空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第五十二話 2011年 11月3日記念ハルキョン小説短編 超漫画家! 〜涼宮ハルヒの夢世界〜


<北高校 部活棟 SOS団(元文芸部)部室>

本来、休日で誰も居るはずの無い学校のSOS団の部室に、ハルヒをはじめとするSOS団のメンバーは集まっていた。
団長席に座るハルヒの腕章はいつもの”団長”ではなく”超先生”に変わっている。
そして、ハルヒの手にはペンが握られていた。

「休日も部屋に籠って原稿を書くとは、まるでプロみたいだな」
「外は雨なんだし、ちょうど良いじゃない」

ため息交じりのキョンの皮肉に、ハルヒは平然とそう答えた。
今日は文化の日、キョンはのんびりと休日を過ごしたいと思っていたのだが、こうしてアシスタントとして雑用に明け暮れている。

「ハルヒの思い付きで漫画を書く事になったが、長門はそれでかまわないのか?」
「問題無い」

キョンの質問に有希はそう答えた。

「キョンもしつこいわねそんなに漫画を描きたくないの?」
「長門さんは楽しそうに描いてますよ」

ハルヒの言葉に古泉も調子付いた。

「だがなあ、俺はハルヒのアシスタントばかりで何も描けていないんだぞ」

キョンは1ページも描けていない自分の原稿を見てため息をついた。
ハルヒが編集長になってSOS団で漫画雑誌を書く事になった経緯は、コンピ研の部長が自分の描いたWeb漫画を自慢し始めた事だった。
自分の才能が恐ろしいなどと言っている部長に対して、ハルヒは自分達の方が面白い漫画を描けると言い放った。

「これはチャンスよ、小説より漫画の方が幅広い層の読者に読んでもらえると思わない?」
「お前は小説を読まない年齢層までターゲットにするつもりなのか?」
「あたしはSOS団の名をもっと世界に知らしめたいのよ!」

漫画を描くと言ってもハルヒ達は全くの素人。
そこで講師役を引き受けたのは、謎の万能メイド、森さんだった。
機関が短期間で森さんに漫画のノウハウを仕込んだのか、それとも森さんの言う通り学生時代に同人誌を描いていたのかキョンには解らなかった。

「森さんって清楚なメイドって感じだけど、昔ハードな漫画を描いていた反動だったりして?」
「さあ、それはどうでしょう」
「頼むハルヒ、俺の中の森さんのイメージを壊さないでくれ」

以前に小説で書いた時と同じように、くじでそれぞれが書く漫画の内容を決める事になった。
くじをキョンは悲鳴をあげる。

「恋愛少女漫画だとっ!?」
「わ、私は熱血格闘漫画ですか!?」
「SFホラー……」
「僕は社会風刺漫画です」
「引き直しは認めないからね!」
「それで、お前はどんな漫画を書くつもりなんだ?」

キョンに質問されて、ハルヒは椅子の上に立って堂々と答える。

「あたしはちょっと非日常的な学園ストーリー漫画よ!」

ハルヒはSOS団の活動目的である、宇宙人、未来人、異世界人などを探して楽しく遊ぶ事を説明する事を目的とした漫画を書く事を宣言した。
さらに、読む側も楽しめるようなフィクションを加えてエンターテイメント性を高めるとの事だった。

「おい、まさか宇宙人や未来人、異世界人などが登場するんじゃないだろうな」
「フィクションだから、ありえない事ではないわ」

嫌な予感がしたキョンは、古泉にそっと耳打ちする。

「おい古泉、今のうちに止めないとヤバイんじゃないか?」
「ですが涼宮さんに漫画を書く事を諦めさせれば閉鎖空間が発生してしまいます」
「じゃあどうすればいいんだ?」
「今はこのまま成り行きを見守るしかないでしょう」

