空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第五十七話 アスカ・スマイル! 〜消えたシンジの願い〜(ハッピーエンド)


来日したアスカが葛城家でミサトとシンジとの同居生活を始めて一ヶ月が経ち、アスカも生活に馴染んで来たと思われた頃。
シンジは最近アスカが学校の帰りに特殊な場所に寄り道をしているのでは無いかと不思議に思っていた。
たまにアスカの携帯電話にかけても繋がらない事があるからだ。
シンジがアスカに尋ねると、アスカは街のカフェに寄る事があり、そこでは一人の時間を邪魔されたくないから携帯電話の電源を切っているのだと答えた。
アスカの答えを聞いたシンジは、アスカはまだ葛城家の自分の部屋でくつろぐ事ができないのかと残念に思った。
またしばらく経ったある日、街でいつもとは違う店まで足を伸ばしたシンジはその帰り道、街のカフェでコーヒーを飲んでいるアスカの姿を見かけた。
シンジはアスカに声を掛けようかと思ったが、そのカフェは本格的なコーヒーショップ風の雰囲気でシンジを圧倒し、またアスカに怒られるのではないかと思い店の前から早々に立ち去ろうとした。
しかし、そのタイミングでアスカと同じテーブルの席に男性が座ったのだ。
シンジは一瞬加持かと思ったが違う男性だった。

「アスカが加持さん以外の男の人と会うなんてどういう事だろう?」

シンジはアスカに見つからないように少し離れた場所にある物陰からアスカと男性の話す様子を盗み見た。
もしアスカがこの男性に何らかの脅迫を受けているとしたら、ミサトや加持に報告して助けなければならない。
しかし男性と話している間に時おり笑みを浮かべるアスカを見たシンジはその考えを捨てた。
アスカは加持さん以外に新しい恋の相手が出来てしまったのかもしれないと思うと、シンジは深いため息を付いた。
この事をミサトや加持に告げ口するのも気が引けたシンジは、この日アスカを見た事は誰にも告げなかった。
それからシンジは時間を見計らってアスカに電話をして通じないのを確かめると、シンジはまたアスカはカフェであの男性と会っているのかとため息を付いた。
だがシンジはアスカの事ばかり気にしてはいられなかった、なぜなら自分にも悩み事が出来てしまったからだ。
次第に近づいて来る母親ユイの命日。
数年前、母親ユイの墓参りで父ゲンドウから逃げ出してしまって以来、サードチルドレンとして第三新東京市のネルフに呼び寄せられるまでシンジはゲンドウと顔を合わせる事はなかったのだ。
ネルフに来てからゲンドウと少しは話す事は出来たものの、二人きりで父親のゲンドウと母親の墓参りに行くのは久しぶりだ。
周囲の人間の邪魔が入らないが、助けを求める事も出来ないわけで、何を話せばいいのかシンジは思い悩んだ。
一番聞きたかったのは自分の母親の事。
実験の失敗によって母親が亡くなってしまったのはシンジが小さい頃に聞いたウワサ通り事故では無く故意に因るものだったのか。
シンジは母親が死んだ時、涙を流して激しく嗚咽するゲンドウの姿を見ている。
だからシンジはゲンドウが愛する自分の妻を殺したのだとは思えない。
そしてしばらくシンジ達の前から姿を消したあの時からゲンドウは変わってしまった。
自分に向けてくれた不器用な優しさがこもった微笑みは無くなり、サングラスで目を隠し石像のように冷たい表情をするようになってしまった。



