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Vol.6『動物園の動物の糞中ホルモン研究』

2012.3.31

動物園の動物(野生動物)の繁殖を進めていく中で、その種の繁殖生理を知っておくことはとても大切なことです。繁殖計画を立てるための参考情報になります。でも、実験動物や家畜ではない動物園の動物(野生動物)は、研究例も限られ、分かっていることはとても少ないんです。

動物の繁殖生理を正確に調べる方法のひとつに、血液中の性ホルモンの変化を調べる方法があります。しかし、動物園の動物で採血することは容易ではありません。そして、動物にもストレスとなる場合が多く、逆に繁殖に悪影響を与えてしまうことだってあり得ます。

そこで、糞や尿に排泄されたホルモンの代謝物を測定し、その変化から、血液中のホルモンの動きを推定する方法が取られます。私たちは、その研究を専門に行っています。

実験室での糞中ホルモンの分析の様子

採血しなくても、落ちている糞を拾えば、排卵周期や妊娠の有無などを調べることができるので(※できない動物もあります)、動物には採血のストレスや採血のための捕獲や保定などのストレスを与えることなく、また人間側も動物に接触する必要がないので、安全に分析材料を収集することができます。尿を使う方法は、実際には地面が土だったら取れないので、調査動物は限られてきます。

アフリカゾウの排便とアミメキリンの排尿
排泄された尿や糞を定期的に採取して、そこに含まれるホルモン量を分析することで、血液中でのホルモン分泌パターンを推定します。

動物種によって、糞や尿にホルモンが代謝されて排泄される状況は様々なので、種や亜種ごとに調べていき、それぞれの動物で手法を確立していく必要があります。また、糞中や尿中に排泄されたホルモンは、血液中を流れて様々な生理作用や行動を引き起こしたあとに、捨てられてきたものですから、実際の血液中のホルモンの動きよりは遅れた変化になります。その「ずれ」を明らかにしておくことも重要です。

血液中のホルモンが尿や糞と共に排泄されていくまでの流れ

そして、尿でないと測定できないホルモン、糞でないと測定できないホルモン、どちらでも測定できるホルモン、どちらでも測定できないホルモンがあります。これは動物によっても様々です。発情を知りたいのか、排卵を知りたいのか、妊娠を知りたいのか・・・・・、目的によって測定しなければならないホルモンの種類も違ってきます。どの動物でどのホルモンを調べたらよいのか、そして尿を使うべきか、糞を使うべきか・・・・、研究しなければならないことはまだまだたくさんあります。

 

 

動物の繁殖生理を調べるための方法は、ホルモンの測定だけではなく、表のように様々な方法があります。それぞれに利点と欠点があります。特に動物園の動物や野生動物で継続的な調査を行う場合には、動物に接触する必要のない糞中ホルモンの測定や行動観察の方法がよく使われます。しかし、その精度は、他の方法に比べれば見劣りする面があります。その精度を少しでも上げていくことや、特に糞中ホルモンの分析には手間隙がかかるので、それをいかに簡単にして短時間で結果を出せるようにするか、といった手法を改善していく研究も大切なテーマです。

表の利点・欠点は一般論です。動物によっては(いや、どんな動物でも?)、採血をそれほどストレスなく行うことも可能になるようです。動物園のゾウや水族館の鯨類などでは、昔からハズバンダリートレーニング(*)がかなり積極的に取り入れられ、健康管理のために採血や体温測定が定期的に行われている場合があります。採血ができている動物では、やはり排泄物ではなく、血液中のホルモンを分析したほうが正確です。最近では、色々な動物でこの技術が取り入れられるようになってきています。

(*ハズバンダリートレーニングとは・・・・・ オペラント条件付けの原理に則り、飼育係の合図や号令下で、健康管理目的の行動を自ら起こさせる受診動作訓練。ショーのためのトレーニングではありません。ついでに・・・ ショー自体も正しく行えば、自らの意思で行うもので、動物のエクササイズやその行動を発揮させるためにも必要なことだと思います。動物の生物学的魅力や行動能力を正しく伝え、教育的メッセージを含む内容であれば、ショーもとても大切なことです。)

定期的に採血を行うことは、ホルモンを調べるだけでなく、様々な血液検査ができ、健康状態の変化を厳密に監視し続けることができるので、飼育下動物ではとても大切なことです。しかし、月に1回とか週に1回などで定期的に採血することができたとしても、またハズバンダリートレーニングが完全であったとしても、毎日のような頻回の採血は、血管自体への物理的なダメージもあり、難しくなってきます。そのような場合には、また排泄物のホルモン変化を調べることも必要になります。血液か、排泄物か、どちらかでよいというわけでもなく、目的に応じてどちらも重要なのです。また、このような検査や研究を行う上で、動物園や水族館は、いかにストレスを与えることなく、その動物から安全に分析材料を集められるようにするか、ということが求められます。確実な捕獲技術、適切な保定技術、ハズバンダリートレーニングの技術、そして採血の技術・・・、これらの飼育技術や獣医技術と一体となって実現することになります。

 

(関連文献)
楠田哲士、森角興起、土井 守.2006.フンでわかる動物の繁殖―動物園で糞中の性ホルモンを調べる―.どうぶつと動物園58(2): 82-87.

著者プロフィール

楠田哲士(くすだ・さとし)

1978年 兵庫県神戸市生まれ
岐阜大学応用生物科学部・助教。専門は,動物園動物の繁殖生理学。
日本大学生物資源科学部動物資源科学科卒業,岐阜大学大学院修了。博士(農学)。
東京都臨時職員(多摩動物公園飼育課普及指導係),日本学術振興会特別研究員
などを経て、2008年から現職。

著書
『キリンEAZA飼育管理ガイドライン』(日本動物園水族館協会,2010年)
『動物園学』(文永堂出版,2011年)など

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