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五輪を逃した全日本男子、今こそ世界を見すえた強化とアイデアを

2012年6月12日(火)

■届かなかったロンドン五輪切符

 最終戦となったイラン戦後、張りつめていたものがぷつんと切れたように、選手たちの瞳から涙があふれた。

 6月1日から10日まで開催された男子バレーのロンドン五輪世界最終予選。日本は4位に終わり、2大会連続の五輪出場はかなわなかった。
 今大会、全試合に先発して奮闘し、ベストスコアラーとなった福澤達哉(パナソニック)は、「一番は、ここで決めたら勢いに乗れるというところや勝負どころで、しっかり自分のプレーができるメンタルと技術力が足りなかった。それに尽きると思います」と、声を詰まらせながら語った。

 8チームが出場した今大会で、与えられる五輪切符はわずかに2枚。最上位で五輪出場が決定していたセルビアに続き、最終日の第2試合でオーストラリアが中国をセットカウント3-0で下し、アジア枠でのロンドン五輪出場を決めた。同日の第4試合のイラン戦の開始を待たずして、日本の出場権獲得の可能性は消えた。
「それは自分たちの弱さが招いた結果。セルビアと中国に勝てなかったから、そういう道しか残せなかった」と、3度目の五輪最終予選を戦ったミドルブロッカーの山村宏太(サントリー)は無念さをにじませた。

■サーブの見直しを図るも機能せず

 日本は初戦、セルビアにストレートで完敗。そして第4戦、中国にセットカウント1-3で敗れた。
 試合開始直前の練習で、中国選手のスパイクがセッターの宇佐美大輔(パナソニック)の右目を直撃し、出場回避に追い込まれるというアクシデントがあったが、敗れたのはそのせいだけではない。中国はしたたかに日本の弱点を突いてきた。福澤や米山裕太(東レ)の前を狙うサーブで揺さぶり、サイド攻撃を高いブロックにかけて、ミスを誘った。

 一方、日本のサーブは機能しなかった。ミドルブロッカーの松本慶彦(堺)は中国戦後、サーブを一番の敗因に挙げた。
「いいプレーをして点数を取った後や、乗っていけそうなところでサーブミス。その繰り返しだった。どうしても中途半端なサーブになってAパスを返され、コンビを組まれてブロックで絞り込めなかった」
 序盤はレセプションを崩していたが、そこからの二段トスを決められて日本の得点につなげられなかったため、「もっと厳しいところを攻めなければ」という心理が働き、それもサーブミスにつながった。

 開幕前日に植田辰哉監督は、「この約1カ月半、サーブの見直しをしっかりとしてきた」と語っていたが、大会を通してサーブは機能せず、サーブランキングは最下位だった。
 強豪に勝つには、日本はサーブで崩し、相手の攻撃を絞り込まなければならない。しかし攻めてはミスの連続で、セルビア戦のサーブミスは3セットで20本。流れを引き寄せるチャンスがないまま敗れた。

 7、8割の力のサーブでもレセプションが崩れたり、攻撃が単調なチームに対しては、サーブミスを抑えることで優位に立てたが、それだけで勝ち抜けるほど五輪最終予選は甘くなかった。攻めのサーブを決めなければ劣勢を跳ね返すことはできないからだ。以前からの課題を、結局修正しきれなかった。

 中垣内祐一コーチは「練習では入るのに試合で入らないのは精神面の問題。打つ力はあるんだから、あとはどれだけ自信を持ってやれるか。時には『うるさい黙っとけ。オレは入るわ』と思ってやるような、傲慢なくらいの自信を持ってプレーすることも大事だと思うけれど、みんなすごくいい子だから、そこまでになりきれていないんじゃないか」と分析した。

 今大会の中では、セルビアのサーブの巧みさが目を引いた。強烈なジャンプサーブでポイントを奪ったかと思えば、同じ選手が、前に落とすサーブやジャンプフローターサーブも交えて相手を揺さぶる。個々のサーブの引き出しの多さや、レベルの高い厳しい試合で日常的にもまれてきた経験が、気持ちに余裕を与えるのかもしれない。

