福島へ、それは奇妙な里帰り (1)
○ 東京に避難はしたが
奇妙な宙ぶらりん状態で身動きがとれない。原発避難をした多くの人が、そういう感覚を抱いている。震災当時、福島第一原発で働いていたタカクラ・リョウタさん(29)と再会する。タカクラさんは、原発での状況悪化を受けて家族と共に南へ避難した。私たちが再会したのは、東京の公営住宅。ここには今、タカクラさんの女きょうだいが夫と子供2人と一緒に暮らしている。
タカクラさんはこの日、前日遅くまで友達と遊んでいたせいで目が赤い。将来の計画は、今のところない。仕事に就いてしまうとおそらく東電の補償が受けられなくなるので、仕事を見つけるのは意味がないように思えるからだ。とはいえ、東電からいずれいくらもらえるのかもよく分からない。政府は大まかな補償基準を公表したが(たとえば、体育館やテントで過ごした時間に対する補償はひと月あたり一律12万円など)、もっと大事な部分はまだ決まっていない。
避難した人の多くは、補償の申請手続きが分かりにくく、お役所的だと不満を抱く。政府の指示で簡素化はされたが、それでもまだ、東電が被災者に送る書類セットは受ける側の気持ちをくじくほどに分厚い。中には30ページにわたる用紙もあり、記入方法を説明する冊子はその倍の分厚さなのだ。
「あれを見たとき、馬鹿にされてるのかと思った」とタカクラさんの義兄にあたる押田竜太郎さんは言う。福島から避難した後、押田さんは原発の近くで経営していた料理店の代わりに、新しく東京で店を開いた。地元の復興支援ソングを発表したバンドの一員でもある。しかしそうやって成功しているからといって、東電を許す気にはとてもならない。「まるで何も悪いことをしてないみたいな態度なので」と押田さんは言う。
東電に対する怒り、そして監督不十分だった政府に対する怒り。福島の人たちの怒り、そして多くの国民の怒りは根深い。地震大国・日本列島において原発は絶対安全の備えがしてあると、国民は約束されていたのだから。安全の約束がいかに空手形だったか昨年3月11日に明らかになって以来、同じような惨事を心配する各地の原発立地自治体は、地震や定期検査で停止した原発の再稼働を阻止しはじめた。今年3月の時点で日本の商用原子炉54基のうち稼働しているのはわずか2基だ(訳注・3月末で1基のみに)。震災前の日本はエネルギー供給の3割近くを原子力発電に依存していたのだが。
日本と原子力発電の恋愛関係が破局を迎えたのは間違いない。それでも、日本人の反発は実に意外なほど静かだった。福島第一原発の事故から数カ月のうちに、ドイツとイタリアはきっぱりと原発に背を向けたが、日本は今のところエネルギー政策の見直しを発表したに過ぎない。政界や主要メディアでは、資源に乏しい日本が完全に原発を捨てることはできないと確信する人が多い。一方で、反原発デモがかろうじて数千人を集められたのはわずか数回だけだ。
なぜそうなのかを探るため、私は日本共産党の吉井英勝衆議院議員を訪ねた。福島第一原発の危機が政治的に有利に働くで政党がもしもあるとするなら、それは1960年代から原発に反対してきた日本共産党のはずなので。吉井議員は6年前の時点ですでに国会において、地震と津波が合わされば日本の原発の冷却装置が動かなくなり、とんでもない事態になりかねないと警告していた。
しかし昨年3月以来、共産党の支持率はろくに上がっていない。各種世論調査によると、有権者の間の支持率は2%かそれ未満に留まっている。ベテラン政治家の吉井議員は雄弁で、深くなめらかな美声の持ち主だ。そしてその吉井議員によると日本では、経済界のエスタブリッシュメントのほとんどが、建設会社から大手銀行に至るまで、原発産業に利害関係をもっている。それだけに反原発運動が原発業界を倒すのは実に大変なことなのだと議員は言う。また日本の主要メディアも国内の反原発デモを無視してきたのだと。
それでも、再生可能エネルギーは原子力発電に代わる現実的な代替エネルギーだという認識が国民の間で高まるに連れて、世論の潮目が変化しつつあると吉井氏は感じている。再生可能エネルギーを原発の代わりにと主張した本を2010年に発表した時はほとんど注目されなかったが、福島第一原発の事故後は同じ本が飛ぶように売れた。吉井氏が再生エネルギー利用のモデルケースとして挙げた小さな町は、参考にしたいという人たちでたちまちあふれかえった。町は対応でてんてこまいになり、見学者を週2人に限定せざるを得なくなったと吉井氏は言う。
震災一周年は、反原発勢力が国の政治家に圧力を強めるチャンスとなる。ノーベル文学賞受賞者の大江健三郎氏を含む活動家たちは、3月11日に福島県内の主要都市で大規模な集会を開く予定だ(訳注・郡山市で「原発いらない!3・11福島県民大集会」を開催)。とはいえ、熱気に溢れた1960年代を最後に、日本ではそれ以降、大規模な市民集会がほとんど開かれてこなかった。その日本で市民を揺り動かすのは簡単なことではないと、主催者たちも認めている。作家で活動家の落合恵子さんは、反原発集会に参加するため日本中を旅して回った今、運動が今以上に活気づくかどうか、「必ずしも楽観視していない」と話す。勢いは過ぎてしまったかもしれないと。
警戒区域を訪れた鵜沼さんたちに許されたわずかな滞在時間で、なんとしてもやらなくてはならないのが墓参りだ。まず最初に、畑の隅の松の木立に守られるようにして並ぶ墓所をお参りする。これはこの土地で少なくとも5代にわたって土地を耕してきた、友恵さんの先祖代々の墓だ。義忠さんはこの家の婿養子なのだ。男性の跡取りが足りない家族では良くある習慣だ。
次に私たちはワゴン車に乗り込み、近くの公営墓地へと向かう。そこには義忠さんの両親の遺骨が納められている。車は原発の反対方向へ向かっているのだが、それでも放射線量が急にグッと上がった。放射性降下物は均等には降らない。風や雨などの不確かな要因に左右され、さらに河川や下水で拡散する。福島第一原発のごく間近にある農場でも、数十キロ離れた地点より線量が低いところもあるのだ。
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(翻訳・加藤祐子)
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