動物園での行動調査法
----- エンリッチメントを評価する ----

京都大学霊長類研究所教務補佐員 落合(大平)知美

 以前に環境エンリッチメントについて、本誌で書かせてもらってから約3年たちます(前回はVol. 4 No.4、1998年5月発刊)。その後、"環境エンリッチメント"という言葉も、本や新聞、そして動物園の会議などで取り上げられたりして、認識や取り組みも大きく変わったように思えます。いまでは、日本でも多くの動物園で、さまざまな動物を対象に環境エンリッチメントが取り組まれているようです。おもちゃを与えたり、床にウッドチップをひいたり、夏になると動物に果物の入った氷をあげるという話も耳にするようになりました。また、新しくできる動物園の展示紹介に、"環境エンリッチメントに配慮した"という言葉を聞くこともあります。いままで個々の飼育員さんでおこなわれてきた動物の飼育環境に対する取り組みが、エンリッチメントと名付けられ、組織だっておこなわれるようになったといえるでしょう。しかし、こうしたエンリッチメントの取り組みとともに、その取り組みや結果に疑問を感じる声も聞かれます。「本当に動物にとって良いのだろうか?」「どのように効果を判定すればいいのか?」「判断材料となるデータはどうやって取るのか?」などです。そこで今回は、エンリッチメントを評価する方法の一つである行動調査法について、簡単に説明したいと思います。

なぜ評価しなければならないのか?
 環境エンリッチメントは、「動物福祉の立場から飼育動物の"幸福な暮らし(psychological well-being)"を実現するための具体的な方策」であることは、前回も説明しました。だから、エンリッチメントとは"動物の福祉を促進させるもの"でなければなりません。しかし飼育動物は、なされた環境エンリッチメントに対して、「住みやすくなった」などと感想を言ってくれません。したがって、その評価には何らかの客観的な方法を使う必要があります。飼育員や来園者が、「なんだかよくなった感じがする」「たまに利用しているのを見かける」などと感想を言うだけでは、客観性や説得力、アピールにかけます。「ケガの割合が何%減少した」「動物の活動割合が何%変化した」などと、客観的、定量的に評価する必要があるでしょう。

エンリッチメントの評価方法
 エンリッチメントを評価する際には、何らかの尺度を設定してそれを客観的に測定する方法が取られます。動物から血液を採取し、ストレスに関連するホルモンの変動を測定するといった生理学的方法もありますし、体重の増加や体の発育、繁殖成功率などを指標とすることもできます。動物の行動を直接観察し、動物のケガの頻度や異常行動の割合を指標にすることもできます。動物園でのエンリッチメントによく使用されるのは、動物の行動を観察し、エンリッチメント前と比べてその行動が、どれだけ生息地に住む動物の行動に近づいたかで評価する方法です。動物園での動物展示は、現在その動物が暮らす生息環境を再現し、動物が野生本来の行動を発現できる環境を整える方向に進んでいるので、動物の行動がどれだけ野生のそれに近づいたかというこのエンリッチメントの評価方法が一番ぴたりくるのでしょう。そこで次に、この評価方法をおこなうための定量的な行動データをどのように収集するかについて、簡単に説明します。

動物の行動を調査する方法
 飼育動物の行動を調査するときには、「どうやって観察するか?」と「どうやって記録するか?」の2つを決めなければなりません。これらについては、東海大学出版会から出版されている「行動研究入門-動物行動の観察から解析まで-」(マーチンとベイトソン著・東海大学出版会 2300円)の中で詳しく述べられています。ここでは、私がおこなってきた動物園での観察経験をふまえながら、それぞれについて簡単に紹介します。

どうやって観察するか? 
 観察方法には、「アドリブサンプリング」「フォーカル(追跡)サンプリング」「スキャン(走査) サンプリング」「行動サンプリング」という4つの代表的な方法があります。観察したいテーマや観察条件にあわせて、最適な方法を選びます。

アドリブサンプリング・・・観察する時間や個体を決めずに、そのとき目に入ったことを記録するという方法です。たとえば、仕事の最中にふと顔を上げたら、個体Aと個体Bが交尾をしていたので、飼育ノートに記録しておいた、などというのは、まさにこの方法です。この方法だけで、調査としてまとめるのは困難ですが、貴重なデータとなることもあります。動物園などでは、普段からこの方法を取ることを心がけると良いと思います。ただ、この方法の問題点は、観察される行動や個体が、目立ちやすいものに偏ることです(たとえば、観察者から見えにくいところにいる個体が、この方法で目に入ることはまれです)。

