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【浜岡原発停止10日間の攻防】

6.高まる不信

 午後4時半ごろから、再び総理執務室に同じ顔ぶれが集まった。官房副長官の仙谷由人(66)や経済産業省事務次官の松永和夫(60)らが新たに加わった。

◆菅「おれが会見する」

 経産相の海江田万里(63)は同じ場所、少し遅れてきた仙谷が、その対面に座った。総勢20人を超えた。執務室のソファや椅子がほとんど埋まった。目の前で下される判断の重さを物語っていた。

 「検討しましたが、やっぱり行政指導しかありませんでした」

 原発を止める根拠の確認に当たった経産省の事務方が報告した。「脱官僚」を掲げる民主党政権。「行政指導では、イメージがよくないわな」。仙谷がつぶやいた。

 「金融支援や液化天然ガス(LNG)の確保を考えている」。法に基づかない政府の要請で、浜岡原発を止める異例の措置。海江田は政府支援のメニューを並べ、行政指導での決着に理解を求めた。中部電力が停止を受け入れやすくする配慮だった。

 「大臣に言われる前から、浜岡のことは考えていた」。終始、黙って聞いていた菅が口を開いた。「おれが会見する。下村君を呼んでくれ」

 5時ごろ、4階の自室にいた内閣審議官の下村健一(51)の電話が鳴った。「総理がお呼びです」。首相秘書官の声を聞いて、階段を駆け上った。

 下村が総理執務室に着くと、官房長官の枝野幸男(47)が単刀直入に言った。「浜岡を止めることにしました。総理が発表するから、用意してください」

 「今日発表でいいよね、寺田君」。枝野は菅側近の衆院議員、寺田学(35)に確認を求めると、寺田は意外にも反対した。

 「どうして、そんなに急ぐのか。大事な話なのだから、もっと練ってから発表した方がいいのではないか」

 寺田は、菅が今から急に会見すれば「いつもの思いつき発言」と、受け止められると考えた。本来の意図が矮小(わいしょう)化され、逆に政権批判につながることを心配した。

 ここで、経産省大臣官房総務課長の柳瀬唯夫(50)が寺田に反論する。「何としても今日、発表すべきです」

 柳瀬は、原子力政策課長時代、将来的に原発比率を最大40%以上にする「原子力立国計画」を取りまとめていた。「その柳瀬が、なぜ原発停止に賛成なのか」。寺田は、次官松永の顔色を見ながら話す柳瀬の態度を見逃さなかった。

 菅のブレーンで、会議に出席した内閣官房参与の田坂広志(60)も「海江田さんと経産官僚との、ある合意した方向感覚があった」と証言する。

 「ここまで議論した。今日やらないと、浜岡停止はマスコミや電力業界に漏れて、つぶされる」。枝野の発言を受け、仙谷が口を開いた。「下村さん、今から準備したら何時にできるかな」

 下村は執務室の壁掛け時計に目をやった。針は6時前。「7時10分です」。NHKのニュースで生放送されることを意識した。

 隣の秘書官室で、首相会見の草案づくりが始まった。部屋に入る前、枝野は「経産が事前に作った文案が一応ある」と下村に紙を差し出した。

 「すべての原発で安全対策が適切に措置」「津波で電源を失っても、炉心損傷を防ぎ、冷温停止ができる」「浜岡は、中長期対策が必要」…。

 一読した官房副長官の福山哲郎(50)は「これじゃ原発を動かすというメッセージだよ」。下村を中心に田坂や秘書官ら数人がパソコンの画面を囲んだ。「純粋に『浜岡を止める』というだけの内容に書き直す」。下村はそう決めてパソコンに向かった。

 そのころ、海江田は静岡県知事の川勝平太(63)と中電社長の水野明久(58)への事前連絡に追われた。川勝は「英断だ」とたたえ、水野は「えっ、ちょっと待ってください」と動揺を隠せなかった。

 「国民の皆さんに重大な発表があります」。午後7時10分に始まった菅の記者会見は時間にして八分41秒。記者からの質問もわずか2問で打ち切った。官邸の神経質ぶりがうかがえた。

 下村が菅へ最終稿を渡したのは会見の15分前だった。「いつもはアドリブ(即興)を入れる総理が、あの時だけは原稿通り読んでいた」

 保安院原子力発電検査課長の山本哲也(52)は菅の発言が経産省の用意した原稿と大きく異なっていたことに驚いた。他の原発の再稼働へ道筋がつくどころか、「脱原発」の序章になってしまった。

 「浜岡停止を再稼働に生かせなかった。ていねいにシナリオづくりできなかったのは残念だ」。海江田側近の1人は悔しさを隠さなかった。

    ◇

 この特集は、寺本政司、北島忠輔、鈴木龍司、細井卓也、加藤隆士が担当しました。

 

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