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自滅のエコロジー
 コンクリートで固められた窓のない小さな部屋の中で、須本真弘(すもとまさひろ)は額から冷や汗を流しながら、早鐘のように打つ自身の心臓の音を聞いていた。両手両足は頑丈な拘束具で固定され、首には天井から吊り下げられたロープが掛かっている。黒ずんだ壁や床には大小様々な弾痕が残っており、今も微かに残る火薬のにおいが真弘の鼻孔をくすぐる。

 不快な金属音を響かせながら鋼鉄製のドアが開き、がっしりとした体格の男が入ってきた。首筋を流れる汗を拭こうともぞもぞしていた真弘は、ビクッとしてすぐさま姿勢を整える。

「須本真弘。貴様を今からTPC――人口抑制条約――に則り、処分する!」

 男は拳銃の銃口を真弘の眉間に突きつけ、野太い声で高らかに宣言した。

「ちょ、ちょっと、待ってくれ! どういうことなんだ! TPCは際限のない人口爆発を抑制するために国際連合で採択された、この地球上で生きる価値がないとみなされた無能な人間を処分する条約だろ! そうだとしたら、私はTPCの対象外なはずだ! 犯罪歴は全くないし、きちんと定職に就いて、税金も納めている。至って普通の人間だぞ、私は!」

 今抵抗しないと問答無用に処分されてしまう! そう直感した真弘は、必死に自身の生存価値をアピールした。

「ほう、TPCについてよく勉強しているようだな。確かに貴様の言うとおり、人並みの生活を送っていれば、今までTPCに引っかかることはなかった……しかし、それはもう昔の話だ」

「なんだって!」

 真弘は身を乗り出して、男に激しく詰め寄ろうとした。しかし、男が引き金に指をかけるのを見て、すぐさま体を引っ込めた。

「最近、世界の人口が百十億人を突破したのは貴様も知っているな。それに伴い数日前、秘密裏に国連会議が開かれたのだ。そこで、今のままでは人口を抑制できないと気付いた各国の首脳たちは、人並み以上の能力を持った人間以外は全て処分することに決めたのだよ」

「だからって、どうして私なんだ!」

「今、言わなかったか? 今までのTPCでは、人口の増加に歯止めをかけることが出来ないからだよ。人並みに生きている人間なんてこの地球上に腐るほどいる。そんな人間を全員養っていたら、人口抑制なんて永遠に出来ず、地球を滅ぼしてしまう。そのことにようやく首脳たちが気付いたのさ」

 男は人を小馬鹿にしたような声で言い放った。

「そんな……」

 真弘はその場に崩れ落ちそうになった。しかし、首にロープが掛かっているため、膝をつくことさえ出来ない。

「さて、貴様にはそろそろ地球のために消えてもらおう。今日中に処分しなければならない奴がまだまだたくさん残っているんでね」

 男は拳銃の引き金をゆっくりと引いていった。

「そんなに……そんなにいけないことなのか、能力がないってことは! 普通に静かに暮らすことのどこがいけないんだ! お前たちには情ってものがないのか!」

 真弘の頬に一筋の涙が流れた。

「自分に能力がなかったことを恨むんだな」

 凄まじい血しぶきとともに、大きな銃声が一つ、部屋に響き渡った。



「須本真弘の処分、無事終わったようですね」

 男が仕事後の一服を楽しんでいると、彼の部下が拳銃を手に部屋に入ってきた。

「ああ、少々手間を取らされたがな」男はタバコをふかしながら続けた。「それより、次の処分者はまだ来ないのか? 今日中にあと三十人ほど処分しないといけないんだぞ。一刻も早く次の処分者を連れてこい!」

「そのことならもう心配ありません。TPC執行官としての先輩の仕事はさっきの男で終了しましたから」

「……何? どういうことだ?」

「言葉のままですよ。先輩はつい先刻、TPC執行官をクビになったんです。そして――」部下は拳銃を構えると、男の眉間に突きつけた。「TPCに則り、今から僕に処分されるんです」

「……いったい何を言っているんだ、貴様は?」

「わかりませんか?」部下は口元に不敵な笑みを浮かべた。「上から言われるがまま、操り人形のように仕事をする人間なんてもう必要ないってことですよ。朝起きてから夜寝るまで、毎日同じことの繰り返し。そんな不毛な人生を生きている人間は、この地球上にいらないんです。TPC執行官だから処分されないと高をくくっていたようですが……いつまでも狩る側の人間だと思ったら大間違いですよ!」

 部下は大きな声で嘲笑いながら、ゆっくりと引き金を引いた。

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