東電福島原発事故の収拾に当たり、日本の構造的問題として、指揮命令系統の中核をなす「仕切る」事ができる人間がいなかった。そのことが、混迷を招いた原因の一つであるが、幸いに菅直人というオフサイトセンター(東電敷地外の緊急事態を措置する場所と組織)を「仕切る」ことができた人間がいたことは、日本にとって極めて幸いなことであった。
以下、長い転用であるが、拙書「すべてのゲストがVIP 東京ディズニーランドで教えるホスピタリティ」より
<転用開始>
■「スカイウェイ」の故障と救出
「スカイウェイ」は「プーさんのハニーハント」のオープンに伴い廃止されたアトラクションです。一般にいうロープウェイです。このアトラクションは、ディズニーのアトラクションの中では特異的な存在でした。
「ファンタジーランドへようこそ!」
ゴンドラの扉が開くとキャストが大きな声で迎えてくれます。このようにソフトウェアはディズニーそのものですが、機械関係はスキー場のロープウェイと同じものなのです。鉄道法、索道法が適用されるため、月次で索道協会へ運営報告をします。このアトラクションのスーパーバイザーを担当すると次の事柄が見えてきます。
一つ目は「日本のロープウェイの仕組みがわかる」ということです。東京ディズニーランドや東京ディズニーシーのほとんどのアトラクションは「ディズニー製」です。ライドの制御システムから運営に使用する用語まで、ほとんどディズニーが独自に考え出したものです。
それに対してスカイウェイは日本式でした。索道法の索とは縄(なわ)とか綱(つな)の意味です。握索(あっさく:ゴンドラのロープを掴む)とか放索とか、用語は日本語なのです。これが非常にわかりづらい。運行の仕組みのトレーニングを受けても、一度日本語からディズニー用語に変換しないと、安全装置などの働きが理解できないほど不可解でした。ゴルフや野球をすべて日本語で説明しなくてはならないのと同じ位の不自由さを感じました。
次は「日本の運航規定に関して」です。索道協会へ提出する運行報告書の内容も、ディズニー的なものとは一八〇度違うように感じました。私は考え込みました。所管の国土交通省や索道協会が必要とする数字やデータは、どのような意味を持つのだろうかと。日本中のロープウェイやゴンドラの運行会社も同じように考えているのではないかと。少なくてもディズニーでは使えないデータばかりを要求されていたからです。私にはとても理解できません。より大切な捉えるべき数字があると思うのですが。
■三五分間の宙づり
ある日のこと、スカイウェイの緊急停止装置が作動し、アトラクションは停止しました。当然ゲストは乗車したままです。信頼性の高い機械装置であり、過去に長時間停止することはありませんでしたが、この日は復旧に時間を要しました。宙づり状態が一五分を過ぎ、二〇分を超える頃になり、スーパーバイザーにも緊張感が増してきます。
「まずいな、エバキュエーションの可能性もあるかもしれない」
私は、同エリア担当のスーパーバイザーと協議しました。
スカイウェイでは年に一度、実際に救出訓練を行ってきました。多くの間連する部署が参加した、大掛かりな実地訓練になります。メンテナンス担当者が高所作業車を用い、宙づりにされたゴンドラからゲスト役のキャストを実際に救出します。スカイウェイのエバキュエーションとはこの救出方法のことです。
一方でこの訓練は、私たちスーパーバイザーが非常事態に遭遇したとき、的確な指揮が執れるようにするための訓練の場にもなっていたのです。
停止後二五分が経過しても、運転は再開できませんでした。メンテナンス担当者は懸命に復旧作業に当たっています。メンテナンスの責任者の状況説明を受け、「長引く」と判断した場合、スーパーバイザーは次の場面を想定した行動に移ります。第一に考えなくてはいけないことは「ゲストの気持ち」です。怒っているに違いありません。当日はたまたま風は弱かったので助かった面もありますが、ゴンドラの揺れによる気分不快を訴えるゲストも想定されます。
私たちは手分けをして以下の実行策を速やかに行うこととしました。
・再開後、速やかに乗車したゲストを一カ所に誘導する。セキュリティーオフィサーやアトラクションキャストを動員し、ゲストの誘導に当たる
・ファーストエイドのナースを待機させる
・場所はトゥモローランドテラス・レストランとする。ゲストに飲食物を用意しておく。
・復旧が不可能な場合、エバキュエーションを想定する
スカイウェイが復旧したのはこの準備が整ってからすぐのことでした。フード担当の責任者をはじめ、実に迅速に行動していただいたことを鮮明に覚えています。
私たちスーパーバイザーは、トゥモローランドテラス・レストランの各テーブルを廻り、一人ひとりのゲストに説明と謝罪をしました。正直、怒鳴られました。「うちの女房は心臓に持病を持ってるんだ。これがキッカケで悪化したらどうしてくれるんだ」
メンテナンスの担当者にも説明に加わってもらいました。本来はゲストの前には出ないキャストです。スーパーバイザーの橋本さんでした。橋本さんはオイルで真っ黒な手で、状況を知りたいゲストに丁寧に説明してくれたのです。
