アニメやゲームのキャラクターをボディーにあしらった車を「痛車」(いたしゃ)と呼ぶが、そこから派生してアニメの絵を書きこんだ「痛絵馬」など、「痛○○」という言葉が最近よく使われている。いま人気を呼んでいるのが、いわゆる“萌えキャラクター”を印面にあしらったオーダーメイド印鑑「痛印」(いたいん)だ。同人誌関係のネットショップを運営するe3paper(埼玉県越谷市)が、長年にわたり四国で印鑑を制作してきた印鑑会社と提携し、2012年6月に「痛印堂」をスタートさせた。
ブレイクのきっかけは2012年10月。同店運営責任者である中川貴文氏が、この印鑑が「実名入りであれば、銀行印や会社の登記として使える」ことをTwitterでつぶやいたこと。すると5500件以上リツイートされ、以降、注文が殺到するようになった。10月10日には大手ゲームソフト会社ビジュアルアーツの社長から、業務提携を希望するツイートもあり、中川氏を驚かせたという。
同社は漫画制作ツールの販売代理店業務をしており、ある時、関係者にそのツールで描いた絵柄のゴム印の販売を提案された。勧めに応じて何本か試作したものの、中川氏は何か物足りないものを感じたという。ふと、「ゴム印ではなくて、普通の印鑑のツゲでもイラストは彫れるか」と印鑑会社に尋ねたところ、「彫れる!」という力強い返事が返ってきた。そこでさっそく試作したところ、ゴム印にはない印影の美しさに感動。「印材をツゲに絞る」という方針を決めた。
印鑑の作成でこだわったのは、彫れるイラストの見極め。痛印に適さないイラストをそのまま彫ってしまうと欠けてしまう恐れがあるため、イラストに関して的確なアドバイスや修正提案ができるよう、研究を重ねたという。また「実用的な痛印」を目指し、各金融機関で実際に口座を開くなどして使用可能かどうかを確かめて“実績報告”を公式サイトにアップしている。みずほ銀行、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行などでは口座開設が可能だったとのことだ。
また「同人業界やそれにまつわる同人グッズ業界は、著作権上問題と思われる二次創作物について、『著作権者の黙認』という形であいまいにしてきた所がある」(中川氏)という反省から、痛印堂では基本的に題材を、著作権上問題のない一次創作物に限ることにしている。一方で、痛印化を希望する声がある定数まで集まった場合は、既存のキャラクターにも対応。一次創作者に痛印作成の公認を交渉し、正式な契約を結ぶという手順を踏んで製作している。「イラストから印鑑を作るだけでしたら、どこのはんこ屋さんでもできるかと思う。そこに至るまでの過程をオーダーメイドサービスとしてご提供できるサイトを目指している」と中川氏。
通常の印鑑店では1人1本だけ購入するのが普通だが、痛印堂では1人で一度に数本から数十本の依頼を受けることも珍しくない。また一度依頼した人が1週間後には別のイラストで注文するなど、リピーター率がきわめて高いことも特徴。これは印章業界ではかなり珍しいことだという。購入者からは「まつ毛や鼻など細かい部分も再現されていてすごい」「きめ細かい彫りに感動」「とても細かい原画だったが、しっかりと彫り込まれていた」など、元のイラストをしっかりと再現するクオリティーの高い仕上がりに評価が寄せられている。
現在は絵が描ける人に向けたオーダーメイドサービスだけだが、今後は用意したイラストに名前を刻むだけで完成する痛印のサービスも展開したいと考えているとのこと。
(文/桑原恵美子)