福島へ、それは奇妙な里帰り (1)
(フィナンシャル・タイムズ 2012年3月9日初出 翻訳gooニュース) ミュア・ディッキー東京支局長
○ 原発から2キロの自宅に戻る
私のガイガーカウンターがいよいよ本格的に鳴り始めたのは、鵜沼義忠さん一家の墓に向かう途中でのことだった。震災から1年の間に、目に見えない放射性物質の粒子がこの田舎道の上や道路沿いの松の木に降り注いだため、今や道も木々もひどく汚染されている。静かな谷間を縫って車で墓地に向かう道中、私の膝の上で線量計の針は40マイクロシーベルト毎時以上にまで上った。これは東京に住む私の自宅周辺の約800倍だ。私たちが乗っているワゴン車のどこかで放射能警報機が鳴り始めるが、義忠さんと妻の友恵さんは気にとめない。私たちは福島第一原発周辺の警戒区域内に深く入り込んでいる。ここでは高レベルの線量はいつものことなのだ。友恵さんは自分の線量計に目をやり、「最近では、亡くなった人のお参りをするのも危険と背中合わせ」とため息をついた。
私が義忠さん(45)と友恵さん(36)に初めて会ったのは、大震災と津波被害で福島第一原発が危機に陥ってから10日後。東京近郊にある近未来的なさいたまスーパーアリーナでのことだった。物静かな夫妻と10歳の娘、はなさんは、海岸沿いの双葉町から避難してきていた。原発から2キロしか離れていない自宅をほとんど着の身着のままで後にするしかなく、家財道具だけでなく、大切な猫も犬も牛40頭も、おいてくるしかほかにどうしようもなかった。鵜沼さんたち双葉町の住人1000人以上は混乱しきった状態で南へと避難し、そしてスーパーアリーナの廊下に設置された段ボールの仕切りの中に逃げ込んだ。
非常時だった。日本は有史以来最大級の地震と津波に襲われて、ぐらついていた。地震と津波で東北地方の沿岸部は破壊され、1万6000人が死亡、3000人以上が行方不明となった。私が鵜沼さんたちに出会った当時、作業員や自衛隊員や消防士たちは、放射能をまき散らす福島第一原発の原子炉を冷却しようと、極限状態の中で必死に戦っていた。鵜沼さんたちに会った翌日には当時の総理大臣の菅直人氏が秘密裏に、首都圏避難も含む最悪のシナリオ策定を指示していた。最悪のシナリオでは、人口3500万人を擁する首都圏全域まで避難を余儀なくされるという、恐ろしい可能性も想定された。
あれから1年たって、最悪のシナリオの懸念は薄らいでいる。原発は安定し、放射性物質の漏洩は制御され、応急処置として新しい冷却装置も設置された。しかし多くの日本人にとって、危機は終わるどころではない。10万人以上がいまだに家に帰れずにいる。前より高い放射線量の中で暮らすことの不安に、何百万人もの人が苦しんでいる。福島第一原発の事故は、資源に乏しい日本のエネルギー政策に疑念を抱かせ、政府に対する国民の信頼を揺るがした。
優れたホラー小説ならば、舞台設定に異様と通俗が絶妙にブレンドされているものだ。福島第一原発の周りの立ち入り禁止区域も同じ。まず入るために警察の検問所で許可証を提示しなくてはならない。続いて、屋外の施設で使い捨ての白い防護服とマスクと手袋と靴カバーを支給される。この薄い防護服が、放射能を帯びた埃や泥を防ぐラインとなる。道路沿いには、自動車ディーラーやラーメン屋や農産物直売所がずらずらっと並ぶ。原発に向かうトラックやバスの流れはまばらだが、日本の田舎では実にありきたりのこの光景に、見せかけの日常性をもたらしている。日本中どこの郊外にもあるありきたりな道路を、バスやトラックが普通に走り抜けているように見えるのだ。よくよく目を凝らさないと、どのコンビニでも灯りが全て消えていることには気づかない。チェーンのレストランの入り口前でアスファルトの割れ目から草が顔を出していることにも、気づかない。幹線道路を外れると、薄暗い谷間は不気味なほどしんと静まり返っている。ゆっくりと周囲をパトロールしているパトカーや、同じように白い防護服で身をくるんだ訪問者の姿を、ごくたまに目にすることはある。しかしそれを除けば何もかもが止まっている。冷たい青空に円を描く凧のほかは。
鵜沼友恵さんにとっては震災以来3度目の帰宅で、義忠さんにとっては4度目だ。今回は日本のテレビ局TBSのリポーターとカメラクルーが同行している。TBSも私も、鵜沼さん夫妻の帰宅に乗じて、当局の規制をかいくぐり、現地入りしようとしているのだ。
鵜沼さんの農場に至る最後の角を曲がると、友恵さんは声を上げた。私たちの接近に驚いて逃げる、数頭の牛の群れを目にしたからだ。飼っていた牛たちの生き残りだ。まだ生きているその姿を友恵さんが見たのは、今回が初めてだった。私たちの接近に逃げたのは、鵜沼さんたちが避難した時は屋外にいて、後に動物愛護グループのボランティアが解き放った牛たちだ。今では野生のように自由に動きまわっている。しかし3月11日に牛舎の中にいた牛や子牛はそうはいかなかった。中に入れば、ぐちゃぐちゃになった骨と皮の状態で横たわる死体が、床にずらっと並ぶ。しかし囲いの一つには習性で外から戻り、出られなくなった牛がいた。生きて、パニックしていた。友恵さんは道具を探してフェンスを外し、優しく牛を外に追い出す。「ゆっくりでいいから、ゆっくり。みんなのとこに行きなさい」。
鵜沼さんたちにとって、今回のこれは奇妙な里帰りだ。海辺に位置する双葉町の集落は津波ですっかり流されたが、内陸の家のほとんどは地震に耐えて無事だった。しかし放置されて手つかずの家屋は津波とはまた違った、じわじわと蝕む破壊にさらされている。そして全てが放射能の恐怖に汚染されているのだ。鵜沼さんたちの家の中はひどく散らかっている。まず地震によって家具がひっくり返り、おもちゃは棚から落ちて散らばった。その状態で鵜沼さんたちは必死になって貴重品をかき分け、見つけようとした。そして残されたペットたちの排泄物がさらに家を汚している。震災から数カ月間、警戒区域の多くの民家や会社が空き巣に入られて荒らされたのだが、鵜沼さん宅は少なくともそれだけは免れたようだ。しかし友恵さんの両親の家は、すでに崩れ始めている。両親の家は住居部分と子牛飼育用の牛舎が組み合わさった、低くて横に長い建物だが、室内の壁紙はあちこちで破れ、天井の腐食が進んでいる。
鵜沼さん夫妻はここに戻ったがいいが、許された滞在時間は5時間しかないので、実は大したことはできない。夫妻の布団で丸まっていた猫の死体を、テレビクルーが手伝って埋めた。ほかのペットが万が一戻って来た時のために、ドッグフードを一袋開けておいた。友恵さんは牛たちのために、ワラ数束のビニールカバーを外した。ヘアカーラーを何本か持って行くか、子供のハリウッド映画のDVDを何枚か持って行くか、友恵さんは迷う。持って行く方がいいのか、それとも放射能汚染の危険の方が大きいのか。どんなにささやかな日用品でも、それが目の前にあると、諦めるのはなかなか大変だ。
「スプーンやお箸を買うたびに、家に行けばあるのにと思ってしまうんです」と友恵さんは言う。
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