空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第四十七話 2011年 お盆記念LAS小説短編 僕らは幸せになれない 〜鈴原トウジの遺言〜


長かった使徒と人類の戦いもついに最終局面。
使徒の精神攻撃を受け、伏せっていた状態から復活を遂げたアスカの乗る弐号機は、エヴァ量産機相手に善戦をしていたが、直前の戦略自衛隊との戦いでアンビリカルケーブルを切断された弐号機の内部電源は無情にも切れてしまった。
しかし、遅れてやってきたシンジの初号機がアスカの窮地を救った。
弐号機を取り囲んでいたエヴァ量産機は圧倒的な強さを見せる初号機によって倒されて行った。
作戦の失敗を知った戦略自衛隊もネルフから撤退し、後に日本政府もネルフへの侵攻命令を撤回した。
信頼を失ったキール議長率いる組織ゼーレは資金を提供していたスポンサーから見放されたのだ。
ゼーレがネルフからMAGIを奪う事すらできなかった事を知ると、手のひらを返したかのように日本政府はネルフを味方に引き入れる事を考えたのだった。
これによりネルフの危機も去り、死んでしまったネルフの職員達の事を考えると素直に喜べないのは確かであったが、生き残ったネルフの職員達は歓声を上げ、発令所に居た冬月達も安心してため息をついた。
戦いを終えた初号機と弐号機は茫然自失の状態でそのまま戦場に立ち尽くしていた……。

 

エントリープラグから出たシンジとアスカは車に乗せられ、並んで後部座席へと座った。
緊張の糸が切れたシンジとアスカに、どっと疲れが押し寄せる。
車の中でシンジは、アスカがそっと自分の手を握って来た事に驚いた。
シンジは目を丸くして隣に座るアスカの方に顔を向けると、アスカは満ち足りたような穏やかな笑顔でシンジを見つめ返した。
そしてシンジも微笑んでアスカの手をしっかりと握り返した。
シンジはアスカに謝りたい事はたくさんあったが、アスカの表情を見てシンジは自分は許されたのかもしれないと思った。
アスカもシンジに対して感謝したい事がたくさんあったが、シンジの表情を見て自分の思いは伝わったのだと思った。
もう2人の間に言葉は不要だった。
アスカとシンジは互いの手の感触の温もりを感じながら、ゆっくりと目を閉じて眠りに着いた……。

 

車で政府関係の建物に案内されたアスカとシンジは、そこで冬月から話を聞かされた。
これから病院で精密検査を受けた後、アスカとシンジはエヴァンゲリオンパイロットの任務から解放され自由の身となれると。
話を聞いたアスカとシンジはとても喜んだ。
これからはエヴァに縛られる事の無い平穏な生活を送れるのだ。
それは、使徒との長い戦いに疲れた2人にとって願いそのものだった。
第3新東京市を襲った使徒の戦禍により、今まで暮らしていたコンフォート17での生活が困難になったアスカとシンジは、第2新東京市のマンションの部屋で新しい生活を始める事になった。
夏休みが終わった後、アスカとシンジは第2新東京市の中学校に転入する段取りになっている。
アスカはこれから新しく始まる平凡な中学生としての生活に胸をときめかせていた。
シンジに素直に気持ちを伝えられたのだから、これからは”少し”シンジに優しくしてあげよう。
もちろん、自分の優位性は譲るつもりはないけれど。
アスカはすっかり普通の少女、恋に夢見る乙女となっていた。
アスカが自分の部屋の時計を見ると、時間は夕方。
そうだ、今日はシンジと一緒に夕食を作ってみようと言ってみよう。
自分が料理を始めると言ったらシンジは驚くけど、喜んでくれると思う。
そして2人で買い物に行って、包丁を初めて握る自分の手をシンジが持って教えてくれたり……。
アスカは自分とシンジがおそろいのエプロンを付けている所まで妄想を膨らませていた。
エヴァンゲリオンのパイロットだった時は、そんな事は考えても見なかったのに。
しかし、アスカはこんな平和ボケしている自分も悪くは無いなと思っていた。
そんな妄想を抱えながらアスカはシンジの部屋へたどり着いた。
アスカがシンジの部屋のインターホンを押しても返事が無い。
おかしいと思ったアスカがシンジの部屋のドアノブに手を掛けると、ドアには鍵が掛かっていなかった。
シンジが鍵を掛けないで外出するなんて珍しい事だ。
きっと近所に行っているのだろうと、アスカはシンジの部屋の中で待つ事にした。
部屋の中で自分が待っていれば、シンジは驚くに違いない。
アスカはその時のシンジの驚いた顔を想像してほくそ笑んだ。
だがしばらく待ってもシンジが帰って来ない。
おかしいと思ったアスカはテーブルの上に置かれたシンジの書き置きを見つけた。
それを見たアスカは血の気が引いたように真っ青になる。

