野田佳彦首相が「年内解散」に動き出した。最優先課題である、赤字国債発行を可能とする特例公債法案の成立にメドが立ち、衆院の格差是正でも自民党が協力姿勢に転じたためだ。首相周辺は、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉参加を選挙戦の争点にすることを狙うが、民主党内にも反対論は多く、「野田降ろし」や「集団離党」を引き起こしかねない。崖っぷちの野田首相は、死屍累々、惨敗覚悟の自爆攻撃に打って出るのか。
「民意を問うことについての私の発言は一貫しており、いささかのブレもない」
野田首相は、特例公債法案が審議入りした8日の衆院本会議でこう語り、「特例公債法案の成立」「衆院の格差是正」「社会保障制度改革国民会議の設置」などが達成されれば、解散に踏み切る意向をにじませた。
本会議後、事態は大きく動いた。民主、自民、公明3党の国対委員長が会談し、特例公債法案を15日に衆院通過させることで合意。自民党は、野党が多数を占める参院でも法案の採決を欠席し、与党の賛成多数での成立を“黙認”することを検討している。
これで年内解散に向けた大きなハードルが取り除かれた。民主党幹部は「(自民、公明両党が求める)12月16日投開票を前提に、絞り込みを進めている」と認める。
野田首相が今年8月、自民党の谷垣禎一総裁(当時)に「近いうちに(解散する)」と約束して、はや3カ月。季節は夏から秋を越え、冬になり、自民党総裁は安倍晋三氏に替わった。
内閣支持率は「退陣水域」とされる10%台まで下落し、党内でも「いま解散すれば100議席にも届かず、惨敗は確実」(幹部)といわれるなか、どうして、野田首相は年内解散に動き出したのか。民主党内では、野党やメディアが「うそつきドジョウ」「うそつきデブ」などと批判を強めたため、耐え切れなくなったとの見方が強い。
ベテラン議員は「野田首相は自尊心が強く、一国の首相として我慢できなくなったのでは。政権末期を感じて、財務省など省庁の動きが確実に鈍くなっている。来年まで解散を引き延ばすと、自ら解散する力まで失いかねない。自ら主導権を持って年内解散を断行し、衆院選で一定の議席を確保して、その後、自民、公明両党との3党協調路線に道筋を付けたいのだろう」と推測する。
衆院解散・投開票の日程としては、複数の説が浮上している=別表。前原誠司国家戦略相は周囲に「解散は12月、選挙は来年1月で準備した方がいい」との見通しを示している。
野田首相が主導権を持ち解散に踏み切る切り札が、TPP参加表明だ。
官邸周辺は「野田首相は解散への起爆剤として『北朝鮮拉致問題の劇的進展』や『北方領土返還をめぐる対ロシア交渉』などを準備していたが、ことごとく失敗した。田中真紀子文科相の適性問題や、前原氏の事務所費問題まで浮上して追い込まれ、TPPしかカードは残っていなかった」といい、こう続けた。
「自民党はTPP参加に慎重なため、差別化が図れる。さらに、第3極結集を目指している石原慎太郎前東京都知事を支える『たちあがれ日本』はTPP反対だが、大阪市の橋下徹市長率いる『日本維新の会(維新)』は賛成で、クサビを打ち込める。米大統領選でTPPを推進するオバマ大統領が再選されたため、『日米同盟再構築』もアピールできる」
前原氏は9日午前の記者会見で「TPP交渉参加など、自由貿易を進めることが大事だ。賛否を(次期衆院選で)争点化すべきだ」といい、「第3極には『TPPに賛成』と言っているところがある。選挙後の連携の軸にもなる」と語った。
これに対し、民主党の輿石東幹事長の戦略は違う。解散を先送りし、支持率が回復するのを待つシナリオだ。自公両党が求める12月16日の投開票について、「日程的にも物理的にも難しい」と公言。「年内解散−1月選挙」にも「無理だ」と言ってはばからない。
民主党内では「野田首相が年内解散に踏み切るようであれば、『国民の生活が第一』の小沢一郎代表と連携して、輿石氏が内閣不信任決議案の可決を容認する形で動くかもしれない」といった臆測も流れ始めた。
不信任案が可決すれば、野田首相の選択肢は「解散」か「内閣総辞職」しかない。民主党幹部は「輿石氏は『不信任になれば総辞職しかない』と考えているのではないか。細野豪志政調会長にクビを差し替えて、戦闘態勢を再構築するつもりでは」と指摘する。
正念場を迎えた野田首相。決死の年内解散に打って出るのか、そこに勝算はあるのか。
政治評論家の浅川博忠氏は「ほぼ年内解散で間違いない。石原氏主導の第3極結集がモタついているうえ、これ以上、解散を引き延ばせば『マジック6』となった衆院過半数割れが現実となる。TPPで正面突破する気だろう。ただ、民主党に勝ち目はなく、下野は覚悟だ。捨て身で衆院選に臨み、負けをできるだけ減らして、選挙後の政界再編や民主党再生に賭けるつもりではないか」と語っている。