ラエリアンムーブメント:アジア大陸代表のブログ

最後の預言者ラエルは仏教の弥勒菩薩、ユダヤ・キリスト教のメシア、イスラム教のマーデイです。世界の宗教を一つにするべく光臨されたマイトレーヤ(Maitreya=弥勒菩薩)です。

posted by junzom
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【1】石原慎太郎の弟裕次郎の手術の執刀医がオウムの林郁夫*だった。 *無期懲役判決を受け服役中


「1995年(平成7年)4月、石原慎太郎は突然衆議院議員辞職を表明した。


地元の後援会にも知らされず、全く唐突であった。日本の政治に失望したという趣旨の意見を残しているが、とってつけたような感じである。

なぜ唐突にやめるのか、全くその説明としては不十分であった。


しかし、彼は議員辞職をせざるを得ない大きな事情を抱えていた


オウム真理教は、1984年(昭和59年)2月に任意団体「オウム神仙の会」として設立された。その後、1989年(平成元年)8月に、東京都から「宗教法人オウム真理教」の認定を得ている。東京都は頑なに認定を拒否し続けていたのにもかかわらずである


「2】石原慎太郎の圧力でオウム真理教は宗教法人になった


1987年に石原裕次郎が亡くなった2年後、オウム真理教は宗教法人になっている。


頑なに宗教法人認定を拒否されていたオウム真理教としては、好き勝手なことをするためにはなんとしても宗教法人の認定を受けたかった。


林郁夫から1988年に運輸大臣であった石原慎太郎に、状況打開の依頼がいったことは想像に難くない。


実際、石原慎太郎は運輸大臣の肩書きを背景に東京都にプレッシャーをかけ、オウム真理教はまんまと宗教法人に成りおおせている。


石原慎太郎が議員辞職を表明した直前の1995年3月20日、下鉄サリン事件が起きる


宗教法人を隠れ蓑にしなかったら、このようなとんでもないテロをオウム真理教は起こせたであろうか。当時、政権は村山富市首相であり、自民党は戦後もっとも弱体化していた不安定な時期であった。阪神淡路大震災の不手際で政府は批判を受け、そして地下鉄サリン事件である。


その原因を作った人物が元閣僚経験者で衆議院の赤い絨毯の上で踏ん反り返っていることが衆人の知れるところとなったら、自民党はひっくり返ってしまう。表面的には強がりを言っていたが、詰め腹を切らされたことは、想像に難くない。


その時の思いつきと自分の人気がどうやったら出るかしか考えられず、自分の言動がどのような影響を与えるか想像できない。そして、本書を読めばわかるが、本当に節操がない


政治家として最も不適切な人物と言わざるを得ない。そして、
オウム真理教に対するものも、きちんと責任を取っていない。もっとも、へたに取ればとんでもないことになってしまうが。


そんな人物が東京都知事として君臨しているのである


オウムと石原慎太郎の意外な関係
http://www.asyura2.com/12/senkyo130/msg/691.html



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