幾度と取引していく内に先用後利などの顧客とのつながりも確保しつつあった、
だがそれで安心できるわけではなかった。
当時の交通網の環境では頻繁な往復はできず1度の来訪でできるだけ無駄のない取引をしなければならなかった、
常に来訪先の顧客の希望に答えるべく様々な薬を所持しなければならない、しかし1人の力で運べる薬には限界がある
現に来訪先の配置薬は消費された物だけの補充・徴収というわけではなく古く使えない物は回収する事になる、
当然来訪先によって使われる薬は異なり、無駄な在庫過多や薬回収は商売としては成り立たなくなるのである。
そこで薬売りは来訪先の使用薬の種類・使用量・回収薬から支払明細、
さらには家族構成からその健康状態に至るまでを記していった、こうして生まれたのが懸場帳である、
こうする事によって各来訪先の配薬状況から需要がわかる為、無駄な在庫の所持や回収薬も最小限におさえられる、
またそれによってより一層顧客の要望に答える事が可能となり信頼の獲得にもなったのだ、
現在でも情報管理は非常に重要だ、それを当時の薬売りの人はすでに行っていたのである。
懸場帳の価値
顧客リストというべき懸場帳、その価値は長年の情報集大成であり薬売り達は片身離さず持ち歩いた、
それはお客との信用にもかかわる重要な物である、その為商売をやめる薬売りの懸場帳は高額取引されたのだった。
その懸場帳の過去の売上金額から年間平均売上を算出し配置されている薬代を加え、
一年以上の不廻り(ふまわり:長期間得意先を訪問しない事、その期間は薬売りによって差がある)
を除き、集金金額の割り出す、その金額に暖簾価値(のれんかち:商売から生じる無形の経済的利益・財産価値を示す)
として二・三割の金額を加算するのが一般的な取引金額の割り出し方法であった。
さらに、古くからの得意先を抱えている・帳主が顧客から深い信用を得ている・売上高が高額で地域の将来性が高いといった、
懸場帳には五割までの暖簾価値がついたのである
懸場帳が当時の薬売りにとっていかに重要な物だったかは、本当は金額では言い表せない物なのかもしれない。