******

僕はトウジを殺して生き延びたんだ。
だから、僕らは幸せになれない、いや、幸せになってはいけないんだ。
さようなら、アスカ。

******

「どうして!? やっとアタシはシンジと普通の生活が出来ると思ったのに!」

一転して頭に血が上ったアスカはそう言ってシンジの書き置きを丸めた。

「アタシを置いてどこに行っちゃったのよ……バカシンジ!」

アスカの目から滝のような涙が流れた。
そしてアスカは自分の携帯電話を取り出すと、冬月やマヤよりも先にヒカリへと電話を掛けた。
書置きからシンジの失踪にはトウジが関係していると思ったからだ。
エヴァ参号機が使徒に乗っ取られ、トウジが命を落とした事件の後からアスカもヒカリと連絡を取る事はしていなかった。
トウジの死によってアスカもヒカリと顔を合わせ辛かったのだ。
だが今のアスカにはそのような事は関係無い、それほどシンジを取り戻そうと必死だったのだ。

「アスカ?」

相手がアスカだと知ったヒカリは、電話を切って逃げてしまいたい衝動に駆られた。
しかし次に聞こえて来たアスカの叫びがヒカリを思い止まらせた。

「鈴原が、シンジを連れて行っちゃったのよ! お願いヒカリ、鈴原にシンジを返してって頼んでよ!」
「えっ、それってどう言う意味なの?」

アスカの支離滅裂な言葉、涙声、そして何よりもトウジの名前が出て来た事にヒカリは驚いた。
そして、アスカからシンジの書き置きの内容を聞いたヒカリはアスカに謝る。

「ごめんなさい、私がもっと早く勇気を出して会っていれば、碇君もアスカも苦しませずに済んだのに……」
「それってどういう事よ!?」

電話の向こうのアスカはかなり興奮してしまっているようだ。
ヒカリはアスカに落ち着くように説得した後、保護者であるマヤ立ち会いの元、アスカの部屋で会って話す約束をした。

「それでヒカリ、シンジとアタシに伝えるべきだった事って何?」

アスカの部屋を訪れたヒカリは、久しぶりの再会を喜ぶ間もなく、暗い顔をしたアスカに質問をされた。
落ち込み果てたアスカの表情は、シンジの失踪に大きなショックを受けているのだとヒカリに感じさせた。

「伊吹さん、これをアスカに見せて構わないですよね?」
「ええ」

マヤに確認を取ってから、ヒカリは数通の手紙をアスカに見せた。

「これは……鈴原の遺書なのよ」
「えっ……」

ヒカリの言葉を聞いたアスカは伏せていた顔を上げて驚いた。
エヴァンゲリオンのパイロットは遺書を書くことを勧められる。
シンジ達は拒否していたのだが、トウジは起動実験前に書いていたのだ。
アスカは食い入るようにトウジの書いた遺書を読む。
マヤとヒカリはそんなアスカの姿を読み終わるまでじっと見守っていた。

