「丸竹フライロッドに使う竹は、 どのようなものが一番よいか?」というのは難しい問題です。ロッドの素材として現在の 主流になっているグラファイト(カーボン・エポキシ)で作られたフライロッドと同じ性能を 求めてみても、反発力を同じにすればロッドの重量が重くなって振り難かったりロッドが反発する時の スピードが遅くなってしまったりします。それはロッドの素材としての竹材の弾性率や比重が グラファイトのそれらと違うためです。
また、フライフィッシングの元祖の海外で考案されて発達した六角バンブーロッド(スプリット・ケーン) と同じ性能を求めるのにも無理があります。同じ「竹」という素材なのに何故?と思われるかもしれませんが、 一つは竹の種類によって弾性率や比重が若干違うことが挙げられます。さらに極めつけの違いは ロッドの長軸と直角方向の断面構造にあります、つまり中身が詰まっているか空洞になっているかの違いです。 同じ素材を同じ重量使ってロッドを作る場合は内壁と外壁が同芯となった円筒形に作った方がうんと強いのです、 言い替えれば同じ強度を求めるならソリッドよりもチューブラの方が出来上がったロッドが軽くなるということです。 しかし、この場合はロッドの外径が太くなります、それで振った場合の空気からの慣性抵抗(空気を押し退ける抵抗) が大きくなって振り難くなるということです。また、六角バンブーロッドは欲しいロッドアクションを目標として たわみとか振り易さをロッドのテーパーとパーツも含めた重量分布を基礎に計算して設計されているらしいです。 自然に生えている竹からそんなものを選び出すのはとても無理です。
それでは、どうすればよいのか?ということに成りますが、「これが一番の課題」なのです。野山に生えている竹は 1本1本個々に強さ太さテーパーの付き具合などが違います、たとえ栽培してある竹だとしても同じことです。 とにかく手に入る竹を素材(原竹)としてなんとかこうにかロッドにしてみようとしている訳です。前段で難しい 物理量の名前を挙げましたが結局は竹を手で曲げてみて、振ってみて、仮に繋いでみて、また振ってみて、 ダメなら組合せを変えてみて、作ってみて、仕上ったものを振ってみて、それで釣ってみて、ダメな場合はまた作る、 ということのくり返しが「丸竹フライロッドの製作」では、一番よいみたいです。 ただ、何本か製作しているうちに「この部分はこの種類の竹がよいのでは?」とか「この種類の竹は細くて強い」とか 「この種類の竹はフライロッドに適したテーパーのものが少ない」とか「この種類の竹はスパインが強過ぎる」あるいは 「この番手(AFTMA)の、この長さのロッドを作るにはこれくらいの太さが標準なのでは?」等々 と少しずつ解かってきます。そんなこんなで私が実際に使ってみた竹の種類をメインにご紹介します。
竹の種類の名称は和竿の製作の世界で用いられているもので表現し、 和名、学名、その他の呼び方も整理して併記していますが、 特定の地方でこんな呼称もあるということがあれば是非お教えいただきたいと思います。 また、私の住んでいる地方には自然生えの竹は丸節竹と矢竹しか生えていません、 その他、稙栽されたと思われる真竹や孟宗竹や淡竹があります。他の地方へ出た時に 見つけた竹も掲載しています、しかし自分の目で見て感じた特徴で表現していますので 多少間違っていたり思い違いをしている可能性もあります。
丸節竹は河川敷や丘陵地などに生えていて、私達の身の回りではもっともポピュラーな竹です。 葉は比較的小さく枝は節から放射状にたくさん出ています。1〜2年目の竹にはハカマが付いており 節間の1/3から2/5程度の長さで軸を被っています、ハカマで覆われた部分は節のすぐ上が膨らんでいて 他の部分よりも直径が大きくなっています。なお、節から放射状に出る枝の数は年数とともに増加するようで 生えたその年には枝は1本も出ていません。 肉は薄いですが竿の素材としての強度は充分で、軽くて張りのある竿が出来ます。 しかし節の出っ張りが大きいためかへら竿など仕舞い込みが必要な竿には使われません。 また、あまりに年数を経た古竹では節のところでポッキリと折れやすいとされています。 直径10mmから15mmという手の指くらいの太さの物が多い中でフライロッドに使えるような細いものを捜さなければなりません。
