得のためだけに、奔走し、人様の作った会社を株式の時価総額で判断してM&Aしたり、人件費を削減するために派遣社員を雇ったり、リストラして内部留保だけ
してきた、会社経営者は、この先、放射能汚染で日本が滅んだ時、日本国内ではサバイバル出来ないのですから、さっさと、拝金主義(マネタリズム)の総本山のアメリカのスタンフォード
あたりに移住した方が身のためですよ(笑)。だって、彼らのモットーは、保身、なのでしょうから、暗殺されることはないと思いますけど、全ての地方都市在住の日本人から無視されることは、
大変に辛いことでしょうからね(笑)。
地域コミュニティーに支えられている全ての日本人から無視されることを、地域コミュニティー用語では、「村八分」と言います。
そして、農耕民族国家の日本においては、M&Aよりも村八分の方が長い長い歴史に支えられていますので、はるかに強いことは、皆様、ご高承のとおりです(笑)。
また、毎年の損益分岐点にばかり一喜一憂してきた投資家(つまり、ケインズ経済学で言うところの、マクロ経済学における frow という、超短期のことだけ考えて来た、その日暮らしを旨として
生きてきた、株主の皆様)も、全て、同罪であることを深く悔いて、内部留保の数十億円などは、彼らにとっては、はした金なのでしょうから、全て、被災者に直接寄附しなさいね。
それが、唯一の、生きたお金の使い方ですよ。お金は歴史においては道具に過ぎないのです。道具に振り回された皆様は、道具をこの世に生きた形で残さないと地獄に落ちますよ(笑)。
さて、アメリカにもいろいろあるのですが、300年後、残っているものは、音楽芸術の世界では、ミュージカルだけでしょうね。それくらい文化は強いのです。
今後、拝金主義に陥った、首都圏の心無い人達や、視聴率しか考えていない劣悪なマスコミの放送局や、自称コメンテータが、さらなる原発事故の風評被害を撒き散らすようなら、
ただではすまないですよ(笑)。
乳幼児以外の皆様は、放射線を受けても受けなくても、人間という動物が、1万年も生きることがないこと、すなわち、人類も自然の一部に過ぎないという、あたり前のことを考えれば
よいのです。
まずは、下記の、私がとても感動してエッセイに書いた、岩手県陸前高田市の避難所で、被災した中学生たちのエピソード、私の住む四国・香川県からの大地震被災者への支援体制の一部を
ご紹介したエッセイ、私のニューヨーク在住の音楽の友人から届いた、今回の大震災に関するニューヨークでの反応を、ご覧下さい。
トップページの背景は、私の住む、四国高松、栗林公園の満開の桜です。
また、下記から、私の近作、香川県の文化「讃岐うどん」や、穏やかな瀬戸内海に面した、風光明媚な香川県の風景をお楽しみ下さい。
一番下の、私が生まれ育ち、現在住んでいる、四国高松の瀬戸内海の、高松築港沖からの、屋島の眺めの写真をクリックして、エントランスにお進み下さい。
なお、私は、個人情報保護法のような悪法の一切必要ない、日本に住んでいますので、住所地と本名を銘記しています。人と人の出会いにおいて、ハンドルネームがないと、
直接相手に向かって自分の意見も言えないような、自分の感受性に自信のない情けない人間ではないので、出会う人達に対しても、感受性に基づく正直な意見を素直に私に面と向かって、
直接おっしゃることを、強く要求しています。
すなわち、人の生き方に対して陰湿な陰口を叩くような無駄な生き方をしている皆様には、陰口ではなく表口を叩くことを強要しているということです(笑)。
聖書にも書いてあることですけど、『額に汗して』動かない人間の存在を私は認めません。
そして、もちろんのこと、老子の言葉『天網恢恢疎にしてもらさず』を、ただの戯言だと軽視している皆様には、いずれ、天罰が下ることを確信しております。
私は、
「2ちゃんねる」のような巨大掲示板
〔ここは、古代ローマ時代のイタリアの詩人・ホラティウスの名言「放たれた言葉は、再び帰らず。」を、21世紀の今日においても、全く、認識せず、理解していない、
一般教養のおそろしく欠如した物体の集合場所です。〕
で、匿名をいいことに、あーでもない、こーでもない、と、付和雷同と共感の区別もわからず、無責任に騒いでいるような物体の基本的人権を認めておりませんので、
そのような物体が、何十年も経過して、「悪いことをしたな」と後悔、懺悔、反省しても、絶対に許さないことに決めております。
・・・・・と、ここまでお読みになられた方で、所謂「ドン引き」をして、私のホームページから立ち去ってゆく皆様は、全員、自分に危害が降りかかることを怯えているだけの、
ただの臆病者の、「2ちゃんねる・ネットウォッチ板」予備軍ですので、どんどん、出て行ってくださいね。
私のオフィシャルホームページ「K.OKADAワールド」は、開設10年少しで、世界中からの来客数が、900万人を超えるような勢いなので、来客数が多すぎて困っておりますので、
この程度の警告で、「ドン引き」する皆様は、福島県から転校して来た学生を、「放射線がやってきた」、と差別したりいじめるように、ご自身の子供をしつけるような、