キョンは世界の命運と、自分の原稿と言う二重苦を抱えてしまい疲れた顔でため息を吐き出した。
世界に何事も起こらなくても恋愛少女漫画を描かなければならない。
白紙のまま描こうとしないキョンに対して、ハルヒはアシスタントの仕事を押しつけた。
ハルヒの原稿が進んで行くうちに、キョンはますます顔色が悪くなって行く。
宇宙人・長門ユキ、未来人・朝比奈ミクル、超能力者・古泉イツキとキャストが固まると、キョンは古泉に声を掛ける。

「雲行きが怪しくなって来たぞ、今のうちに手を打った方が良くないか?」
「この程度なら、映画の撮影の時と同じ対処療法で足りますよ」

古泉は涼しい顔でキョンに答えたが、嫌な予感がしたのかキョンはハルヒに食ってかかる。

「おいハルヒ、手近な人間をモデルにするのは手抜きじゃないのか?」
「あっ、キョンは平行世界からトリップして来た異世界人に決まったから!」

笑顔で言い放つハルヒに、キョンは何も言い返せずにため息をつくだけだった。



<北高校 1年5組 教室>

次の日、学校に登校したキョンは戸惑っていた。
クラスの席順が以前と違っていたのだ。

「おはよう」
「よう」

平然と朝のあいさつをしてくる国木田と谷口に対してキョンは何とかあいさつを返したが、自分の席が分からない。

「なあ、俺の席ってどこだ?」
「キョン、お前何を言ってんだよ」

キョンと谷口が話していると、ハルヒが教室に入って来た。
ハルヒはキョンと谷口の様子がおかしい事に気が付くと不思議そうに尋ねる。

「何をキツネにつままれたような顔をしているのよ?」
「キョンが自分の席を忘れちまったんだとさ。笑えない冗談だろう?」
「谷口、俺は冗談で言ってるわけじゃなくてだな……」
「あはは、まるで記憶喪失にでもなったみたいだね」

国木田の言葉にハルヒが目を輝かせるのを見て、キョンは青い顔になった。

「あんた、本当に記憶喪失なの?」
「い、いや、別にそんな事は無いが」
「おいおい涼宮、記憶喪失だったら、俺達の事もすっかり忘れてるはずだろ」

谷口はもっともらしい事を言ってハルヒの考えを否定した。
ハルヒは反論しかけたが、担任の岡部教師が入って来てキョンはハルヒに強引に手を引かれて自分の席へと着席した。
どうやらキョンの席はハルヒの前のようだ。
授業中も休み時間もハルヒは真剣に何かについて考えているようだった。
紙に謎の図形を描いているその姿をキョンは不気味そうに見つめていた。

「キョン! もしかしてあんたは平行世界から来たんじゃない?」
「何だと!?」

ハルヒに突然声を掛けられて、キョンは驚きの声をあげる。
以前もハルヒが消失した平行世界に迷い込んだ経験のあるキョンはすぐに思い当たった。

「その反応、図星みたいね」

しまったとキョンが思った時にはすでに遅し、放課後になりSOS団の部室に連行されたキョンはハルヒから紹介される。

「みんな聞いて、ついにキョンが異世界人になったわよ!」

古泉が嬉しそうな顔でキョンに近づいて握手をする。

「あなたが来てくれて助かりました、歓迎しますよ」
「よかった、規定事項通りに来てくれて」
「朝比奈さんは未来人って事をハルヒに言ってしまって大丈夫なんですか?」
「ええ、涼宮さんにはなるべくシナリオ通りに行動してもらっています」

さらっと言い放つみくるにキョンは悪寒を覚えながらも続けて質問する。

「じゃあ、俺はこれからずっとこちらの世界で暮らす事になるんですか?」
「それは答えられません。私に知らされる規定事項は時間の範囲が制限されているので、直近の出来事しか指示されないんです」

みくるはキョンに泣きそうな顔で謝った。

「何をしょぼくれているのよキョン! 今日はあんたの歓迎会をしてあげるんだから、楽しみなさい!」

ハルヒの提案で部室でキョン歓迎パーティが始まり、キョンは様々な芸を見せられる事になった。

「では、定番ですがスプーン曲げをお見せいたしましょう、……曲っが〜れっ!」

イツキがそう叫ぶと、イツキの持っていたスプーンがグニャリと曲った。

「次は念力でスプーンを浮かせますよ……」

スプーンはイツキの手を離れて、フワフワと浮上した。
キョンは目を丸くして、信じられないと言った表情でそれを見ていた。
そんなキョンの反応を見て、ハルヒはニヤニヤしている。