■オーストラリア戦では理想のバレーを見せたが…

 中国戦に敗れて崖っぷちに立たされてから、日本は底力を見せた。第5戦のオーストラリア戦は、圧巻のストレート勝ちだった。

 身長212センチのオポジット、トマス・エドガーら、セッターとリベロ以外の先発全員が2メートル越えという高さを誇るオーストラリアのブロックを、ほとんど機能させなかった。レセプションからは、ミドルブロッカーを軸にした速いコンビで的を絞らせない。二段トスの場面で相手ブロックが3枚きても、石島雄介(堺)、清水邦広(パナソニック)、福澤のサイド陣が、昨年のワールドカップの反省を生かした打ち方でブロックアウトを取るなど、チームとして58.02%という高いスパイク決定率を残した。

 また、サーブミスを3本に抑え、ブロックとディグで勝負した。1人で8本ものブロックポイントを挙げた山村は、「ディグがよくて、相手の1本目のスパイクを決めさせなかったのが大きかった。ラリー中は相手のクイックが少ないのはわかっていて、絞りやすかったので」と言う。エドガーがブロックの上から打ち込んでもディグで拾い、決定率を抑えた。粘り強く拾って、つないで、フォローして、全員でしつこく1点ずつ積み重ねていく理想のバレーができていた。

 福澤は試合後、「初めて日本がやりたい、やるべきバレーができた」と手応えをにじませた。
 日本は懸命に五輪への希望をつないだ。しかしオーストラリアはそれ以降、星を落とすことなく五輪出場を決定。日本は最終戦でイランに敗れ、セルビア、オーストラリア、イランに次ぐ4位で大会を終えた。

■方向性が見えなかった北京五輪後

 またも男子の五輪出場が途切れた。北京五輪以降の4年間の強化を振り返った時、日本バレーボール協会と代表チーム首脳陣の、計画性とビジョンのなさが、今回の結果を招いたように思える。

 4年前、日本は北京五輪最終予選を勝ち抜き、16年ぶりの五輪出場を果たしたが、北京では1勝も挙げられずに予選ラウンドで敗退した。しかしその舞台を踏み、「五輪で結果を出さなければ意味がない」と痛感した選手たちの視線は、明らかにそれ以前より上を向いていた。

 山村は、「これまでは五輪に出ることが目標で、行けただけで満足してしまっていた。次は、国と国のプライドをかけて戦う五輪の決勝戦のような試合を、あの場所で自分がしたいし、それができるチームを作りたい」と心に刻んだという。
 次は五輪の舞台で結果を残したいと、一段上を見据えた選手たちの意欲に応え、世界で勝てるチームへと引き上げられる環境を、協会は整えてきたのか、疑問が残る。

 今回の最終予選の後、鳥羽賢二男子強化委員長は、「今回、他チームは20代前半の選手がたくさんいたけれど、日本は25歳の清水、福澤が最年少で、北京五輪の時と変わっていない。若手の台頭がないのは、現場の監督レベルではなく、協会、組織の問題。システムの中で若手を育成強化していかないと、太刀打ちできない」と話した。それはもう何年も前から叫ばれていることだが、手が付けられてこなかった。

 ただ、先行きが危機的状況にある日本男子バレーにあって、この4年間は戦力的に恵まれていた。身長205センチの山村や197センチの石島ら、北京五輪を経験した選手が多く残り(今大会の12人のうち7人)、その中には伸び盛りの若手もいた。そこに新戦力も加わった。その選手たちの経験と伸びしろを、果たして最大限に生かしきれたといえるだろうか。

■世界選手権の敗戦は生かされず

 2005年から08年北京五輪までの日本は、五輪出場という絶対的な目標に向けてひたすら突き進んだ。しかし北京五輪後、植田監督が続投した日本は、次にどこに目標を定め、世界のトップに近づくためにどんなバレーを築き上げていくのかが見えなかった。