フォーカル(追跡)サンプリング・・・観察対象を1個体(もしくは1母子1腹など)に絞り、その行動を一定時間観察し、記録する方法です(つまりその時間中、特定の個体を追跡する)。観察を始める前にどの個体を観察するかを決めて、観察を始めたらその個体を見失わないようにします。基本的に追跡・記録するのは1個体ですが、その個体がおこなう社会行動には、相手の個体やその行動を記録することもあります。(たとえば、個体Aの観察でも「移動、個体Bに近づく、個体Bに接触、個体Cが近づく」と、記録には他個体の名前が書き込まれることがあります。)もし、観察対象とした個体が見えなくなったり、見逃したりして記録を中断しなければならない場合は、"タイムアウト"と記録します。タイムアウトの時間は、あとで分析するときに個体を観察した時間から省きます。

スキャン(走査)サンプリング・・・複数の観察対象個体を、一定間隔ですばやく見渡し、各個体のその瞬間の行動を記録するという方法です。例えば、5個体からなる群れをスキャンサンプリングする場合は、素早く見渡して目に入った3個体の行動を「寝ている」「食べている」「寝ている」などと記録します。この場合、観察者が記録する行動は、1つもしくは少数の簡単な行動カテゴリーに限られます(つまりこの観察方法では、「個体Aが個体Bに接近し、声を発した」などといった複雑な行動の記録は不可能です)。この観察方法は、ある個体や行動が他のものよりも目立ちやすい場合に結果が異なるという点では注意が必要です。つまり動物が、観察者の見やすいところで寝て、見にくいところで動き回る場合、観察結果では寝ている割合が実際より大きくなる危険性があるのです。飼育下では、その飼育場にいる個体数は決まっているので、毎回できるだけ全個体を観察するよう心がけるか、ある個体に対象を絞り、その周りの個体に限りこの方法を取るなどの工夫をすれば、その危険性はなくなるでしょう。群れ全体の大まかな内容を知りたい場合には、この方法をおすすめします。

行動サンプリング・・・ある行動に焦点を絞り、集団全体を常に観察し、その行動が起こったときに、行動内容と、関係した個体を記録する方法です。頻繁には起こらないけれど重要な行動(ケンカや交尾など)を記録するのに、フォーカルサンプリングやスキャンサンプリングと併用してこの方法が使われます。たとえば、5個体の群れ飼育の動物を観察するとき、スキャンサンプリングで行動を全体の記録し、行動サンプリングで「交尾」について記録するという方法を取れば、群れ全体の行動も観察でき、観察した交尾行動のすべてを記録することもできます。

どうやって記録するか? 
 観察方法を決めたら、次に記録方法を決めます。代表的な記録方法には「連続記録」と「時間サンプリング」という方法があり、「時間サンプリング」は、「瞬間サンプリング」と「1-0サンプリング(ワンゼロサンプリングと読みます)」に分けることができます。以下、この3つの方法について説明します。

連続記録・・・行動が起こるたびに、その時刻と行動を記録する方法です。行動の開始時間と終了時間を記録するので、その行動の持続時間や頻度を正確に知ることができます。そのため、真の頻度や正確な持続時間を知りたい場合にはこの方法を使う必要があります。また、行動連鎖の分析(何をしてその後何をするか)をする場合にもこの方法を取る必要があります。観察時にはつい観察ノートにさまざまなことを書きすぎてしまうことがありますが、観察者がノートに記録する量にも限界があることを頭に入れておく必要があります。たくさんのことを記録しすぎて、分析をおこなう時に混乱したり、多くのことを記録するあまり大切な情報の記録を逃してしまったりということがないように気をつけましょう。