「私は宇宙空間で収集した物をあなたに見せる」

ユキはそう言うと、キョンの前にたくさんの石を積み上げた。

「河原に転がっているような石ころばかりに見えるぞ?」
「違う、これは月の石、それは金星の石、あれはM○8星雲の小惑星の石」
「この世界では実在するのか、ウ○トラマンが!?」
「ええ、週に1回は日本に出現した怪獣とバトルを繰り広げているわ」

ハルヒは楽しそうにキョンの言葉に答えた。
みくるが披露したのはキョンが選んだカードを当てるマジックのようなものだった。

「これは透視能力ですか?」
「違います」
「……もしかして、小規模な予知能力ですか?」
「やっぱり、わかっちゃいました? 私、数秒先ぐらいなら細かい規定事項まで教えてもらえるんです」
「微妙に役立つのか分かりにくい能力ですね」

ミクルの出し物が終わった後、ハルヒは団長の椅子の上に立って上機嫌でキョンに向かって宣言をする。

「どう、驚いた? この世界のSOS団は凄いでしょう!」
「ああ、度肝を抜かれたよ」

キョンの言葉にハルヒは満足したようにうなずいた。
そしてキョンの歓迎会もお開きになり、SOS団の団員達は部室を出て行き、部室の中はハルヒとキョンの2人きりになった。

「ハルヒ、もう十分楽しんだだろう? 早く俺を元の世界に返してくれ」

キョンがそう言うと、ハルヒは慌てた顔になってキョンの腕を取って引き止める仕草をする。

「ねえ、こっちの世界では面白い事があるんだしさ、もうちょっとゆっくりして行きなさいよ? さっき言ったように謎の怪獣が暴れたりしているのよ!」

ハルヒはそう言って怪獣が映し出されている写真をキョンに見せた。

「そうだ、明日辺りその怪獣みたいなのが出そうって、避難警報が出てるのよ! だから明日一緒に見に行きましょうよ」

だがキョンは嫌悪感をむき出しにした顔で言い返す。

「俺はそんなもの見たくない、お前が俺を呼び寄せたって言うのなら、今すぐ俺を前の世界へと戻せ!」
「嫌よ、せっかく異世界人と会えて楽しくなって来たところなのに!」
「怪獣やウ○トラマンを地球に呼び寄せて、喜んでいるこちらの世界のお前には共感できん。人の迷惑を考えた事は無いのか、非常識すぎるぞ」

キョンがそう言うと、ハルヒはさらに不機嫌な顔になる。

「あんたは向こうの世界に居るあたしの方が良いって言うの?」
「ああ、この世界に居る長門や古泉、朝比奈さん達は、面白い能力を持っているが俺の知っているやつらじゃない。俺は自分の世界に居るやつらと一緒に居たいんだ」

キョンにそう言われたハルヒはショックを受けたのか、顔を伏せて体を震わせている。

「俺がこのままずっとこの世界に居たら、今までずっとお前の側に居た俺はどうなる? 高校に入学して、SOS団の団員としてお前と一緒に思い出を作って来た俺じゃないんだぞ?」