この丸節竹と呼ばれている竹はメダケのみではなくて、実は何種類かあるのかもしれません。丸竹倶楽部のみなさんと集まった折りに 会員それぞれが丸節竹で作ったというロッドを見せてもらってティップ部の太さやテーパー、節の形状など にほんの少しの違いがあることが解かりました、特に穂先の部分でした。 みんなで寄って話をした結果はそれぞれの地方や生えている場所の環境 などで差が出るのだろうということに落ち着きましたが、その後調べてみるとこのメダケ属にはメダケの他に ネザサ、ケネザサ、アオネザサその他何種もあることが解かりました。私は実際にそれぞれの種を見比べた わけではありませんが、結構見分けが難しいのかもしれません。いずれにしても竿を作る時の名前は丸節竹 なのですが、ちょっと気になることがらです。
矢竹も河川敷や山のすその林の脇などに生えていますが、丸節竹に較べてそう多くはありません。 葉は丸節竹よりも幅があり全長も長いです、 枝は節から一本ずつ出て古竹になって枝が増えてもその付け根は一本となっています。 ハカマは1〜2年物の竹にはまだ付いており、節間の軸の4/5から 9/10を被っています。 節はあまり出っ張っておらず芽の反対側がわずかに膨らんでいる程度です。 肉は薄い方ですが竿の素材としての強度は充分で、軽くて張りのある竿が出来ます。 ヘラ竿の穂持ちよりも手元側の素材として好んで使われています。 太さ15mm〜25mm程度の物が多いのでフライロッドに使える太さを捜すのに苦労します。
高野竹は暖地の山地の標高数百m以上の谷あいに生えていることが多いです。 しかし、さらに標高の低い場所にも生えていることがあります。 下の左上の写真は京都府の和束町の山中に生えていたものです。 ただ、この群落は稈長が普通の高野竹に較べて短く、枝の出ている数もやや多く、 さらに葉がいくぶん小さいという特徴を持っていました。 亜種なのかもしれませんが、穂先や穂持ちに最適なテーパーの個体が多かったです。
高野竹の葉はクマザサのそれにそっくりです、ただしこちらは冬季になっても葉の縁が白くなりません。 1年目は稈の先端に3〜5枚程度の葉が付いているだけであり、枝は全く出ていません。 生えてからの年数を経る毎にだんだんと先端部分が枝分かれしてくるので何年物かすぐに解ります。 ハカマは矢竹や丸節竹と同様に腐るまで付いていて、1〜2年目物は必ず稈がハカマで完全に覆われています。 ハカマの長さは節間の100%以上です。稈の太さ3〜9mm程度です、10mm以上のものはなかなか見つかりません。 節はほとんど出っ張っておらずたいへん滑らかで、竿の素材としては美しい竹であり、 また、肉厚であるので少々重いが粘り強い素材であるといえます。私はフライロッドには最適な素材だと思います。
布袋竹は自然にはほとんど生えていません。 ただし、昔に河川の堤防などに植栽されたものが増殖している場所はあります。 私が知っている限りでは和歌山県、兵庫県、三重県、岐阜県の一部の地域の山中や平野部の河川敷で 数箇所のみで確認しています。 幹の太さはせいぜい25mm〜30mm高さは5m〜6m程度であるので真竹や淡竹、孟宗竹とは竹藪の高さが全然違います。 この布袋竹の根元は独特の形態の節となっており他の雄竹とは簡単に区別できます。 梢の方になると他の雄竹とは見分けがつかないのですが、 箸か鉛筆くらいの太さの稈においては節のすぐ下にプックリ膨れた部分が出来ているのでこれで判ります。
竹の種類の名称は私たちが一般的に使っている表現し、 和名、学名、その他の呼び方も整理して併記しているつもりです。 日本に自生していない竹など栽培品種もあります。この他にもいろいろな竹が あるようですし、それらも丸竹フライロッドの素材として使ってみても面白いかもしれません。
黒竹は淡竹の仲間です。よく庭園などに植えられていますが、 時々人里から離れた山の中や田んぼの畦や河川敷などにも生えていてびっくりすることがあります。 これらは誰かが植えたか株を川に捨てたかということで生えているのだと思います、しかしほとんど私有地です。 黒竹は竹の肌の表面だけが小豆色がかった黒色をしています、 削ったり磨きすぎたりすると黒い色がはがれてしまいます。 また生えてから2年くらいまでは茶褐色のマダラ模様です、 年を経ると徐々に黒くなります、3〜4年しないと「黒いな!」という感じにはなりません。 なお、稈基部は比較的早く黒くなりますが稈梢部はやや遅いです。 淡竹の仲間といってもあまり大きくなりませんので、 特に株が小さい内は、手ごろな太さとテーパーのものが生えます。 上記布袋竹よりもテーパーがやや少ないので面白いかなと考えます、また、 色が渋いのも魅力です。 淡竹の仲間なので先っぽの葉っぱは3枚がほとんどです。