瞬間サンプリング・・・1分毎、5分毎などサンプル間隔を決めて、時間になったその瞬間に観察し、記録する方法です。スキャンサンプリングで観察する場合には、この記録方法が取られますし、フォーカルサンプリングで観察しながら、瞬間サンプリングで記録することもあります。5分毎に音が鳴るストップウォッチなどを使用して、音がなった瞬間にノートに記録すると確実です。記録するための時間も必要なので、あらかじめ各個体の行動を頭に入れておき、音がなった瞬間にその行動を確認し、その次の音が鳴るまでにノートに書き留めるようにすると良いでしょう。この方法で記録するには、ある程度の訓練が必要なので、データを取り始める前に何回か予備観察をおこない、記録の訓練をすることをお勧めします。この記録方法では、行動の正確な持続時間や真の頻度を得ることはできません。また、3分間の移動を3回おこなっても、5分毎のスキャンサンプリングでは記録されないということもあります。しかし、サンプル間隔が行動の平均持続時間に対して相対的に短ければ、連続記録に近い記録が得られるので(つまり、上記の場合1分間のスキャンサンプリングなら移動の記録も取れる)、自分の観察したい行動に対して、うまく記録条件を設定すればよいでしょう。この方法では、いくつかの異なったカテゴリーの行動を同時に記録することができますし、複数の個体の記録が同時に取れるという利点もあります。うまく情報を圧縮し、利用すれば大変使いやすい記録方法です。

1-0(ワンゼロ)サンプリング・・・あるサンプル間隔のあいだに、その行動が起こったら1、起こらなかったら0と記録する方法です。記録は、その行動がそのサンプル間隔のあいだに何回起こっても、またどれだけ持続時間が違っても、その行動が起こっていたら1となります。30分の観察時間を1分のサンプル間隔に分割し、ある行動が12のサンプル間隔で観察されたら12/30なので、40%の割合で観察されたと結果をだせます。この方法は、スキャンサンプリング同様、真の頻度や持続時間を調べることはできません。また、行動の頻度やそのサンプル間隔の設定により、過小評価されたり過大評価されたりすることがあります。

記録のコツ
 調査の方法には、いくつかのコツがあります。ここでは、そのうちのいくつかについて紹介します。

・アルファベットで記入する 
 行動をノートに記録するとき、「移動する」「寝ている」などと毎回書くのは大変です。そこで、アルファベットをうまく使うことをお勧めします。例えば、「移動する」は「m」、「寝ている」は「s」とあらかじめ決めておくと、ノートに「m」「s」と書き込めばよいので時間の節約になります。また、ノートの内容をパソコンに打ちこみ分析するときにも、このようなアルファベットを使えばとても便利です。Excelなどの統計ソフトには「関数ツール」がついていて、指定した文字の数を数えてくれる「カウント」などの便利な機能があるので、それを使って「m」が入力されたセルは何個かなど簡単に集計できます。なお、アルファベットも振り当てすぎると覚えるのが大変なので、観察中たまにしか見られない行動などはわざわざアルファベットを振り当てず、欄外に記入したほうが良いでしょう。

・ビデオを使う 
 観察にビデオを利用するのも1つの手法です。観察者の影響を受けやすい動物などは、ビデオを設置し、録画状態にして観察者は動物から見えないところへ離れることで、影響を与えることなく行動を観察することができます。ビデオの良い点は、その場にいなくてもその時の内容が記録されること、何度でも再生ができることでしょう。また、言葉では表しにくい行動を伝えるのに、ビデオで録画した画像を利用すると便利です。このようにビデオ録画により得られる利点は多いのですが、なんでもかんでもビデオに記録するのには注意が必要です。というのも、ビデオを利用した場合、録画自体は簡単ですが、それを再生しノートに記入するという作業をおこなうのに多大な時間と労力が必要となるからです。「ビデオを1時間記録したら、その分析には3時間かかる」と覚悟しましょう。また、ビデオは画面の大きさが限られているために、動物が画面から外れたり、動物の細かい行動が確認できなかったりもします。ビデオを利用する際には、このようなビデオの利点・欠点を良く理解して使いましょう。なお私は以前、ラットの行動観察に8ミリビデオ(Hi8)を利用したことがあります。180分テープを3倍モードで使ったので、丸一晩(9時間)の録画ができました。ラットの空間利用を調べる調査だったのですが、ラットは片隅に固まり動かない時間も多いので、分析は録画したビデオを早送り再生しておこなうことができました。このように、ビデオは上手く使えればとても便利な道具となります。
・パソコンに直接入力する 
 観察時にノートを使わず、直接パソコンに打ちこむこともできます。この方法を使えば、ノートへ記入、パソコンへ打ちこみという手間も省けます。しかし、効率よく打ちこむのはプログラムが必要となりますし、使い慣れる必要もあるでしょう。持ち歩くためには軽いパソコンが必要となりますし、落としたりしないよう気を付けなければなりません。長時間の使用や直射日光の照射によるパソコンの故障にも気をつけましょう。観察用の携帯パソコンやソフトも販売されていますが、それぞれに利点欠点もあり、必ずしも必要なものではありません。
・ボランティアを利用する 
 学生や実習生、ボランティアをうまく利用するのもよいでしょう。個体識別や行動観察ができるようになるまでに時間がかかるかもしれませんが、強力なサポートが得られるかもしれません。また、みなで協力しておこなうことで、やる気が出たり、新しい発見があったりするかもしれません。しかし、観察にはしっかりとした指導が必要です。観察をボランティアに依存するのではなく、あくまでも補助として協力してもらうのが良いと思います。

