ユダヤロビーの敗北
田中 宇 | 国際情勢解説者
11月6日に米国の大統領選挙でオバマの再選が決まった直後、イスラエルの諜報機関モサドが、インターネット上でエージェント(スパイ)の新規募集を開始した。勝利を象徴する画像がつけられた募集のページが不気味な雰囲気を醸し出していたこともあり、イスラエルでは「モサドは、かつて(ケネディの時)のように、イスラエルの意にそぐわない米大統領(オバマ)を暗殺しようと殺し屋探しを始めたのかも」と言われているという。(Obama's Victory Shocks Israel)
ユダヤ陰謀論好きが多い日本ではモサドのオバマ暗殺計画を真に受ける人が多いかもしれないが、イスラエルではこの話が冗談・皮肉として発せられている。イスラエルの右派勢力がオバマの勝利に衝撃を受けている様子を象徴する政治寓話として、この件が紹介されている。イスラエル右派の間では、暗殺話が出るほどオバマが嫌われている(だから本気で暗殺するかも、という考え方ができなくもないが)。(Obama Re-Election Spells Trouble For Netanyahu)
ネタニヤフ首相ら政界中枢とイスラエル右派の多くはロムニーが勝つと予測し、オバマの勝利にショックを受けた。特にネタニヤフ首相は、9月からロムニーを公然と支持する姿勢を示し、オバマとの関係が悪化してもかまわない態度だったので、今後の米政府との関係をどう修復するか困窮している。(Netanyahu's red lines mark split with US)
ネタニヤフの側からだけでなく、オバマも9月のニューヨークの国連総会の傍らでネタニヤフと2者会談することを断るなど、オバマの側からもネタニヤフを疎んじた。当時、米イスラエルのマスコミは「イスラエルと対立するなんてオバマは馬鹿だ。これで再選の望みを失った」と書き立てた。(Even if he's got a point, Obama is wrong to snub Netanyahu)
だが実際には、懸念されていたユダヤ票の離反が起きなかった。米国のユダヤ系は伝統的に民主党支持で、オバマは前回08年選挙でユダヤ票の74%を得た。オバマは今回ユダヤ票の69%を得ており、5%の減少だったが、この減少度は、米国の他の系統のマイノリティ層のオバマ支持の減少率と同程度だ。ユダヤ系だけが離反したのではない。得票率は下がったが、オバマは再選された。(Jewish Vote Goes 69 Percent For Barack Obama: Exit Polls)
イスラエルのネタニヤフ首相や、リーバーマン外相ら右派勢力がロムニー当選を確信していたのは、ネタニヤフやリーバーマンの政治顧問をしてきた米共和党の選挙参謀でもあるアーサー・フィンケルシュタイン(Arthur Finkelstein)が、ロムニーの当選が確実だと予測していたからだ。(Arthur J. Finkelstein From Wikipedia)
今回の選挙でロムニーや共和党議員候補に最大の資金援助をした、ラスベガスやマカオで賭博場を経営する米国屈指の大富豪シェルドン・アデルソン(Sheldon Adelson)も、フィンケルシュタインからのアドバイスをもとに、ロムニー勝利を信じて動いていた。フィンケルシュタインもアデルソンもユダヤ人だ。イスラエルのネタニヤフやリーバーマンも、以前からアデルソンから資金援助され、フィンケルシュタインを選挙参謀として使っていた。(Tough Night for Sheldon Adelson, Mogul's Candidates Mostly Fail To Win)(Sheldon Adelson From Wikipedia)
フィンケルシュタインは、得票予測や広告戦略など米共和党の選挙に40年以上関わり、冷戦後はイスラエル、東欧、カナダなど、米国外の保守政治家の選挙参謀も手がけてきた。彼は今回の米大統領選挙に際し、フロリダ、オハイオなど激戦州(スイング・ステーツ)のすべてでロムニーが勝ち、総得票率でもロムニーがオバマより4%勝ると予測し、ネタニヤフやアデルソンはこの予測を信じて共和党に賭けた。だが実際のところ、ロムニーが勝てた激戦州は一つだけで、総得票率もオバマの方が2%上回った。この6%の誤算が、イスラエルを国家的な窮地に追い込んだと報じられている。(Betting on the wrong horse: The night Benjamin Netanyahu will not soon forget)
