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父子家庭へ遺族基礎年金が拡充された経緯と背景 - 村上 吉宣

 父親(夫)を亡くした母子家庭には支給されるのに、母親(妻)を亡くした父子家庭には支給されない遺族基礎年金。

 その理不尽な制度的欠陥が、多くの父子家庭を生み出した東日本大震災によって浮き彫りになったことは、このブログでも再三取り上げてきた。

 今年8月10日に成立した社会保障と税の一体改革関連法には、遺族基礎年金の支給対象に「父子」を加える内容が盛り込まれた。

 ただし、改正法の施工は2014年4月。つまり、それ以前に母親と死別した父子家庭は支給対象にはならない。

 われわれの長年の願いと活動が通じ、対象に「父子」の二文字が加えられたことは感慨深いが、東日本大震災で父子家庭になってしまわれた方々は、残念ながら対象とはならない。

 特に被災県に住む僕としての気持ちは複雑だが、遺族基礎年金が父子家庭へも拡充されたことは大きな一歩だと前向きに受け止めたい。



 そもそも遺族基礎年金は、20歳以上60歳未満の全ての人が加入する国民年金制度から支給される。その対象はこれまで、「子のある妻、または子」に限定され、「父子」は対象外だった。

 そのため、近年増えている夫婦共働き世帯や母親が生計の中心を担い専業主夫がいる世帯などでは、母親が亡くなると収入が激減するにもかかわらず、遺族基礎年金は支給されず、経済的に困窮することがあった。

 この問題を、僕は震災以前から知っていた。平成22年、児童扶養手当が父子家庭へ拡充される前に長妻昭厚生労働大臣(当時)に、総理大臣、厚生労働大臣宛の要望書を提出した。

 この要望書には遺族年金を父子家庭へも拡充するよう求める項目があった。その時、長妻大臣(当時)は「現在推し進めている年金制度改革で実現させます」と言った。その言葉を信じ、制度が改められることを待っていた。

 平成23年3月11日、東日本大震災が起きた。この時も僕は「誰かがやってくれるだろう」と思っていた。しかし、報道で接した当時の細川厚生労働大臣の発言に耳を疑った。「震災で死別しひとり親家庭となった家庭の支援は、既存のひとり親支援制度で対応する」。発言の要旨は確か、このような内容だったと思う。

 平成23年6月20日、小宮山洋子厚生労働副大臣(当時)にNPO法人全国父子家庭支援連絡会(全父子連)とNPO法人ファザーリング・ジャパン(FJ)の連名で、内閣総理大臣、厚生労働省大臣宛の要望書を提出した。

小宮山副大臣と面談


 その後、僕は厚生労働省の年金部会議事録に注目し、動向を見守ることとなる。しかし、父子家庭に対する遺族年金拡充の議論は一向になされない。いろいろと動向を探るうちに一つ疑問というか、ひらめきが浮かんだ。

 それは平成23年6月7日に厚生労働省が遺族年金の支給要件の緩和を年金機構に通知していたことにまつわる。災害で行方不明となった人の家族が遺族年金などを受け取るには、災害から1年が経過している必要があるが、平成23年5月2日に成立した特別財政援助法では、震災後3カ月で死亡と推定できると規定した。つまり家族から申請があれば、震災から3カ月後の6月11日から支給手続きが出来るようになったのだ。

 「あれ? 2年後の年金制度改革の時でしか、年金法は触れないんじゃなかったのか?」「今、支給要件をいじれるということは特例法案や議員立法で対象拡大させることは可能なのでは?」そんなことが頭をよぎった。

 そんな中、民主党の女性議員ネットワークの会議に呼ばれた組織から「震災で父子家庭となった方々に対する支援の必要性を感じているが、実態がわからない。レクチャーして欲しい」との連絡をいただいた。

 一通りレクチャーした後、組織の方から父子家庭に対する支援拡充の必要性を政策提言してくるとの話があった。当事者ではない方々からの発信に少々不安を持った僕は、自費で上京し、民主党の女性議員ネットワーク会議に出席した。

 そこで僕が接したやり取りは、制度改正に対する期待を広げるどころか、不安を一層かき立てる内容だった。その席には十数名の女性議員が出席していた。小宮山洋子厚生労働副大臣(当時)が大臣に就任する前日と記憶している。それぞれの組織の方々が一生懸命、父子家庭支援の必要性を力説した。そんな発言が一巡した後のことだった。その場にいた女性議員の行動に僕はショックを隠せなかった。

 こうした勉強会の席ならば、その世界の実情を伝えてくれた発言者に握手の一つでもして、本音かどうかは別としても「一緒に頑張りましょう!」などと声を掛けるのが筋であり、礼儀だろう。

 しかし、その場にいた女性議員たちが閉会後、真っ先に歩み寄ったのは、なぜかその場にいた有名女優。
「いつもお世話になってます!」などとミーハーな声を上げて駆け寄り、記念写真撮影に興じる始末。僕はその時、「このおばちゃんたちに、父子家庭の処遇改善は任せられない!!!」と悟った。

 すべての議員がこうだとは思わないし、そう思いたくもない。「被災地と霞が関の温度差」と表現するのも、感傷に過ぎるのかもしれない。それでも、北に向かう新幹線の車中、悔しさがこらえきれなくて、周囲の目もはばからず、一人涙した。

