■韓国本国に見られるトレンドの変化
総研そもそも今の日本には、どれくらいの韓流ファンと呼べる人がいるのでしょうか。その人口をどう捉えていますか。
横田博氏(以下、横田) DEGジャパンのユーザー調査によると、何かしら映像ソフトを購入したことがある人は26.5%で、そのうちアジアドラマは2%。その8割が韓流と想定し、この数字をもとに日本全体の人口から逆算すると、ざっと50万人。少々乱暴な計算ですが、『冬のソナタ』のDVDの約45万部という販売実績を考えると、パッケージを購入していただいている韓流ファンは45万~50万人くらいでしょうか。

横田 博氏
大柳英樹氏(以下、大柳) うちが出している韓流ドラマのサントラCDでは、数年前のヒットタイトルで10万部超ですね。
横田 うちのヒット作の『宮-クン-Love in Palace』も、ディレクターズカットを含めて約10万部。そうすると、パッケージ購入経験のある方が50万人ほどいて、今はタイトルごとに最大10万人のファンがついているといえますね。ただ、レンタルとなると、のべ回転数は出ますが、何人に借りていただけたのかは分からないのが現状です。大柳さんはそのあたりも掴んでいるのでは?
大柳 うちも掴みきれていません。ファン人口は何を基準にするかによりますよね。「ポニーキャニオン韓国ドラマPROJECT」と題してオープンしているtwitterには、フォロワーが約5700人いて、この方々は積極的に情報をチェックされているコアファンといえると思います。また、韓流コンテンツを専門に扱う携帯電話向け有料配信サイトの方に伺うと、会員数は冬ソナブームの頃から一時期減ったものの、10万人はキープしているそうです。10年にフジテレビ韓流αで放映した「華麗なる遺産」は最高視聴率が9.7%で、東海テレビでは13%台という記録的な数字も出ています。そうすると、韓流ドラマをテレビで見たことがある人を含めると、全国で1000万人はいるのではないでしょうか。

大柳英樹氏
総研 そこに今のK-POPファンも加えるとかなりのボリュームになりますね。冬ソナの04年を第1次韓流ブームとすると、今のK-POPの勢いは第何次ブームなのでしょうか。
横田 第3次ではないでしょうか。冬ソナや四天王で大きな山があり、07~08年には『私の名前はキム・サムスン』『宮廷女官チャングムの誓い』『朱蒙〔チュモン〕』などでラブコメ、歴史ドラマを含めた第2次ブームが訪れ、さらにそこにK-POPが加わっているのが今、という流れですね。
総研 今のK-POPファンはドラマも見ているのでしょうか。
大柳 興味を持たれている方は増えていると思います。先ほど言ったTwitterにも、K-POPファンから韓流ドラマを初めて見て面白かったというツイートも寄せられていますから。
横田 カラオケでも、特にK-POPは本人出演の映像へのニーズが高いと聞いています。K-POPはビジュアルも含めた作品ですし、本人と一緒に歌って踊って盛り上がれますからね。そういう点でも、音楽や映像というジャンルの垣根がなくなっているといえますね。
総研 韓流ドラマの今のトレンドについてはいかがですか。これまでと違った変化などはありますか。
大柳 日本では地上波テレビの影響が強く、放映作品からヒットが生まれるという構造は今も変わりません。日本での放送枠は午前中や昼の時間帯なので、視聴者は第1次から韓流ブームを牽引してきた50代・60代の主婦層が中心です。一方、今の韓国では、テレビドラマ枠は夜9時以降が中心のため、日本と同様に幅広い層を狙った作品作りが進んでいます。そのため、日本のファンはラブコメなど昔ながらの韓流ドラマを好まれる傾向が強い一方で、韓国のトレンドにはジャンルの広がりが見られ、そこにギャップが生まれているともいえます。
横田 確かに。うちでは今年、『イタズラなKiss』のDVDが最も売れているのですが、韓国では視聴率が3%台と低迷したんですよね。韓国のプロデューサーに続編を作ってほしい、ファンも待ち望んでいますからと言っても、この作品を話題にすらしてほしくない感じです。
大柳 韓国の生活スタイルの変化も、ドラマのトレンドに影響を及ぼしていると思います。かつての韓国ではお茶の間で家族揃って楽しまれていたのですが、特に今の若者は夜には街に繰り出し、ドラマは配信や録画で視聴する。そのため、『イタズラなKiss』のように若者にターゲットを絞った作品では、視聴率につながりにくくなっているようです。
総研 そうした変化に伴って、ドラマのジャンルの多様化が進んでいるということですね。