「まさか、鈴原がこんな事を思っていたなんて……」

トウジの手紙を一気に読み終えたアスカは深いため息をついた。

「ごめんなさい、私がもっと早くに鈴原からの手紙を碇君に見せていれば碇君が思い詰める事も無かったのよ!」

ヒカリはアスカに向かって土下座をして謝った。
しかし、アスカはそんなヒカリの体を持ち上げると抱きしめて、耳元で優しく囁く。

「もう謝らないで、アタシはヒカリを責めてなんかいないわ。だってヒカリはアタシの親友だから」
「本当にごめんなさいアスカ」
「言うべき言葉が違うでしょ?」
「ありがとう……」

2人の少女が抱き合う姿を、マヤはまぶしそうに見つめていた。

「でも鈴原の手紙の内容をどうやってシンジに伝えればいいの……?」

アスカは困った顔でそうつぶやいた。
シンジは自分の意思で姿を消したのだ。
だからと言って、ネルフで指名手配をするのは乱暴な手段のように思えた。

「そうだ、私に良い考えがあるわ!」

何かを思い付いたのか、マヤはそう言って指を鳴らした。
マヤのアイディアは、テレビやラジオ、新聞やインターネットなどのマスメディアを通じてトウジの遺書の内容を公開する方法だった。
シンジがどんな場所に身を隠しているのかはわからないが、きっとシンジの目に触れるはず。
アスカとヒカリもマヤのアイディアに賛成し、マスコミもマヤの要請に協力した。
そして、トウジの書いた遺書はTVのアナウンサーやラジオのパーソナリティによって読まれたのだった。
新聞や雑誌の紙面にもトウジの遺書の全文が載せられた。

******

何を書いたらいいんだろう、いきなりネルフの人に遺書を書くように勧められて驚いている。
話している時は関西弁だけど、書く時は標準語の方がいいと言われて書いてるんだけど照れくさくてかなわんな。
碇や惣流達は拒否したみたいだけど、死んでから勝手にいろいろ憶測されるのは嫌だからな。
それに、遺書を書いたのはまだ碇や委員長……いや、ヒカリに伝えていない事があるからだ。
直接言うのは凄く恥ずかしいから、こうして手紙にしてしか伝えられないけどな。
碇、もしワイが使徒と戦って命を落とす事があっても、自分を責める事は止めろよな。
自分の幸福を捨てれば、ワイへの償いになるなんて勘違いするな。
ワイは碇の不景気な顔なんて見たってちっとも楽しくない、それよりもワイの分まで一生懸命生きろ。
そして惣流と幸せにな。
隠さなくてもいい、ワイから見ればお前と惣流がお互い気になっているのは解ってる。
ヒカリ、あの日の帰り道にワイ達はお互い素直になろうって約束したよな。
ワイは小さい頃は名前で呼び合っていたのに、いつからヒカリを委員長と呼ぶようになったんだろうな。
ヒカリにちょっかいを出してたのは、やっぱりヒカリの事が気になっていたんだと思う、許してくれや。
今度学校に登校した時、ヒカリの弁当を食べられるのが楽しみにしている。
もしワイが居なくなってもずっと湿っぽい顔してんな、ワイはヒカリが笑っている顔が好きなんだからな。
碇だけでなくヒカリにも言うけどな、好きな相手が不幸な面をしててもワイはぜんぜん嬉しくない。
たまにワイの事を思い出してくれるだけでいいんだ。

******

この放送の効果があったのか、シンジは翌日の夕方、アスカが待っているシンジの部屋へ姿を現した。
インターホンのカメラで、シンジの姿を見たアスカは嬉しさに飛び上がってドアを開けてシンジを迎え入れる。

「……ただいま」
「おかえり!」

照れ臭そうに顔を赤くして立っているシンジに笑顔のアスカが飛び付いた。
そしてシンジとアスカは夕陽の差す玄関で固く抱き合ったのだった……。

 

トウジの手紙の内容が公共の電波や新聞などを使って発表された事は、シンジ以外の人々にも影響を与えたのだった。
戦略自衛隊の侵攻の際に生き残ったネルフの職員。
そのネルフの職員を殺めてしまった戦略自衛隊の隊員。
そして、セカンドインパクトの惨劇を体験した多くの人々。
彼らの中にはシンジのように、そして加持のように、自分に不幸を強いて人生を送っていた者も多数居たのだ。
放送を聞いた彼らは再び希望を持つ事になり、その事はまた美談としてメディアを通じて報じられた。