 仙台に帰るなり、僕は「父子家庭への支援拡充を求める意見書」を書き上げた。お世話になっている仙台市議会議員からもアドバイスを頂きながら書き上げ市議会に提出。想像以上の速さで平成23年10月24日、仙台市議会で採択された。

 政令指定都市である仙台で意見書が採択されたことがきっかけとなり、その後、被災3県である岩手、宮城、福島県議会に対しても、同様の意見書を政府へ送付してくれるように働きかけを続けた。

 岩手県議会では民主党が音頭をとってくれた。宮城県と福島県では公明党と自民党が先頭に立った。被災県で一番多くの遺児を生んだ被災市町村の首長である宮城県石巻市の亀山市長、岩手県陸前高田市の戸羽市長にも直接お会いし、政府への働きかけをお願いした。被災県の議会の皆さん、首長の皆さんは本当に全力で父子家庭支援拡充のために尽力してくれた。

 そんな水面下の活動の中、平成23年9月29日、公明党の松あきら参議院議員が参院予算委で遺族基礎年金を父子家庭にも支給するよう主張し、小宮山洋子厚生労働大臣から前向きな答弁を引き出した。これが直接のきっかけとなり、厚生労働省年金部会でやっと父子家庭への遺族基礎年金拡充が議題として上がった。




 議題になっても、制度改正が実現する確約はない。僕は児童扶養手当を求める際にお世話になった国会議員の方々に現状を知ってもらい、力を貸していただこうと霞が関に何度も足を運び、協力を求めた。さらにフェイスブックを駆使し、全国の地方議会の議員約1000人にコンタクトを取り、被災県だけの問題ではない「全国の子育てする男性のセーフティーネットにかかわる問題である」と情報発信を続けた。

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 結果、「父子家庭への支援拡充を求める意見書」は被災県外の地方議会にも波及し平成24年9月現在、確認できるだけでも20府県議会、102市町村議会で採択されている。

 こんな僕の発信に多くの方が耳を傾けてくれたのも、勇気ある数名の震災父子家庭の方が、自分たちの窮状を世の中に理解してもらうために自らメディアに登場し、声を上げてくれたからだと僕は思っている。

 そして平成24年1月末、「政府提出の一体改革関連法案に遺族基礎年金の父子家庭への支給が閣議決定された」とメディアが小さく報道したのを見た。しかし、消費税増税法案と一対となっており、2014年4月からの施行となっていた。

 振り返れば震災後、できるだけ早いうちに父子家庭に遺族年金が支給されない問題を世間に「見える化」しないと、世の中に必要なものとして議題にされないと思い、行動してきた。一時は、無理だとも思いかけた。しかし、それでも諦められなかった僕は、厚生労働省に問い合わせた。「震災父子家庭の方々をすくい上げる方法はないですか?」「そのためにはどんなアクションを起こしたらよいでしょうか?」

 ある担当者は「震災後、遺族年金の支給要件が緩和された事を考えると、可能性は低いですが、議員立法や特例法案で触れる可能性がある」と教えてくれた。その可能性を耳にしたのは平成24年の3月ごろ。もう今さら訴えても民意は得られないと考え、断念した。なぜなら、平成23年3月11日まで遡り支給できるのであれば、事故死や病死、または自死の方々もすくい上げなくてはならない。

 加えて、今も未成年を養育している全ての死別の父子家庭の方々を対象としないと理屈に合わなくなってしまう。さかのぼって対象に加えることを求めるにしても、予算がどれだけ必要になるのかを算出するのはシステム的に不可能であることも明らかだった。

 そして平成24年8月10日に消費税増税法案が採択された。同日成立した社会保障と税の一体改革関連法により、同年金の支給対象に「父子」を加える内容が盛り込まれることになった。求めていたことの半分を実現させることができたことは、本当に良かったと思う。

 しかし震災後、政府が、小宮山洋子厚生労働大臣が、「父子家庭」を「母子家庭」と同様に支援が必要な対象者であるとちゃんと認識してくれていたら、遺族年金の支給要件が緩和された平成23年6月7日に、支給対象者を父子家庭へも拡大する特例法案を審議し採択してくれていたのではないだろうか。僕はどうしても、そう考えてしまう。

 どの政党が政権を担おうとも、誰が首相になり、大臣になろうとも、この問題を解決することがジェンダーの問題や、ひとり親家庭の貧困問題、そして男性も女性も子育てしながら働きやすい社会を実現するために向かい合わなくてはならない喫緊の課題であると認識してもらいたい。そして、議論し行動に移してもらいたいと切に願う。

 日本のどの場所で大きな災害が起きたとしても、事故で妻を失ったとしても、病気で妻に先立たれたとしても、「妻じゃなく俺が死んだ方が良かったんだ」などと、残された父親が口にする世の中であってはならない。

 僕たちの活動はメディアで大きく報道もされないし、問題自体を知らない人たちも多い。けれども、僕たちの声が地方議会から響き、県議会にも伝わり、政党にも届いて、政府を動かし、法律が変わり、誰かが救われることとなったこの「事実」を、僕は少しでも多くの人たちに知ってもらいたい。

 そして今も継続して母子寡婦福祉資金貸付制度や高等技能訓練促進費、特定求職困難者雇用開発助成金などの就労支援に繋がる支援制度の拡充を求めている。

【詳しくは過去記事を参照願います】

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