その一方で、シンジの母親の命日が近づくにつれて緊張感を増しているのはアスカだった。
アスカはその日を自分の復讐を実行する絶好のチャンスだと少し前から計画を練っていた。
アスカの計画……それは自分の母親を奪う原因になったゲンドウを殺す事。
自分の母親が死んだのが事故では無く故意によるものだとアスカが知ったのは少し前の事だった。
シンジの母親であるユイ博士が実験の結果エヴァンゲリオンに飲み込まれてしまったのはネルフの幹部の間では知られていた。
皮肉なのはその実験の失敗の結果、未完成だったエヴァンゲリオンのコアが完成してしまった事だった。
そしてドイツ支部でも建造中のエヴァンゲリオンのコアを仕上げようと、アスカの母親であるキョウコ博士に同じ実験を行ったのだ。
ドイツ支部でも実験は失敗したと言われていたが、それはキョウコ博士の精神だけしか飲み込まれなかったという意味での失敗だった。
アスカがこれらの情報を知っていたのはカフェで接触していた男性から話を聞いたからだ。
彼はアスカが知っているドイツ支部の職員で、最初はアスカにエヴァンゲリオンに隠された秘密があるので真実を話したいと持ちかけた。
しかし巧妙な手を使った彼はある意図を持ってアスカに近づいていた。
彼はドイツ支部での実験はネルフ本部の実験データに基づいて行われ、ドイツ支部は騙される形になったとアスカに吹き込んだ。
冷静になって考えてみればそれが策略だと感づいたのかもしれないが、衝撃の事実を聞かされたアスカは平常心を失いゲンドウに殺意を持つように誘導されてしまった。
すなわち、アスカの母親が命を落としたのは全てゲンドウのせいだとアスカは思い込んでしまったのだ。
そしてカフェでの密談を重ねていくうちに、ゲンドウ殺害に向けた具体的な計画は練られて行った。
ネルフの司令であるゲンドウは普段からガードが堅く、急襲しても返り討ちにあってしまう。
しかしゲンドウがガードを自分から遠ざけ、一人きりになる時がある。
それは自分の妻であるユイの命日に墓参り行く時だ。
でも怪しい人物が墓地へと侵入すれば、周囲のガードは警戒してゲンドウの護衛へと向かうだろう。
だが鋼鉄のセキュリティの盲点となる人物は二人居る。
それは一緒に墓参りに行く事になるシンジ、そしてアスカだ。
実はアスカの母親である惣流家の墓も碇家と同じ霊園にあった。
計画ではアスカは偶然その日に自分の母親の墓参りに行く事を思い立ち、墓参りの品に紛れて小型の拳銃を持ち込んで霊園に潜入する。
そしてゲンドウをその拳銃で撃つ段取りになっていた。
エヴァンゲリオンのパレットガンを使いこなすために拳銃の取り扱いの訓練を受けていたアスカだが、実際に人を撃つのは初めてだ。
恐怖は燃え上がる復讐心がかき消してくれた、むしろ興奮するような喜びが湧きあがって来る。
だがアスカにとって気がかりなのはシンジの事だった。
憎むべき仇の息子とは言え、シンジの目の前でゲンドウを撃ってしまうのは心が痛んだ。
そこでアスカは挑発してさりげなくシンジを墓参りに行かせないように仕向けようと画策する。

「シンジ、今度の日曜日に司令と一緒にお墓参りに行くんでしょう?」
「え、何で知っているの? ミサトさんだな、相変わらず口が軽いんだから」

不思議そうにつぶやくシンジに、アスカはホッとしながらも慎重に言葉を選ぶ。

「司令が苦手ならさ、無理して一緒に行かなくても良いと思うけど」
「うん、だけど僕もこの機会に父さんと向き合ってみようと決めたんだ」

前向きなシンジの言葉に、アスカは面喰ってしまうと同時に困ってしまった。
それでもアスカは何とかシンジに墓参り行きを思い止まらせようと考えを巡らせる。

「と、とにかく、あんな司令みたいな人間と話し合おうなんて無駄よ!」
「おかしいよアスカ、父さんから逃げずに向き合うように励ましてくれたのはアスカじゃないか」
「そ、そうだったかしら?」

アスカが行くのをやめるように勧めてもシンジは折れなかった。
これ以上強引に説得しようとすると、シンジに感づかれてしまうかもしれない。
シンジの墓参り行きを止められなかったアスカは自分の部屋に戻ると深いため息をついた。
しかし計画を中止するわけには行かない、ゲンドウがガードを遠ざけるめったにない襲撃のチャンスなのだから。



そしていよいよシンジがゲンドウと墓参りに行く運命の日がやって来た。
ここ最近シンジは元気の無い様子で今朝も暗い表情をしていたが、アスカはゲンドウと一緒に墓参りに行く事で緊張しているからなのだと思った。
ミサトは加持とリツコと共に友人の結婚式に招かれているようで、やっかいな障害がまた一つ消えた。
葛城家の玄関を出て行くシンジとミサトを見送ったアスカはゲンドウ襲撃の準備をするために自分の部屋へと戻った。
まずは机の引き出しの箱の中に入れていた拳銃を取り出して確認する。
この拳銃は少し前にドイツ支部の男性から渡されたものだ。
忘れないように手荷物のバッグの中に入れた。
墓参り用の花などは行きに買って行く事にした。
着替え終わったアスカは自分の姿を鏡に映してみる。
この前親友のヒカリと一緒に選んで買った新しい服のはずなのに、色あせて見えた。
理由は分かっている、着ている自分自身がすさんだ雰囲気に包まれているからだ。
アスカは自分の部屋をぐるりと見回す。
母親からもらったサルのぬいぐるみ、お気に入りの黄色いワンピース、壱中の文化祭でシンジ達の『地球防衛バンド』と一緒に撮った記念写真が目に入る。
ゲンドウの殺害が成功しても失敗してもアスカは二度とここには戻って来れない。
しかし、アスカには迷っている時間は残されていなかった、すぐにシンジの後を追いかけなければゲンドウがガードから離れるタイミングを逃してしまう。