大柳 韓国のドラマ製作者からすると、日本市場は重要な位置づけであることは確かです。しかし、日本を意識した作品作りに固執していては、肝心の国内での土台が揺らいでしまいかねませんから。
横田 しかも、韓国の視聴者は日本に比べてクオリティに対して相当厳しいですよね。特に今は、ドラマや映画を見て面白くなければ、一斉にネットを通じて酷評が広がってしまいます。
大柳 韓国の方々は血が熱いというか、喜怒哀楽の激しい国民性ですから、面白いか面白くないかを歯に衣を着せないでストレートに表す傾向があります。そのため、韓国の制作現場では、視聴者の動向を意識した作品作りが徹底されているんです。
横田 『冬のソナタ』の頃も、視聴者の反応を見ながらギリギリまで脚本を練り上げていたため、脚本が上がり次第すぐに撮影して放送するという状況だったと聞いたことがあります。
大柳 今も変わらないようですよ。韓国では視聴率が取れればさらに広告収入が増加する仕組みがあったり、制作会社からの持ち込み企画などで視聴率が5%を切ると制作会社に罰金を科すという 契約条件もあるそうです。私は何本か撮影現場に立ち会ったことがあるのですが、役者さんに話を聞くと、その日の脚本が現場にメールで送られてくると。立ち会った現場でも、放送日の朝まで撮影し、大急ぎで編集して夜の放送に間に合わせていましたからね。制作側はもちろん、キャストも視聴者を強く意識し、作品を成功させようというモチベーションが高い。その情熱が韓国コンテンツの強さにつながっていると思います。
横田 韓国は日本に比べて内需が小さく、競争に勝たないと生き延びられない。そうした競争社会も強さを育んでいるのかも。
大柳 日本との制作スタンスの違いもあります。日本のドラマはキャストのバリュー重視で、まずキャストから決まることが多いですが、韓国では企画と脚本ありき。タレント側も脚本へのこだわりが強く、事前に脚本を読み込んで内容を吟味した上で、出演するかどうかを判断する方が多いそうです。だから韓国では脚本家の地位が高く、各局が人気脚本家を奪い合うという状況も生まれています。そのため、脚本家の1話あたりのギャランティもどんどん上がっているようです。脚本は作品の土台になる重要な部分ですから、それが健全だといえますよね。ただ、最近は日本からも予算が投入され、この人のドラマを作ってほしいという要望も出てきており、実際にK-POPアイドルを主演にしたドラマも何本か作られています。そういう意味では、韓国と日本の制作スタンスが混ざり合い始めた過渡期だともいえますね。
総研 ドラマと同様、韓国映画もクオリティの高い作品が多いですよね。ただ一方で、ドラマに比べて映画はなかなか日本のファンに受け入れられていないように感じますが。
横田 日本のドラマファンはタレント個人への思い入れが強く、お気に入りのタレントを長く見られるドラマのほうに目が行く傾向にあると思います。主人公の出生の秘密や普段の生活ぶりまでじっくりと見たいのに、映画のように2時間弱で終わりでは物足りないと。しかも、映画と違って、ドラマだとキャストがお茶の間まで会いに来てくれますからね。
総研 でもファンなら映画も見たくならないのでしょうか。
横田 もちろん熱心なファンは映画館にも来てくれています。ただ、ドラマはシリーズを通じて一人で10枚以上レンタルしてくれますが、映画は劇場の入場料とパッケージ1枚分の収益に限られます。客単価が安いため、キャストのファン以外の方にも広げないとビジネスとして成り立たなんですよね。
総研 日本以外の国や地域でも、韓流コンテンツの需要は高まっていますよね。
横田 中国でも人気が高く、東南アジアにも広がっていますね。さらに今は中東での人気がすごいらしいですよ。イランでテレビ放映されている『宮廷女官チャングムの誓い』は、視聴率が80%を越えているらしいです。K-POPもドイツなどヨーロッパの一部で流行ってきていると聞いています。
総研 海外でも認知が進む韓国コンテンツに比べて、日本のコンテンツの海外戦略は遅れを取っているように感じますが、そこにはどんな要因があると思いますか。
横田 得意分野が明確になってきているのでは。アジアで考えると、現代ドラマは圧倒的に韓国の評価が高いですが、アニメやコミックでは日本のコンテンツが断然強い。ではなぜ日本の現代ドラマが受け入れられないかというと、先ほど大柳さんがおっしゃったように日本のドラマはキャストありきだからでしょう。日本市場だけならそれでいいのですが、海外ではキャスト力だけではどうしても厳しいですよね。『花より男子』も日本、韓国、台湾で制作されましたが、日本版は国内では爆発的にヒットしたものの、海外では苦戦しましたから。