まずは観察を始めましょう
 ここまでいろいろ説明してきて、何をしていいのかわからなくなった方もいるかもしれません。何よりも大事なのは、まずは観察をはじめてみることなのです。毎日15分でも良いので時間をとり、観察を続けるということが大切です。今まで気づかなかった行動が発見できるかもしれません。毎日毎日、観察時間を作ることで、それがその動物にとっていつも生じる行動なのか、それともそのときたまたま見られた行動なのかを判断することができるようになります。その中で、個体識別を確立していくことも大切でしょう。個体識別は調査に必ずしも必要なものではありませんが、個体識別ができるとより深く動物を理解することができます。そして、観察になれるにしたがって何を観察すべきか決まってくるはずです。そこで、もう一度、上記に書いてきた内容を読んでみてください。きっと、しっかりした調査計画が立てられるはずです。

 最後に、エンリッチメントを評価した論文を紹介します。これらの文献を読むのも、調査をおこなう上で参考になると思います。ぜひ、御覧下さい。また、今回は行動観察の説明しかできませんでしたが、いずれ機会があればその分析方法についても説明したいと思います。

エンリッチメントに関する論文
・エンリッチメントを評価したもの 
1, 森村成樹・上野吉一 1999 給餌条件による飼育下チンパンジーへの行動への影響 霊長類研究 15, 353-360.
 円山動物園のチンパンジー1群を対象に、餌の回数(1回 or 2回)と餌の与え方(集中or分散)を変え、それぞれの行動を比較した。フォーカルサンプリングで(全10個体中)5個体の行動を観察し、分析している。
2, 落合知美・松沢哲郎 1999 飼育チンパンジーの環境エンリッチメント: 高い空間の創出とその利用 霊長類研究, 15, 289-296.
 京都大学霊長類研究所の屋外放飼場に導入した高さ15mのタワーを、チンパンジーがどのように使うか調べた。ビデオ録画より5分毎の瞬間サンプリングで10個体のチンパンジーが滞在した場所(高さ)を記録し、分析している。
3, Ochiai, T., & Matsuzawa, T. 1998 Planting trees in an outdoor compound of chimpanzees for an enriched environment. In Hare, V. J., & Worley, K. E. (Eds.), Proceedings of the Third International Conference on Environmental Enrichment, San Diego: The shape of enrichment Inc., Pp. 355-364.
 京都大学霊長類研究所の屋外放飼場に生育している樹木を対象に、チンパンジーが食べる樹種を調査し、樹木や採食に関する行動を観察した。1分毎のスキャンサンプリングで10個体の行動レパートリーを記録している。
4, 落合(大平)知美・松沢哲郎 2001 飼育チンパンジーの環境エンリッチメントを目的とした木製構築物の導入とその評価 動物心理学研究, 51, 1-9.
 日本モンキーセンターの屋外運動場に、高さ4mと8mの木製構築物を導入し、その前後のチンパンジーの行動を比較した。1分毎のスキャンサンプリングで、7個体のチンパンジーの行動と位置(構築物の名前)を記録している。

・エンリッチメントについて説明したもの 
5, 松沢哲郎 1999 動物福祉と環境エンリッチメント どうぶつと動物園, 51, 4-7.
6, 森村成樹 2000 飼育動物における心理学的幸福の確立: 展示動物を中心に 動物心理学研究, 50, 183-191.

・国際学会の報告など 
7, 上野吉一 1998 第3回環境エンリッチメント国際会議の報告: 環境エンリッチメントの世界的状況 日本動物心理学研究 48, 65-68.
8, 吉田浩子 2000 米国動物園における飼育環境のエンリッチメントの現状に関する報告: コロンバス動物園で開かれたエンリッチメントワークショップに参加して 霊長類研究, 16, 45-53.