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身近な人がガンかも知れないと聞いたその前後で、抗がん剤治療をやめて食べものに気をつかって、小さい子どもと遊んで笑って、規則正しい生活をしていたら転移ガンがなくなった人がいるよという情報を耳にした。なおった!?どうやって?とすごく気になり、その方が何を食べていたか、他にどんなことをされたのか、教えてもらいました。

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お話をきかせていただいた林恵子さん。テントウムシ作家でもあるそうです。

ガンの状況を教えてもらいました

林さんのだんなさんは、まず、ガンの3大治療を受けました。外科手術と抗ガン剤・放射線治療のセットです。

2009年1月、食道ガン(ステージ4A)のため、食道すべてを摘出する外科手術をしました。新しい食道は胃の一部を持ち上げて再建しました。 ただ、全部摘出しても、約3センチの転移ガンが右肩(リンパ節)にあって、それが血管にくっついていたため取り除けず、放射線と2クールの抗ガン剤治療をしました。

放射線と抗がん剤治療の後も、ガンの大きさは変わりませんでした。残された治療法は、引き続き抗ガン剤治療。副作用は人によって違うけど、だんなさんの場合は、すごい吐き気でごはんがまったく食べられなくなりました。口内炎も無数にできて、あまりの痛みで1週間口が開かなかったそうです。退院するときには、体重が62kgから42kgにまで落ちていました。

副作用に相当な苦痛を感じていただんなさんは「抗ガン剤を続けるくらいなら死んだ方がマシ」と、治療をすることを断ってしまいました(!)。いろいろあって、病院から「好きなときに来てください」と言われました。

つらい抗ガン剤治療をしなくてよかった!とだんなさんはのんびり構えていたようですが、そばにいた林さんは、いったい家でどう過ごせばいいの......と、いろいろ情報を集めました。

資料をたくさん読んだり、だんなさんと一緒にガン経験者の話を聞きに行ったりしました。セカンドオピニオンを求めて別の病院へ行き、臨床試験中の治療を試せるか何度も足を運んだり、西洋医学だけじゃない代替療法・伝統医療を取り入れた別のクリニックに行ったり、治療の可能性をふたりで探っていきました。

自宅療養から7ヶ月後、右肩リンパ節のガンはCTスキャンでみても触ってみてもなくなっていました。その後3年経過して(2012年秋)、だんだん体重も増えて、現在は半年に一度の血液検査を受けているそうです。

林さんご夫婦は、自分たちで考えてその人にあった治療法をみつけること、そしてその治療を続けることが、とても重要だと実感したそうです。

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コメント

  1. 素晴らしい実践力です。
    心から応援させていただきます。

  2. 今年8月から体調を悪くした同居の義父。
    9月に癌だと解り、10月に手術するも手遅れで開けて閉めると言った感じ。
    今日初めての抗がん剤を打ちました。
    済陽先生の『今あるがんが消えていく食事』を見つけ、早速ジューサーを購入。
    毎日人参野菜ジュースを飲んで食事療法もしています。
    免疫力が上がって副作用も少なく乗り越えてくれたらいいなの願いを込めて。
    林さんの看護、素晴らしいです。
    ただ、大きく違うのは、、、ご主人と義父。。。
    家にいてただ寝てTVを見て何をしてくれるわけでもなく、最近は痴呆も出てきて子供も安心して預けられず、かといって家長の意識ダケはあって不満はぶつけてくる。
    試行錯誤の食事も気軽に残すし、食事療法の訳を理解せず子供のお肉を食べたがったり、
    義母は、私の9か月の息子をダシにジュースも買い出しも食事も金銭的にも甘えてくる。
    「私の方がお父さんより先に倒れそう」と最近は口癖。
    良心全面で良かれと思ってやってきたが、時々苛立ちを覚える。
    ”これが主人に対する看護なら、もっと気持ちいいのにな。”心の奥で思ったり...
    単身赴任の主人はねぎらいの言葉をくれるが、義姉は気楽に「顔を見せに来たよ」といい、ありがとうの言葉もなく、平日は仕事なの。と。私だって働きたいわ!とまたイラ!
    まぁ子供がこのくらいの熱意だからどっちに転んでもいっか~♪と思いつつ、介護と看護を明日も頑張ります。多少実験含みの気持ちは否めませんがね。悪い嫁。

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