ゲストにはキャストの誠意が通じたのでしょう。このことにより事後に持ち越す苦情は一件も発生しませんでした。
手前みそになるかもしれませんが、高度に訓練されたスーパーバイザーたちの対応と、当日支援してくれた多くのキャストのチームワークが、「大事」に至らせなかった要因である。私は今でもそう確信しています。携帯電話も普及し始めていた頃の出来事です。翌朝「東京ディズニーランドで宙づり三五分の事故」というイメージダウンにつながる新聞記事が出るか。報道に発展させないことができるか。「故障」として扱われるか「事故」として扱われるか。それは東京ディズニーランドだけでなく、お客様に対応するすべての担当者の「手腕」にかかっているのです。そのことだけは間違いありません。
<転用終了>
前段の日本のロープウェイ運行管理は、まさに原発事故発生の背景となる、硬直化した役人指導体制を思い起こさせる。
35分の宙づりと書いたが、私の記憶ではもう少し長かったと思う。
この日の、パーク運営責任者(オップス・ワン)は、アトラクションエリアの経験が無いマネジャーであった。エバキュエーションの総指揮を執る訓練も受けていなかったと記憶している。
ゆえに、私が仕切った。
セキュリティの経験がある。ゲストリレーション業務にも携わってきた。スカイウェイのエバキュエーション訓練を指揮したこともある。もちろん、長いスーパーバイザー勤務により、メンテナンス部門や食堂部門のスーパーバイザー達との関係も深い。
上記の対策は、すべて私が用意したものであるが、ここには書かなかった事実がある。パスポート券の進呈である。
アメリカのディズニーランドには「サービスの復旧」という言葉がある(「ディズニー7つの習慣」より)、東京ディズニーランドのスーパーバイザーも、同じ任務が与えられていた。バレーボールの選手(キャスト)が、コート外に外したボールをスーパーバイザーができる限りのことをしてコートに戻す、そんなイメージである。
例えば、あるレストランでゲストに不愉快な体験をさせてしまったとしよう。ゲストは怒り、責任者であるスーパーバイザーに「二度と来るか」と言ったとしよう。普通のレストランなら、料金を頂かずそのままお帰りいただくのかもしれない。それは、東京ディズニーランドの価値観と異なる。なぜならば、東京ディズニーランドは「リピーター獲得業」であるからである。
食堂部のスーパーバイザーは、ゲストリレーションのスーパーバイザーに「ゲストが再び訪れてくれるために、人数分のパスポート券を発行してくれないか」と依頼する。
私は、喜んで発行した。(そうしないスーパーバイザーもいたと聞くが・・・) ゲストが再来訪してくれることこそが、全キャストに与えられた使命だからである。
話を戻す。私は、ゲストリレーションのスーパーバイザーに連絡して(オップス・ワンを通じたかどうかは覚えていないが、私が経験したゲストリレーションのスーパーバイザーには、一定の発行権限がある事を、私は理解していた)パスポート券を「束」で発行してもらった。
トゥモローランドテラス・レストランにゴンドラに乗っていたゲストを一カ所に集めたことにも訳がある。例えば、ビックサンダー・マウンテンで何らかの事故が起きたとする。乗車ゲストを特定しておかないと、後に乗車していなかった人間から恐喝まがいの被害を受ける可能性がある。もちろんアメリカのディズニーランドの常識なのであろうが、私はそのようなトレーニングを受けていた。
スカイウェイに乗っていたゲストは、粛々とトゥモローランドテラス・レストランにエスコートされ、飲食物の提供により平常心を取り戻した頃を見計らって、パスポート券を受け取って頂き、再来訪してもらえるか尋ねた。
受け取って頂けなかったのは一組、「うちの女房は心臓に持病を持ってるんだ。これがキッカケで悪化したらどうしてくれるんだ」と、怒鳴られたゲストだけだったと思う。
このゲストのご自宅には後日出向き、謝罪をした。そして許していただいた。
今は、スカイウェイはない。それで良かったと思う。現在のオペレーション能力では、非常事態に対応できないと考えるからである。
さて、冒頭の「仕切る」人間に話を戻すが、この国は官僚が「仕切っている」と勘違いしている国民、特にメディア関係者がほとんどなのではないか。
法律をつくれば、現場はうまくいく、制度をつくれば生活ぶりはよくなる、原子力安全・保安院などの役人が常に原子力発電所の現場を監視していれば事故は起きない、起きても収拾できる、そのように信じ込まされている人がほとんどではないのではないだろうか。
私は、上記のように、ある意味東京ディズニーランドの「危機(ピンチ)」を救った。もちろん、当時私以外にも非常時に「仕切れた」人間は少なくなかったことは言うまでも無いことである。
翻って、残念ながら東電福島原発事故では、「仕切れた」人間は菅直人だけだったと、私はこの本「東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと」を読み確信している。
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