米国の大統領選挙はこのところいつも僅差で予測が難しい。それなのにネタニヤフが国運を一方の候補だけに賭けるという、イスラエル史上前代未聞のリスクを取った理由は、アデルソンという政治資金源と、フィンケルシュタインという政治顧問が一体になってイスラエル右派に入り込んでいたからだろう。後から考えれば、馬鹿馬鹿しい賭けだった。(Netanyahu's Nightmare)
米イスラエル関係が悪化するとともに、米政府内から「イスラエルこそ米国の国益にとって最大の脅威だ」とする報告書が、大統領選挙前に静かに出されていたとの指摘がある。CIAなど米政府の16の諜報機関が共同でまとめたという。イスラエルは米国内でスパイ活動や武器持ち込みをやっており、シオニストは米国の国益に反しているとも書いている。イスラエルがイスラム諸国と戦争して国家消滅することを示唆して「イスラエル後の中東への準備」と題する報告書だという。これらの指摘は現実を的確に言い表している。報告書の存在が事実だとしたらすごいことだが、米当局が本当にそんな題名の報告書を出すとも思えず、嘘くさい感じもする。(An 82-page analysis concludes that Israel is currently the greatest threat to US national interests)(US Preparing for a Post-Israel Middle East?)
もし報告書の存在が事実だとしたら、CIAなど米国の諜報機関と、イスラエルや在米右派との激しい暗闘が起きているはずだ。最近、CIAのペトラウス長官が不倫発覚で辞任したが、あの辞任は、CIAとイスラエル右派との戦いの一環なのかもしれない。少なくともペトラウスは、以前からイスラエル右派を批判する発言をしていた。(Was Petraeus brought down by his secret love-life or by AIPAC?)
米国が「テロ戦争」の一環で中東のイスラム主義を扇動し、イスラム側とイスラエルとの対立が強まった結果、イスラエルでは世論が右傾化してリベラル・穏健派への支持が減り、右派連立政権を組むネタニヤフは一人勝ちの状態だった。ネタニヤフは、優勢が続いている間に権力を固めておくことを決め、10月初旬に議会を解散し、来年1月に総選挙を行うことにした。しかし、この戦略もフィンケルシュタインの発案だった。フィンケルシュタインは、ネタニヤフの圧勝を予測しているが、この予測に対する信頼性も揺らぎ出している。オバマ当選後、イスラエル政界も先行き不透明な状態に陥った。(Netanyahu stands unchallenged in Israel's political landscape)
イスラエル右派は1970年代から米政界を牛耳ってきた。オバマも議員だった時代から、イスラエルに気をつかってきた。大統領選への出馬表明後の08年7月には、大統領候補としてイスラエルを訪問し、オルメルト首相と会食したり、イスラエル政府のヘリコプターで遊覧飛行したりしている。今回の選挙戦でロムニーは「(私は行ったが)オバマはイスラエルに行っていない」と批判したが、イスラエル政府は選挙後、08年のオバマのイスラエル訪問について改めて指摘し、イスラエル政府はロムニーも乗せなかったヘリにオバマを乗せて歓待したことを、いまさらながらに発表した。(Betting on the wrong horse: The night Benjamin Netanyahu will not soon forget)(反イスラエルの本性をあらわすアメリカ)
オバマはこれまでイスラエルに気をつかってきたが、今回イスラエルに頼らず勝ったオバマは、今後4年間、イスラエルに気兼ねせずに外交戦略を進められる。米大統領は一回しか再選が許されないので、今のオバマのような2期目の大統領は、再選を左右するイスラエルや軍産複合体に気兼ねせず思い切った政策を手がける傾向にある。オバマ再選は、脅しやスキャンダルをつかって米政界の全体を何十年も牛耳ってきたイスラエルにとって恐るべきことだ。イスラエルと組んで米政界を動かし、中露などを敵視する冷戦型の世界体制を維持して米国の覇権を維持してきた軍産複合体にとっても同様だ。(Netanyahu Rushes to Repair Damage With Obama)
【(2)に続く】