ハルヒは下を向いたまま、小さい声で何かをつぶやいた。

「ん? 何を言ったんだハルヒ、聞こえなかったぞ」
「団長に偉そうに説教する雑用係なんて、クビよ!」
「クビか……じゃあ俺はこの世界から追い出されるって事だな」

そう言ったキョンの輪郭がブレて薄くなって行った。

「そうよ、今まで居たキョンの方がマシだったわ!」
「じゃあ、二度と俺を呼ぶ事は無いのか」
「あんたなんかもう呼ばないからね!」

ハルヒの叫びと共に、キョンの姿は霧のようにかき消えて行った。

「さよなら、もう一人のキョン……」

ハルヒは小さな声でキョンに別れを告げる。
そのハルヒには涙が光っていた。



<北高校 部活棟 SOS団(元文芸部)部室>

次の日、学校に登校したキョンはクラスの席順が元に戻っているのを見てホッとした。

「よかった、無事に戻れたみたいだな。あっちの世界のハルヒはこっちの世界の俺まで巻き込んで、大変だったぜ」

自分の席に座ろうとしたキョンはハルヒが髪型をポニーテールにしている事に気が付いた。
そして、窓の方を向いてたそがれている。

「なんだ、また思い出し憂鬱か?」
「昨日の夜、変な夢を見ちゃったのよ」

ハルヒは振り返らずにキョンにそう答えた。

「登校するといつもと違った雰囲気で、有希が宇宙人、みくるちゃんが未来人で、古泉が超能力者、果てにあんたは異世界人になってんのよ」
「ほ、ほう、そりゃあ夢の中でも願いが叶って良かったじゃないか」
「ちっとも良くない!」

怒って机に拳を叩きつけたハルヒはキョンをにらみつけて人差し指を突き付ける。

「あたしが楽しくやっていたのに、あんたがあんな事を言うから……!」
「俺がどうしたって言うんだ?」
「と、とにかく、早くあんたの分も完成させなさい!」

キョンが不思議そうに尋ねると、ハルヒは顔を赤くして横を向いてしまった。
自分の原稿がさっぱり浮かんでいないキョンは、授業中もアイディアを必死に捻りだそうとしていた。

「多分、あなたが迷い込んでしまったのは涼宮さんの夢の世界なのでしょう」
「……やっぱり、ハルヒのやつが能力を使ったのか」

放課後、ハルヒが来る前の部室でキョンがイツキに事情を話すと、イツキはいつもの穏やかな笑顔を浮かべながらそう答えた。

「ですが、こちらの世界に居る涼宮さんが能力を発現したとも限りません。あなたが向こうの世界で会った涼宮さんに呼ばれたと言う推理も可能性の一つです」
「だが、ハルヒが人騒がせな存在なのは変わりないだろう」
「ええ、ですからあなたには何としてでも漫画を完成させて頂かないと困ります」

古泉は部室に置かれているハルヒの描きかけの漫画の原稿に視線を送った。
ハルヒの原稿はほとんど完成し、アシスタントの仕事は必要なさそうだ。
キョンはウンザリした顔で頭をかきむしる。

「そんな事を言われてもな、俺は漫画なんて描けんぞ?」
「小説の時のようにご自分の体験を書けばよろしいではありませんか」

キョンはイツキの提案に目をむいて反論した。

「馬鹿言うな、あんな体験が何回もあってたまるか」

それまで部屋の隅で本を読んでいたユキが顔を上げてそう言った。

「それにしても、俺とハルヒの見た夢が一致しているって事は俺は平行世界に飛んだって事か?」
「実のところ、平行世界が存在するかどうかは確実ではありません」
「古泉、それはどういうことだ?」
「その世界は涼宮ハルヒの夢が作りだした精神世界だと言う事もあり得るから」

ユキの答えを聞いたキョンは頭を抱える。

「何だかややこしい話になってきたな。じゃあハルヒが寝ぼけて世界を変えてしまうと言う可能性もあるのか?」
「その確率はゼロとは言えない」

キョンはユキにそう言われて、疲れ果てたようにため息をついた。

「そんなに悲観する事はありません、今回も改変された世界を元の姿に戻せたようではありませんか」
「他人事のように言うな、世界を守るのはお前らの仕事だろう」
「でも、僕が出る幕は無かったようです。それとも、あなたは涼宮さんと今さら無関係になるのですか?」
「乗りかかった船だ、やってやるさ」
「素直じゃありませんね」
「うるさい」

世界の危機は救う事は出来たが、漫画が描けない事の方がキョンにとってはピンチなのだった。

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