「僕は勘違いをして、アスカも不幸に巻き込んでしまう所だったんだね、本当にごめん」

シンジがアスカに謝ると、アスカは首を横に振って否定した。

「シンジ、それを言うならアタシも同じ立場よ、だってアタシがエヴァに乗って戦えていれば、ファーストを助ける事が出来たのかもしれないしさ……」
「でもあの時アスカは使徒の攻撃を受けて倒れていたんだから、仕方の無い事だよ」
「それは違うわ、アタシがあそこまで深刻なダメージを受けてしまったのは、くだらない意地でアタシが撤退を渋ったせい。アタシがもっと強い心を持っていれば、あの使徒にも適切に対処する事が出来たのよ」
「そんな事を言ったら僕はもっと謝る事がたくさんあるよ」
「だけど鈴原が言ってくれた通り、悔いて塞ぎこんでしまうのはもう止めましょうよ」

アスカはそう言って精一杯の笑顔を作ってシンジに笑いかけた。

「そうだね、前向きに生きないと」

シンジもアスカに笑顔を返して見つめるのだった。

 

そしてアスカとシンジは、ミサトが葬られた墓地へに墓参りに行く事にした。
戦略自衛隊の侵攻により多くのネルフの職員が亡くなり、1人1人の遺体を区別する事は難しいので合同墓地に埋葬されている。
だから墓石は形式的な物であるが、アスカとシンジはそこにミサトの魂が眠っていると考えた。
アスカとシンジは花束をそれぞれ1つずつ持っていた。
1つはミサトの分、もう1つは加持の分だった。
加持の魂はきっとミサトの近くへと帰っている、そう信じたかったのだ。

「僕はトウジの言葉を聞く事が出来て良かったけど、加持さんは弟さんの事でずっと悩んでいたんだね」

シンジは悲しそうな目をして、最後に会った時の加持の言葉を思い出した。

「謝ろうと思っても、相手が居ないって言うのは辛い事よね」
「うん、許してもらえているのか判らないのは不安だよ」

アスカがつぶやいた言葉に、シンジもうなずいた。
シンジは今のアスカなら受け止められると思って加持の子供の頃の辛い体験を明かしたのだ。
セカンドインパクトの混乱の後、孤児となった加持と加持の弟は、施設へと送られたが、世界の混乱は大きく施設もパンク状態だった。
そこで加持達の少年グループは自由を求めて施設を脱走、廃ビルをアジトにして戦略自衛隊の食糧庫から食料を盗んで生き延びていた。
しかしある時、食糧庫に忍び込んだ加持は軍の兵士に捕まってしまう。
食料を度々盗まれて苛立っていた兵士は、銃を突き付けて加持を脅した。
怯えた加持は、仲間の少年グループのアジトである廃ビルの場所を白状してしまったのだ。
その後兵士の隙を突いて脱走した加持が、アジトに戻って見たのは……兵士達に暴行を受けて息絶えた弟達の姿だった……。

「本当、加持さんもミサトも大馬鹿よ! 自分が幸せにならないのが償いだなんて。アタシはそんな馬鹿な大人になんか……なりたくないんだから」

アスカはそう言うと、ミサトの墓石に水を乱暴に掛けた。
礼儀に反する行為だが、それがアスカなりの加持とミサトへの供養なのだろう。
そしてアスカとシンジは墓に向かって手を合わせてしばらくの間黙とうをした。

「また来年会いに来ます、ミサトさん、加持さん」
「じゃあね」

シンジとアスカは生きているミサトと加持に話し掛けるように笑顔であいさつをして墓地を立ち去って行った。
そして新学期が始まってアスカとシンジは新しい中学校のクラスで元気に自己紹介をする。
その姿は過去の罪に悩むエヴァンゲリオンパイロットの顔では無い、どこにでもいる普通の中年生の少年少女の笑顔だった。


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