産業動向
体感ゲーム機「機動戦士ガンダム 戦場の絆」の開発

第6回:大丈夫あなたならできるよ(下)

2012/01/10 00:00
根津 禎=日経エレクトロニクス
出典:日経エレクトロニクス,2009年10月19日号 , (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

【前回より続く】

 小山らは,MSを操縦する実感をもたらすとともに,「団体(チーム)戦」の要素を開発中の戦場の絆に取り入れることを当初から決めていた。O.R.B.Sのコンセプトを継承しつつ,実用化に向けて球形だったスクリーンを楕円形に変更し,プロジェクターの位置や投射角度を変更するなど改良を加え,全く別物として生まれ変わったゲーム筐体「P.O.D」は,ユーザーが「MSを操縦する」体感を得るのに成功していた。だが,操縦を体感できるだけなら遊園地の乗り物と同じ。いずれは飽きられる。

 そこでユーザーを飽きさせないために,原作と同じく「地球連邦軍」と「ジオン公国軍」に分かれて戦うという,チーム戦の要素をゲームに盛り込んだ。こうすればユーザーは,MSを操作する実感を得るだけでなく,仲間と協力して敵と戦い,勝つ快感も味わえる。

 当初はそれでも,対戦する相手を店舗内にとどめる予定だった。全国規模のネットワーク対戦を取り入れた方が,戦う楽しみが広がるのは分かっていた。だが,時間も経験も不足した開発メンバーにとっては,その開発は敷居が高かった。

「大丈夫,きっとできるから」

 小山の中には,「口に出してしまえば,みんなは応えてくれる」というメンバーへの信頼が既に芽生えていた。

劇的に下がった。なぜだ!

 小山が次々と繰り出す無理難題をこなすことで,チームのメンバーは着実に実力を付けつつあった。実際,小山の期待通り,ネットワーク対戦の実現はもちろん,最大の課題であった筐体コストも部材を一から見直すなどして達成した。とりわけコスト低減に寄与したのは,プロジェクターとそのレンズである。「ここまで現実的な値段になるとは予想してなかった。奇跡的だった」(小山)。内心覚悟していた金額とあまりに懸け離れた安さに小山が逆に驚いたほどだ。

「ほんとにこの金額でできるの?」

「大丈夫です。作れます!」

 戦場の絆の最終的な公称価格は,P.O.D4台とカード・システム用機器などを含む1セットで1380万円。製造コストは明らかではないが,利益が出る値付けなのは間違いない。

悲しいけど,これって飽きられる

「実はですね…」

 会議の終わりに,小山は恐る恐る話を切り出した。小山はバンダイ(当時)の担当者と,同社の携帯型ゲーム機「ワンダースワン」のテコ入れ策などを話し合っていた。企画案をいくつも提案した最後に,自分たちが計画しているガンダムの体感ゲーム機について,説明したのである。

 小山のこのアプローチがきっかけとなり,ガンダムの版権の利用に向けた話し合いが始まった。契約がほぼまとまりつつあった2005年5月に発表されたのが,バンダイとナムコの合併である。両社は経営を統合し,同年9月に持ち株会社「バンダイナムコホールディングス」を設立することとなった。

 結果的に経営統合とほぼ同時となった2005年9月,小山らは戦場の絆の試作版を,国内最大のアーケード・ゲーム機の展示会「アミューズメントマシン(AM)ショー」に出展する。もくろみ通り,大きな反響を集め,発売も正式に決まった。だが,そこから小山らは戦場の絆のゲーム・システムに,大幅に手を入れることを決断する。そのままでは「ユーザーに飽きられる」と判断したのだ。もっとチーム戦の楽しさを強化したかった。

 まず,操作できるMSそれぞれに「個性」を入れた。格闘戦は得意だが,射撃能力の低い「格闘型」,長い距離からの射撃は得意なものの,格闘戦が苦手な「遠距離砲撃型」といった具合に,MSごとに特徴を持たせた。得手不得手があるからこそ,チーム戦では,役割分担を明確にして作戦を練って戦う必要がある。

 もう一つ導入したのが,同じ店舗内の仲間同士で会話しながら戦う「ボイスチャット機能」である。同機能の導入には開発メンバー内で賛否両論があった。狭いドーム型筐体内では,雑音フィルタの設計が難しいなど技術的な困難が多かったからだ。いったんは断念した導入を小山が決めた時には,「釈明してください!」と開発メンバーが詰め寄ったという。2006年初めに予定された店舗内での試験稼働「ロケテスト」まで,残り半年もなかったためである。

戦場の絆の内部。写真手前が操作レバー。(写真:吉田 明弘)
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 それでも導入を決めたのは,小山自身が携帯電話機を使ってチームのメンバーとやり取りしながら戦ってみたからだ。その方が圧倒的にゲームが面白かった。ならば導入するしかない。ユーザー・ニーズをとことん満たす。この方針から外れるわけにはいかない。たとえ,大幅な変更作業が,「地獄のように大変」(小山)であったとしても。

以前とは違う,以前とは

 ユーザーを飽きさせないためのこうした取り組みは,発売後も続けられている。細かいアップデートを何回も重ね,新しいマップやMSなどを追加する。発売から約2年後に当たる2008年12月には「REV.2.01」として,メジャー・アップデートした。チーム戦をさらに楽しんでもらうため,ボイスチャット機能も進化させた。

 戦場の絆の成功の理由はシンプルだ。ユーザー・ニーズを満たす機能だけを可能な限り導入する。目新しくてもニーズのない機能は入れず,逆に技術的に困難であろうとユーザーが求める機能はなるべく盛り込む。その上で,ぎりぎりまで製造コストを抑える。発売後もアップデートを繰り返してユーザーを飽きさせない。

 こうした「王道」を貫くことが,戦場の絆の成功につながった。無謀といわれた4000台の売り上げ目標も達成した。2006年11月の登場から約3年。戦場の絆は,今でもアーケード・ゲーム機として不動の人気を誇る。 =敬称略

─終わり─


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