 09年は、成長著しい清水、福澤の攻撃力に頼る形でアジア選手権優勝。ワールドグランドチャンピオンズカップ(グラチャン)では銅メダルを獲得した。しかし、金メダルのブラジル、銀メダルのキューバとの差は歴然だった。何よりこの年、ワールドリーグの入れ替え戦でエジプトに敗れ、10年のワールドリーグ出場権を失ったことが痛かった。

 ワールドリーグは世界的な強豪と数多く試合を行うことができる大会。その貴重な場を失った10年は、海外遠征も行うことなく、夏場は国内で体力強化に務めた。9月の世界選手権では実戦経験不足を露呈し、1勝4敗で2次ラウンド敗退。高さ、速さ、精密さなどあらゆる面で大きな進化を遂げている世界のバレーに日本は歯が立たず、高いブロックに対する打ち方やサーブの精度など、多くの課題が浮かび上がった。

 植田監督は09年以降、選手たちに、「ロンドン五輪のメダルを目指す」または「メダル争いをする」と言い、メディアに向けては、「ロンドン五輪では5位以内を目指す」と語っていた。世界選手権の最終戦後、選手が「この結果を受け止めて、五輪でメダルを取るという目標に向けて進んでいきたい」と語った後、監督が「ロンドン五輪で5位以内という目標は変わっていません」と話していたのは異様な光景だった。五輪の5位とは、予選ラウンド通過、ベスト8と同じことだ。ベスト8とメダルでは大きな開きがある。「簡単にメダルと言っていいのかなという気持ちもある」と話す選手もいて、チームが一つの目標に向けて進んでいるようには見えなかった。

 本気で世界トップの仲間入りを目指すなら、世界選手権で危機感を募らせるはずだが、直後のアジア大会で優勝したことで、世界選手権の課題がうやむやになった。アジアの中ではかろうじてトップにいたことで、ロンドン五輪出場は大丈夫だろうという油断が、協会にも指揮官にもあったのではないか。

■世界を目指さなければ五輪はない

 そうしている間に、アジアの他チームは着々と強化を進めていた。ジュニア世代の育成プログラムを基盤に、若手の大型選手をそろえるオーストラリアや中国。また、若手育成に加え、イタリア代表を世界一に導いた実績を持つジュリオ・ベラスコ監督を招聘したイランが急成長した。

 結局、北京五輪から4年経った今年、世界最終予選を前に、日本はまた、五輪に出られるか出られないか、という前回と同じ位置に立っていた。そして今度は出場権を得られなかった。山村は、4年間をこう振り返った。
「4年間、僕たちも成長していなかったわけじゃない。ただ、海外のチームの成長速度がすごく速かった。僕たちの成長は、それに追いついていなかったのかなと思います」

 北京五輪直後から、まっすぐに世界のトップを見据えた適切な強化がなされていたなら、違う結果になったかもしれない。高さでは劣っても、日本独自の戦い方で道を開くことはできたのではないか。それとも、世界の強豪と肩を並べる日本男子バレーの姿を見たいと願うのは、無謀なことなのだろうか。

 主将の重責を担った33歳の宇佐美は最終戦の後、「まだ若い選手たちには、次の五輪にかける意気込みというものがあると思うので、必ず行ってほしい」と涙ながらに後を託した。隣でその言葉を聞いていた福澤と清水は、泣きはらした目で、まっすぐに前を見つめた。

 世界を目指さなくては、アジアでの勝利も、五輪出場もない。16年リオデジャネイロ五輪に向けては、世界に勝つためのアイデアと自信を持った指揮官に、新生ジャパンを率いてほしい。

<了>


米虫紀子

大阪府生まれ。大学卒業後、広告会社にコピーライターとして勤務したのち、フリーのライターに。野球、バレーボールを中心に取材を続ける。『Number』(文藝春秋)、『男子バレーイヤーブック2010/2011』(実業之日本社)、『プロ野球ai』(日刊スポーツ出版社)などに執筆。著書に『ブラジルバレーを最強にした「人」と「システム」』(東邦出版)。

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