福島へ、それは奇妙な里帰り (2)

フィナンシャル・タイムズ2012年4月12日(木)12:30

○ 豊かなくらしはどこに

細野豪志氏は賢明な政治家なので、政府に対する国民の信頼が損なわれたことを否定しようとはしない。むしろ、自分にも責任の一端があると答えた。昨年3月11日の後に細野氏は当時の菅直人首相の下、原発事故対応担当になった。今では、事故処理と事故防止の担当大臣として入閣している。

細野氏は認める。確かに政府の危機対応は、遅すぎたこともあった。効果が不十分なこともあった。情報開示は不十分だった。しかし、原発事故そのものによる死者はひとりも出ていない。それは誇りに思っているとハンサムな元コンサルタントは言う。ほかの国で同じことが起きたら、もっと良い対応が出来ていただろうかとも口にする。

政府は今、放射線量を順調に減らして市民の不安をやわらげ、避難者の帰宅を可能にするための、大がかりな除染事業に期待を寄せている。そのほか、場所ごとの放射線量を前より細かく正確に測定していく作業のおかげで、避難が必要かどうかを独自判断し始める自治体も出ている。最近では、全村避難していた村が、安全と判断してもとの場所に帰ることにした。その決断を細野氏は心強く思っている。

40歳の細野氏は、与党・民主党の中でも説得力のある実力者のひとりだ。そして担当大臣として、ただ単に事故後の処理を済ませるだけでは不十分だと考えている。福島を前より健康な場所にしたい、ほかの都府県より発がん率の低い県にするため、良い食生活や運動習慣を推進していきたいと、そう考えている。「もしそれができれば、日本は本当の意味で原発事故が克服できたことになる」と細野氏は言う。

福島に住む多くの人にとって、そのような明るい未来はまだまだ遠い。子供や妊婦でも大丈夫な放射線レベルはどれくらいなのかを巡り、市町村の中でも厳しく対立している。福島県全域から若者が出て行ってしまって戻らないのではないかと心配する人たちもいる。対して細野氏は、個人やコミュニティが被曝地域に残ろうがそこを出ようが、国は支援を続けると約束する。一方で、一部の放射能専門家は、費用も時間もかかる除染作業はそれほど効果がないのではないかと疑っている。そして、金銭的な補償だけでは住民の混乱とストレスを償うことはできない。

津波から1年たって、原発のすぐ近くに家がある人たちの未来は不透明なままだ。汚染が最もひどい地域に再び人が住めるようになるまでには、少なくとも5年はかかると政府は言う。それどころか何十年もかかる可能性もあると、細野氏は認める。鵜沼さんたちは戻れそうにないのではないかと疑っている。たとえ戻ったとしても、自分たちが作る牛肉や米を誰が買ってくれるだろうかと。「あの土地はもう使い物にならないだろうと思ってます。そのことは、頭では分かってるんだけど、気持ちではまだなかなか受け入れられない」と義忠さんは言う。

なので鵜沼さんたちは当面は、避難生活を続けることになる。義忠さんは警戒区域から車で1時間のところにある工場で働いている。友恵さんは娘と一緒に遠く離れた東京に残る。ほかの双葉町の子供たちと一緒に娘を学校に通わせるためだ。家族が揃うのは、月に一度だ。義忠さんは去年初めて、娘のはなさんの誕生日に帰れなかった。義忠さんの勤める会社は、警戒区域内の生産ラインが停止しても今のところは生き延びているが、今後どうなるかは分からない。原発事故の被害者に対する同情も、当初に比べれば薄れている。義忠さんが仮住まいする部屋に家財道具はきちんと揃っているが、一人分の食事を電子レンジで温めるだけの生活は寂しいものだ。

「前は、眠れないなんてことはなかったんだけど。今では、横になったまま起きていることがよくある」と義忠さんは話す。

警戒区域を後にする前に、私たちは遠回りをして、双葉町の中心に入った。町の中央通りにかかる看板の近くで車を止めた。2011年3月11日以来、無残にも砕かれた原発の希望の、皮肉な象徴となってしまった看板だ。片面には日本語で「原子力 明るい未来のエネルギー」と書いてある。もう片面には「正しい理解で豊かなくらし」と書いてある。

鵜沼友恵さんは看板を見上げて、フンと鼻を鳴らす。往来は静まりかえっている。ほかには誰もいない。

「豊かな暮らしはどこにいったの」。


記事の前半はこちら。フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。

(翻訳・加藤祐子)


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