暖地に生えている竹です。高さ数m〜10m程度、直径は40mm程度まで、冠稈部(上の方)には枝が多いです。 稈全体としてはテーパーが少なく太さの割りに節間が長くみえます。 葉は小さく淡竹や孟宗竹よりもさらに小さいです。枝も節間が長くテーパーが小さいです、 また枝の先はかなり細く2mm以下のものもたくさん見られます。低番手で繊細なロッドを作るのに利用 してみたらどうかと思っています。 この竹は日本には元々生えていなかった竹なのでしょうか、熱帯性の竹(bamboo)に多い叢生(株立ち) するタイプです、遠目で見るとちょうど噴水のようなシルエットの生え方です。
トンキン竹はスプリットケーンで作るいわゆる六角バンブーロッドの素材として世界中の竹の中で 最も優れているとされています。トンキン竹は日本には自生していないのですが、 ここで紹介したのは丸竹フライロッドの穂先部分に削り穂としてこのトンキン竹を使ってみてはどうか ということです。 この竹は繊維が硬く強弾性であり、また節の付近での繊維の曲がりも少ないため削り穂の素材として たいへん良い素材だと思います。またバンブーロッドビルディング用に結構流通しているので 手に入れるのにはそれほど苦労しないでしょう。 もう一つたいへん興味深いのは簾を作るくらいの細いトンキン竹も流通しているようなのです、 もし手に入るようならトンキン竹の丸竹フライロッドを作ってみても面白いのではないかと思います。
トンキン竹の産地など:
中国の広西(Kwangsi)と広東(Kwangtung)の間にあるAozaiという村を中心としたSui-River流域の 半径55km程度で標高450m〜600mという限られた地域に産するものが最も良質であるとされ 流通しているようです。トンキン竹の稈長は約12mに達し、基部の太さは6cm程度までということです。 また開花周期は約40年、フライロッド以外の利用は簾や花卉の添え木、かつてはスキーのストック、 その他一般的な竹材として直径2.5mm〜60mm程度のものまでいろいろと利用されているようです。 上記のトンキン竹の画像は、 Welli Tonkin Bamboo Export Co., Ltd. の許可をもらって、その会社のサイトから戴いています。 先方から、掲載に際しては各画像に会社の名前を書いてくれって言われましたのでちょっと見にくいかもしれません。
最近調べていて解ったのですが、いわゆる竹笹の仲間で私達が丸竹ロッドに最もよく使う 「丸節竹」「矢竹」や「高野竹」はある学説によると笹であるらしいのです。 日本の竹笹類は染色体数が48で地下茎が伸延するタイプで「ばら立ち・散生」が多いのですが その学説によると、この内、竹の皮が稈が伸びきった時点で自然に剥がれ落ちるものが「竹」で、 竹の皮(和竿ではハカマと呼びます)が腐ってボロボロになるまでいつまでも付いているものが 「笹」なのだそうです。「まるささフライロッド」という呼び方には馴染めそうにないので、私は 竹と呼んでいます。
この他に世界には「bamboo」というものがあって、これらは地下茎があまり長く伸びないで 「株立ち・叢生」するタイプで染色体数が72であり、日本に多くある「竹笹」とは区分されているようです。 トンキン竹はどちらの仲間なのでしょうかね?散生するタイプのようです‥‥しかし‥‥ バンブーロッドという呼び名が定着している釣り具の世界ではどっちでもよいのでしょうね!
私は以前に真竹と間違って孟宗竹を切らせてもらったことがあるのです。 まったくお恥ずかしい話なのですが、その時は目がくらんだとしか言いようがありません。 私達の身近なところにある竹で真竹の他には孟宗竹や淡竹があります、 これらは繊維が荒く少し軟らかいとか節間が少し短いとか欠点があります、 しかし使っていけないという決まりも無いのでチャレンジしてみても面白いと思います。