竹中平蔵あたりの学者崩れとどっこいどっこいの、大変にご立派な人生を歩まれていることでしょうから、
ヒューマニストでアーティストの私の邪魔ですので、私のホームページから、ただ「ドン引き」するだけでなく、退室して、二度と、いらっしゃらないで下さいね(爆)。
最後に、私は、無教養で無知蒙昧な皆様を、「差別」しているのではなく、お互いの幸福のために、「区別」しているだけであることを、つけ加えておきます。
どんなに、無教養で無知蒙昧な皆様でも、「差別」と「区別」の日本語の意味における違いくらいはおわかりになることと、思っております。
が、それすらもわからない方、あるいは、私の申し上げる「区別」を「差別」と、自分に都合のいいように意識的に間違えた解釈をして、「2ちゃんねる・ネットウォッチ板」等での
ご自身の主張を有利に正当化するような、実りのない行為を繰り返している、押尾学被告と同程度の煩悩の塊の皆様は、ご随意になさいませ(爆)。
なお、上述の岩手県陸前高田市の避難所で、被災した中学生たちのような素晴らしい若者がいる一方で、
東北地方太平洋沖地震の被災地界隈の東北、関東地方で、倒壊を免れた住宅で窃盗をしている物体や、
首都圏界隈で、緊急な必要もないのに食料品やガソリンを買い占めることだけに奔走し、自分と自分の家族だけ天寿をまっとう出来れば被災者はどうなってもいいと思っているような物体が、
多々出現しているようですが、このような物体の出現の原因の全ては、その親のしつけにあります。
すなわち、このような未曾有の自然災害による他人の不幸に接しても、お金のためには何でもやりなさい、と言って教え育てた親のような物体が日本国内に生息していることが、
由々しき事態なのです。
私は、1994年に肝硬変の末期症状で倒れた年老いた母・岡田直子(下記写真)の介護のために、早稲田大学政経学部入学以来住んで勉強した東京や、住友信託銀行に就職して働いていた東京や
関西から、出身地の四国高松にUターンして自分の手で母を介護出来、2006年に、目の前で呼吸が止まって息をひきとるまで面倒を見れたお陰で、自分の生き方に全く後悔することなく、
生まれ育った、うどんの聖地・四国・香川県高松市に住んでいます。
高松市栗林公園日暮亭にて(母、弟と)
高松市香川県民ホール喫茶にて(母と)
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高松市珈琲珈蔵にて
坂出市瀬戸大橋公園にて
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高松市公渕森林公園にて(母と)
高松市屋島四国村異人館にて(母、弟と)
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高松へUターンした37歳当時の私は、住友信託銀行で調査役補として勤務していて、年収は1000万円程度ありましたが、金融庁の指定で、
絶対に住友信託銀行の支店が開設されることのない高松にUターンするには転職を伴いましたので、年収が激減することはわかっていました。
が、自分の母親を老健施設に放り込んで、お金でけりをつけるようなことは、人間のやることじゃない、と確信していました。
人の命とお金のような物体は、全く別次元に存在しているのです。
ところが、偶然にも、母の介護のためのUターンは、阪神淡路大震災の半年前でした。
亡き母のお陰で、Uターン直前に住んで住友信託銀行本店で勤務し、宝塚市の独身寮に住んでいた私は、阪神淡路大震災の際には、高松もだいぶ揺れましたが直撃を免れることが出来ました。
さらに、前述のような現在の事態に接し、金の亡者を大量生産している首都圏に住んでいなくてよかったなあ、と、天国の母に心の底から感謝しております。
東北地方太平洋沖大地震の被害の収束、特に、福島原発の風評被害が消えるまで、まだまだ時間がかかりますし、失われた人間の命は、もう二度と戻って来ません。
被災された、東北地方の皆様におかれましては、まだまだ、長い時間がかかりますが、どうか、希望を捨てずに前向きに、ゆったりと歩んで下さることを願っています。
私のこの世での残された時間は、30年程度でしょうから、最後まで、ゆったりと、讃岐うどん以外は、福島県等東北地方産の農産物や海産物だけを、取り寄せていただくことにしています。
同様、日本の各地方都市在住の皆様は、ゆったりと、東北地方産の農産物や海産物を、取り寄せて食べて生きれば、必ず、東北地方の復興の役に立ちます。
そのあたりの願いを秘めて、ミクシィにて、『風評被害を吹き飛ばそう!』というコミュニティーを作りましたので、下記をクリックしてどうぞ!
ところで、作曲活動は、人間の社会生活の場よりも上の次元にあるもののようで、3歳の時からピアノ、11歳の時から作曲をいろいろやってきた自分においては、年収や住所地などとは全く
無関係に、曲想のモティーフが浮かぶときには浮かぶもののようです。