「さよなら」

アスカは別れの言葉をつぶやいて自分の部屋を出たが、驚きのあまり目を丸くして息を飲んだ。
葛城家の居間には外に出掛けたはずのシンジとミサトが立っていたのだ。

「シ、シンジもミサトも忘れ物でもしちゃったの?」

平静を取り繕ってアスカが尋ねると、シンジは真剣な表情をして首を横に振った。
そしてアスカの瞳をじっと見つめアスカの持っているバッグを指差して言い放つ。

「アスカ、お願いだからそこに入っている拳銃を渡してくれないかな?」
「な、何を言っているの、それよりも早く行かないとシンジもミサトも遅刻しちゃうわよ」

とぼけてシンジ達を送り出そうとするアスカに向かって、ミサトも声を掛ける。

「信じにくい話だろうけど、ここに居るシンジ君はさっき家を出てお墓参りに行ったシンジ君じゃないの。彼は未来の時間からやって来たシンジ君らしいのよ」
「はあっ!?」
「まあ、私も家を出た所でこのシンジ君から聞いた時は与太話よたばなし《※でたらめの話》だと思ったわよ。だけど、確認してみるとシンジ君は司令の所へ向かっている途中みたいなのよ」

驚きの声を上げるアスカにミサトはそう答えた。
早く墓参りに向かったシンジの後を追いかけないとゲンドウを撃つチャンスが無くなってしまうとアスカは気が付いた。
しかし、目の前には未来の世界から来たと言うシンジと、呼び止められて帰って来たミサトが立ち塞がっている。
追いつめられたアスカはバッグから拳銃を取り出してシンジ達に向かって狙いを定める。

「撃たれたくなかったら退いて、アタシはママの仇を討たなければならないのよ!」
「まだそんな馬鹿な事を言っているの!?」
「だって、ゲオルグさんはママがおかしくなって死んじゃったのは司令のせいだって……」

ミサトに言い返されたアスカは、目に涙を浮かべてそう訴えた。

「アスカのお母さんがエヴァに取り込まれてしまったのは確かに事故じゃないわ。でもその罪は危険な実験を見過ごしたネルフに関わる私達大人全員が背負うべきものよ」

ミサトに正論を指摘されたアスカに迷いが生じた。
ゲオルグに言われた時は全てゲンドウが悪いのだと思い込み、その他の可能性を疑いもしなかった事に気が付いたのだ。

「だから復讐をするのなら、まず私を撃ち殺してから行きなさい」
「そんな……やっぱりミサトを撃つ事なんてできないわよ……」

アスカは苦しそうな顔をして構えていた拳銃を下げた。

「アスカが司令を撃ったら、アスカはシンジ君からお父さんを奪ってしまう事になる、それはアスカが憎んだ司令と同じになってしまうって事なのよ」

ミサトの言葉にアスカは目を見開いた。
そして、ゆっくりとした声でシンジに尋ねる。

「ねえ、シンジの居た未来ではアタシは司令を撃ってしまったの?」
「うん」

シンジは辛そうな顔をしてうなずいた。

「それで……アタシはどうなったの?」
「父さんの命は助かったけど、人を撃ってしまったアスカは表情を全く無くした人形のようになってしまった。そして、僕がいくら願っても決して笑ってくれないんだ」

そこまで話したシンジは耐えきれずに涙を流し始めた。

「……アスカの復讐は今までの生活、そして『笑顔』を捨ててまでやる価値のある事なの?」
「ううん、そんなはずは無いわ」

アスカはミサトの質問にそう答えて、ミサトに拳銃を渡した。
すると、シンジの姿は淡い光に包まれる。

「どうしたのよ、シンジ!?」
「未来に存在する可能性の無くなった僕は消えるんだ……さよなら、アスカ」
「ありがとうシンジ、アタシはアンタが消えても忘れないから……」

その言葉は届いたのだろうか、アスカの目の前に立っていたシンジは跡形も無く消えた。

「……ゲオルグさんは?」
「加持が追跡中よ」
「そっか」
「私は結婚式に行くけど、アスカのやるべき事は分かっているわよね?」
「うん」

ミサトに言われて、アスカはうなずいた。



その日のお昼過ぎ、墓参りを終えて家に帰って来たシンジをアスカは玄関で出迎える。

「シンジ、おかえり。司令とのお墓参りはどうだったの?」
「うん、少しだけど父さんと話す事が出来たんだよ」
「そう、良かったじゃない」

シンジの答えを聞いたアスカは笑顔を浮かべた。
それは久しぶりに見る明るい笑顔だとシンジは感じた。
最近のアスカは思い詰めた顔をしていてシンジは心配していたのだ。
悩み事が解決したのだろうか、それにしてはアスカの笑顔がまぶしすぎる。
そうか、アスカは新しい服を買ったのだから上機嫌なのか。
シンジはそう考えて納得した。
アスカが笑顔を取り戻した理由をシンジは何も知らない。
だけど、アスカはそれでも構わないと思った。
もう未来から来たシンジが居ない今、シンジに話しても混乱させるだけだ。
アスカは心の中でシンジにもう一度お礼を言って、元気いっぱいの笑顔でシンジに昼食のおねだりをするのだった。


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