大柳 韓流ドラマはディテールよりも物語そのものにこだわっているという点も大きいですね。確かに「何で突然こうなったの?」という突っ込みどころも満載ですが、ディテールは多少いい加減でも、思いもよらない展開で視聴者をぐいぐい惹きつけますよね。制作の方と企画について議論する際も、日本ではディテールを気にされますが、韓国では人間関係や登場人物のルーツ、ドラマの伏線などが話題の大半を占めますからね。
横田 偶然が多過ぎますけどね(笑)。でもそこが面白い。
大柳 それくらい展開が速くてドラマチック。だから国境を越えても、面白いと感じてもらえるのだと思います。演技についても、細かい演技は日本の役者さんのほうがうまいかもしれませんが、韓国の役者さんは感情表現がとにかく激しい。NHKで放映中の『赤と黒』のお母さん役の怒り方なんて、思わず笑ってしまうくらいの激しさですよ(笑)。日本だと現実的にそんな怒り方はしないよねという指摘が入りそうですが、思いっきり泣き叫んで怒ったほうがわかりやすいし、誰が見てもドラマに入り込みやすいと思います。日本でもそうした点が改めて評価され、日本にも韓流ドラマを見て研究されている制作者が出てきていますよね。
横田 しかも、この世界的な韓流の勢いは自然発生的なものではなく、教育も含めて国策として仕掛けられていますから、より強力なんです。映像文化で先陣を切り、海外からの韓国に対する好感度を高めていく。その戦略が見事にハマっています。
総研 韓国の方々の意識が海外に向かっているとなると、日本側としても韓国とのビジネスがやりやすくなってきていますか。
大柳 そうですね。以前はブローカー的な人たちが多く介在し、何かとトラブルが絶えませんでした。しかし今はそこも淘汰が進み、放送局や制作会社と直接交渉できる機会が増えています。そういう点ではシンプルでやりやすくなっていますね。
横田 ただ、韓国の芸能プロダクションとタレントさんとの関係によっては、まだブラックボックスの面があることも否めず、お互いに不安を抱えているのも事実。その点ではマネジメントの行き届いた日本よりも少し遅れているかもしれません。
総研 その点でもトラブルの解消に向けて、国が契約のひな型を作るなど、改善の動きも見られます。
大柳 韓国のタレントさんが日本で活動する際も、日本と韓国との契約交渉がスムーズに進むようになってきています。特に今、K-POPのタレントは日本で引っ張りだこの状況ですから、韓国でも地位が上がってきていると聞いています。ドラマの役者さんも、日本で韓流ブームが起きてから発言力が強まり、独立して個人事務所を構える人が増えてきていますからね。
総研 両国の垣根がなくなりつつある中、今後に目を向けると、日本での韓流ビジネスの可能性はさらに広がりそうですね。
横田 第1次韓流ブームの頃は、テレビ放映やパッケージビジネスがあるくらいで、いつまでブームが持つだろうという感じでしたが、それがイベントやグッズ、出版など周辺ビジネスも広がっています。コアなファンの方々は、タレントさんと直に会えるイベントを最優先されているくらいです。これからさらにボーダレス化が進めば、日韓によるコンテンツの共同製作なども活発になってくると思います。
大柳 韓国の海外戦略は今、欧米も視野に入れていると聞いています。マーケットが拡大すれば、それだけリクープしやすいですからまとまった予算をつぎ込むことができ、作品の規模もクオリティも一層上がってくるでしょう。しかもチャネルが増えれば単価も抑えられるため、価格面でも競争力が非常に強まります。そうなると、日本のドラマの海外シェア獲得は相当厳しくなりますから、日本から韓国側へ作品の企画を提案したり、共同製作を持ちかけたりする動きがどんどん増えてくるでしょうね。
横田 エンタメコンテンツ以外では、例えば食材。韓国の雑貨を扱うお店なども多い新大久保周辺は、平日からお祭り騒ぎのような賑わいです。私たちが扱う映像パッケージの購入は、基本はタイトルにつき一人1枚。しかし、食材のような消耗品は何度でも繰り返し買っていただけるものですから、ビジネスが定着すれば、市場規模はかなりのボリュームになると思います。
大柳 韓国の化粧品も日本で人気が高く、電化製品もどんどん入ってきています。東京-ソウル間の飛行機もたいてい満席状態。かつては韓国に対してネガティブなイメージもあったかもしれませんが、世代が変わるにしたがって抵抗感がなくなり、韓流ビジネスは業界を問わずさらに勢いづくでしょう。
横田 02年のワールドカップ日韓共催を経て、04年の冬ソナブームが第2次、第3次ブームにつながり、両国間の距離はぐっと近づいています。私たちとしても、ビジネスの可能性が大きく広がっていくと期待しています。
(2011年11月9日公開)