「碇ユイさんに会いたくはありませんか?」
碇ゲンドウは驚愕した。突然目の前に“出現”した男に。そして、その男の口から放たれた一言に。
助っ人
第1話 「第1の布石」
ここは特務機関NERV 総司令執務室。誰にも気付かれずに潜入することは不可能に近い。それに、男が言った言葉は、彼は自分たちの計画を知っている可能性が高いことを示していた。男の身長は180センチ前後、声や体格から、若者であることはわかった。ジーンズに黒いパーカーを着ているが、フードを被ってやや下を向いているため、顔ははっきりとはわからない。しかし、ただものではない。そう思いゲンドウは焦ったが、数秒で冷静さを取り戻し男に訊ねた。
「誰だ、貴様は」
「僕の問いに答えて下さい。碇ユイさんに会いたくはありませんか?」
「ああ。だが、今はまだ不可能「いえ、僕なら会わせてあげる事ができますよ。正確には“初号機の中からユイさんをサルベージすることができる”ですね。まあ、僕が出すいくつかの要求を呑んでいただければ、ですがね」
ゲンドウの言葉を遮るように、男はフードを取りながら言った。
「!!」
やはり、ただものではなかった。彼の瞳と髪は、銀色に輝いていた。彼は何らかの“力”を使ってこの部屋に侵入し、その“力”でもってユイをサルベージすることができるのではないか、ゲンドウは直感的にそう思った。彼に絆を求める蒼い髪の少女の存在がそう思わせたのだろう。
「…要求は何だ?」
「僕を信用して下さるんですね? 要求についてですが、まだ言えません。ユイさんをサルベージした後にお伝えします。あなたとユイさんを引き裂くような要求はしないことを約束しますから、心配する必要はありませんよ」
男の答えは予想外のものだった。ユイを連れ戻すことで、彼に何かメリットがあるのだろうか? 彼の目的は何なのか? 気になることはいくつか有ったが、何故か“彼が約束を破るのではないか”という懸念を抱くことはなく、ゲンドウ自信もそれを不思議に思った。理由はわからないが、彼は信じることができた。
ユイが帰ってくる、突然訪れた幸福にゲンドウの表情も緩む。ふと、そんな彼の脳裏に、一人の少年が浮かび上がった。彼は男に言った。
「シンジが…私の息子が不幸になるような要求も出さないと約束してくれ」
「もちろんです」
男は微笑みながら答えた。そして、今度は男が口を開いた。
「そういえば、あなたの問いに答えていませんでしたね。僕は狩威《かりい》シンゴと申します。歳は18です」
「狩威くん、か…君は何を知っている?」
ゲンドウは、狩威に対して聞きたいことは沢山あったが、とりあえず一つ質問してみた。
「そうですね…あなた方の計画や、ゼーレの人類補完計画、死海文書と裏死海文書、綾波レイの正体、あなたと赤木親子との関係は知っています。あなたが知りたかったのは僕がこれらについて知っているか、ということでしょう?」
「そうか…」
やはり、彼は全て知っていた。
「? …あなたにとっては拙いことでは無いんですか?」
「ユイは君がサルベージしてくれるのだろう? もはや私の計画は必要なくなった」
「こんな事を言うのは悪いですが、まさかあなたがこんなに人を信用するとは思っていませんでしたよ。ユイさんをサルベージして信用してもらってから要求をお伝えしようと思っていましたが、その必要は無さそうですね」
彼の要求は次のようなものだった。
・自分を司令部所属の職員としてネルフに置くこと
・綾波レイの素体の処理を自分に任せること
・ダミープラグの開発中止
そして…
「最後に、ユイさんと共に碇シンジと綾波レイに“親”として接し、彼らを育てる事です」
「分かった。要求を呑もう。しかし…」
「なんです?」
「君の目的は何だ?」
「ゼーレの討伐、ゼーレやネルフによって残酷な運命を辿るように仕組まれた人達を救うこと、そして使徒を本能から解放することです」
「!? …使徒の本能からの解放だと?どうするというのだ?」
「使徒はアダムを求める本能に縛られています。彼らをその呪縛から解き放ち、人間社会で暮らせるようにしてあげたいと思っているんです。ゼーレの討伐も彼らに手伝ってもらえますしね」
我々とは考えることの大きさが違う、ゲンドウはそう思った。
「サルベージについてですが、明日の23時から行おうと思います。立会人はあなたと冬月コウゾウ副司令、赤城リツコ博士、葛城ミサト一尉の4名のみでお願いします。それ以上でもそれ以下でもダメです。冬月副司令は今はいらっしゃらないようですが、彼には僕の事を話しておいてください。赤木博士にサルベージを行うことを事前に伝えるかどうかはお任せします」
「しかし…赤城博士は…「僕にも考えがあるので、なんとかお願いできないでしょうか?万が一、赤木博士がユイさんを排除しようとしてもユイさんに危害が加わらないようにしますから」
「…分かった。そのように手配する」
「ありがとうございます。では僕はこれで失礼します」
「ああ」
シンゴは別の空間に繋がるような黒い穴を展開した。もはや驚く事もあるまい、とゲンドウは椅子に座りなおし、机に肘をついて顔の前で手を組んだが、重要なことを聞くのを忘れていたので、慌てて立ち上がって帰ろうとしているシンゴに叫んだ。
「ま、まってくれ!ユイをサルベージしたら、初号機の運用はどうするつもりだ!?」
「あ…そういえばそのことを説明するのを忘れてました」
彼は苦笑いしながら言った。
「初号機はサルベージと同時にシンジくんが乗れる状態にしておきます。彼を戦いに巻き込むのは心苦しいですが、ゼーレのことを考えると僕が代わるわけにもいきませんので…」
「そうか、分かった」
「では、今度こそ失礼します」
-第三新東京市 郊外-
黒い穴が現れ、中からシンゴが現れる。
「ふぅ、とりあえず最初の布石は済んだ。絶対にあの紅い世界にはさせない! そのために還ってきたんだ」
彼はそうつぶやいた。
狩威シンゴ、彼の正体は、サードインパクト後から未来を変えるために還ってきた“元”碇シンジである。“助っ人”として影で動く彼に未来を変えることはできるのだろうか。
To be continued...
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