福島へ、それは奇妙な里帰り (2)
(前回からの続き)
(フィナンシャル・タイムズ 2012年3月9日初出 翻訳gooニュース) ミュア・ディッキー東京支局長
義忠さんは茶髪で、バイクが好きで、最新の電子製品が大好きだ。その義忠さんは墓の前でひざまずき、数本の線香に火をつけた。はっきりした香りは、私のマスク越しにも伝わってくる。義忠さんはビン入りの緑茶を墓石に注ぎ、手を合わせて祈りを捧げた。このとき、私の線量計のゲージは25マイクロシーベルト毎時に下がり、信号音は前ほど切迫していない。けれどもテレビのリポーターはまだ緊張していて、「ここは危険です。あまり長居しない方がいい」と鵜沼さんたちに忠告していた。
いったいどれくらい危険なのか、激しい議論になっている。放射能の危険性をバカバカしいほど誇張するのは科学への無知と原発に対するパラノイアのせいだという意見がある一方で、それは原発利権のために危険性をひどく過小評価しているに過ぎないという反発もある。
25マイクロシーベルト毎時では、私が1ミリシーベルトを浴びるまでに少なくとも2日はかかる。1ミリシーベルトとは、一般公衆が1年間にさらされてよいと国際的に定められた人工放射線の限度だ。そして1ミリシーベルトとは、発がんリスク上昇が統計的に裏付けられると広く認められている被曝量の、100分の1だ。徹底したリスク評価には、色々な放射性核種が発する色々な放射線の違いを考慮し、外部被曝なのか内部被曝なのかも考慮する必要がある。原発事故以降に何度も福島を訪れた私が、すでにどれだけ被曝しているのかも計算しなくてはならない。しかし今のこの環境でたった数時間過ごしただけで私に何か健康被害が出るとしたら、それは相当に運が悪いからではないだろうか。
鵜沼さんたちもそこまでは緊張していないので、私たちは別の墓にお参りすることにした。事故前に双葉町から引っ越していった友人たちの、家族の墓だ。友人たちはもう住民ではないので、警戒区域に入る許可が得られず、自分たちで墓の手入れができないのだ。
○ がんばってからがんばろうに
日本で最もよく使われる言葉は、なかなかぴったりした英語に訳せない。たとえばそれは「がんばる」という動詞だ。命令形は「がんばれ」や「がんばって」で、英語で近いのは「Do your best!」とか「Hang in there!」。日本ではこの表現で、受験生やスポーツ選手や何かに挑戦しようとする人たちを応援する。なので津波や原発危機の被害者にかける励ましの言葉は当初、自然と、「がんばって」や「がんばれ」だった。
しかしあまりにたくさんのものを失った人が、自分より幸せな人にもっとがんばれと言われるのは、とても辛いことだった。被災者に「がんばって」と言うのは心理的な負担になるだけだと批判が高まり、議論になった。より思慮深い日本の人たちは最近では「がんばろう」と言う。英語にするなら「let's persevere」だ。「がんばろう」は電車の壁に貼られ、小学校の壁に塗られ、総理大臣は新年の挨拶で繰り返すフレーズとなった。
福島医大の山下俊一教授に研究室で会った時、教授は「がんばろう福島」と書かれたバッジをネクタイにしていた。県内で行政が配っているバッジには、「Fight! Fukushima!」と英語で書いてある。上手だがアバウトな訳だ。長崎市出身の山下教授は人の善い医学者で、激しい論争の渦中にいる人物だ。低線量被曝は人間にとって大きなリスクではないという主張を声高に繰り返してきたため、多くの人から憎まれているのだ。
山下教授の母親は長崎の原爆生存者だ。そして教授は、20年にわたって放射線と健康について研究してきた。その結果、山下教授は、福島第一原発からの放射性降下物による健康被害よりも避難生活やストレスによる健康被害の方が深刻だと確信している。多くの科学者たちが教授のこの見解に同意しているのだが、原発から漏れ出る放射能は今すぐ直ちに危険なものだと、特に子供にとって危険なものだと信じている人たちは、この意見に激高する。日本や海外のインターネットでは、山下氏をアウシュビッツの殺人医師ヨゼフ・メンゲレと比較したり、人の形をした悪魔だと呼ぶ人たちもいる。
批判について尋ねると、山下教授は「私は悪魔じゃありません」と答えた。「私はそんな悪い人間ではない。福島の人たちの為に働いているんです」と。
そして実際のところ山下教授は今、政府が福島県内で行う最重要調査のひとつを主導している。福島の住民200万人の健康状態を長年かけて経過観察していこうという野心的なものだ。住民を安心させるための調査と言われているが、放射能リスクについて研究者がもっと明確に状況把握する一助となる情報も、これで得られるだろう。
福島では多くの人がこの調査について半信半疑だ。山下教授を担当者に選んだのはつまり、放射能関連の被害を見つけないように偏ったものだからだと疑う人もいる。政府は福島第一原発の安全を維持できず、事故に関する情報を速やかに提供できなかったとして、当局に対する国民の信頼はひどく損なわれた。一部の住民を自宅よりも汚染のひどい地域へ避難させたことへの反発は実に根深い。放射能による白血病の事例が報告されなかったという噂が常に飛び交い、汚染レベルが低く言われているという噂も飛び交っている。DJ兼レストラン経営の押田竜太郎さんは「自分たちはモルモットにされてる。政府の数字など誰も信じていない」と話す。
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